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同じ空の下に



 ミンティア辺境伯領は広大だ。

 特に、婚約式以前まで、屋敷から出る機会が少なかったルナシェにとって、初めて見る場所ばかりだった。


 遠くを見れば、ドランクと隣国の境、まだ三分の一ほど雪をかぶったままの、スノーワイドの山脈が青く見える。


「思ったよりも、ギアードは整備されているのですね」


 馬車の窓に、そっと手を添えてルナシェは流れる景色を眺めていた。

 右隣にはベリアスが座って、同じ景色を眺めている。


 北端の街、ドランクへ向かったときには、悪路に難儀したが、ギアードへ向かう道は思いのほか整備されて快適だ。


「そうだな……。ギアードとの境には、貴重な宝石や金属が採掘される場所がいくつかある。ミンティア辺境伯領の重要な収入源の一つだ」

「――――そうでしたね」


 深窓の令嬢として過ごしながらも、高位貴族と縁を結ぶ可能性が高い辺境伯家の長女として、高い教育を受けてきたルナシェ。

 もちろん、ミンティア辺境伯領の特徴について、知識としては網羅している。

 けれど、実際に経験するとなれば、話は別だ。


「ベリアス様、この宝石も?」


 今日もルナシェの両耳には、ベリアスの髪の色をした、少しくすんだ赤い宝石が揺れている。

 質問に答える前に、一瞬だけ感慨深げに目を細めてベリアスは口を開いた。


「そうだ……。ギアード産の宝石は、王都でも特に価値が高いとされている」

「では、この宝石もそうなのでしょうか?」


 瑠璃色の宝石。

 元々は同じ原石から加工されたのだろう。

 宝石は、ルナシェの胸元、ベリアスの剣の鞘、そして飾り紐でキラリと輝いている。


「……おそらく、そうなのだろう」


 たとえ、ベリアスとルナシェが人生をやり直しているのだとしても、瑠璃色の宝石はもっとずっと長い期間、すべてを見守ってきているに違いない。


 そっと、手のひらに宝石をのせて、ルナシェはその輝きを見つめる。


(よい思い出ばかりではないけれど……)


 むしろ、波乱に満ちて、運命の荒波に飲み込まれたかつてのルナシェの人生。

 悲しいときも、苦しいときも、そしてほんのわずかな甘く幸せな時間も、ベリアスから贈られたこの宝石は、いつもルナシェの胸に輝いていた。


「……ふふっ」

「――――ルナシェ? どうしたんだ、急に」

「ベリアス様と、旅行をしているなんて、少し前だったら信じられなかったでしょうね?」

「……そうだな。だが、俺は」


 瑠璃色の石を手の中に、その色を見つめ続けるルナシェの顎先にベリアスの無骨な指先が、そっと添えられる。

 つられて、ルナシェはベリアスに顔を向ける。


「……初めて出会ったあの日から、遠征先で美しい景色を見るたびに、君とともに見る日が来ることを希っていた」

「私も、空の色がいつもより美しいことに気がつくたび、同じ空の下にいるはずの、赤い髪の騎士にもう一度会いたいと希っていました」


 その言葉をルナシェがベリアスに告げた瞬間、揺れることなく進んでいた馬車が、急にガタリと大きく揺れる。

 姿勢を崩したルナシェを、ベリアスのたくましい腕が、軽々と支える。


 この先に待っているのは、幸せな事実ばかりではない。

 それでも、行く旅路には、小さな幸せが至る所に見つかる。

 二人は肩を寄せて、もう一度同じ景色を眺めた。

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