見知らぬ地、信じる人
先ほどの件、忘れてほしいとベリアスはいったが、もちろんルナシェは永遠に忘れるつもりはない。
それはそれとして、ルナシェにはもう一つだけ気になることがあった。
「そういえば、出かけるときに、ガストさんが、これからはギアードへも出入り自由と言うことですね、とものすごくうれしそうにしていたのですが」
「――――ああ。まあ、たしかにギアードを賜ったからには、ガストも出入りが自由になるな。シェンディア侯爵家の管轄する場所には、黒鷹商会の会長、ガストは自由に行くことが出来ると認めているのだから」
(珍しく、ガストさんが、とても興奮していたわ)
誰もがほしがる、魔塔との交流手段。
その鍵となるのは、ギアードの地だ。
商人として生きていくなら、誰しもが夢見る場所でもある。
王家の直轄領になっているが、北を山脈、東端を謎多き魔塔、そして南と西は広大なミンティア辺境伯領に囲まれたギアード。
実質その地を訪れることが出来るのは、ミンティア辺境伯領からの街道しかない。
黒鷹商会、そしてガストは、ミンティア辺境伯領の通行権、そしてギアードへ入る権利、その両方を手に入れた。
未来は大きく変わりつつあるのかもしれないが、まだその輪郭はおぼろげだ。
「ギアードに入った途端、道が悪くなりましたね」
「……この場所は、未開の地だ。野営をする必要があるだろう」
ベリアスは、ルナシェの頭を撫でてそういった。
「まあ、心配することはない。少々狭いが、ルナシェは、馬車の中で眠ればいい……。周囲の警戒は、任せておいてほしい」
グレインも、案内と御者をかねて着いてきてくれている。
(ベリアス様や、グレイン比べて体力もないし、野営なんて初めてなのだもの。せめて、足を引っ張らないように体調には気をつけなくては)
「ベリアス様、疲れたら馬車で一緒に寝ましょう?」
「君は時々、考えも及ばないことを言う。怖いもの知らずというか、大胆というか」
「……? ベリアス様が一緒なのに、怖いものなんてありません」
「……俺のことを、そんなに信頼しないでほしい」
ベリアスのことを信頼しないのだとしたら、世の中に信頼できる人間なんてほとんどいなくなってしまう。それくらい、ベリアスを信じ切っているルナシェは、キョトンと目を丸くした。
「うん。君は相変わらず、深窓の令嬢に違いない」
「え? 私は、社交界も積極的にですね!?」
「そういうことではなく……。まあ、俺と結婚式を挙げるその日まで、そのままの君でいてくれ」
「……え、それはいったい」
周囲を見てくる、というベリアスに、一人取り残された馬車の中、ルナシェは首をかしげながら、瑠璃色の宝石を光に透かした。




