その色の宝石を身につけて
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帰りの馬車の中、国王陛下との謁見を終え、ルナシェは心底ホッとしていた。
しかし、その一方で腹を立ててもいた。
「ベリアス様」
「ルナシェ? どうしたんだ」
本当にわからないのかとルナシェは嘆息する。
ベリアスは、いつだってルナシェのために動いてくれていたのだと、今ならよく分かる。
そして、今でもそのことをルナシェに知らせるつもりがないことも思い知らされる。
「ベリアス様は、私のことを愛していても、信頼はしていないのですね」
「急にどうしたんだ」
黒い封筒と金の封蝋。
魔塔とのつながりと、グレインに預けたはずのイヤリング。
その全てを知らされていなかったルナシェ。
それはつまり、ベリアスが、ルナシェを信頼していないということだ。
「この、イヤリングか?」
「それもそうですが……」
ベリアスも、短いため息をつく。
そして、ルナシェの右耳にそっと触れると、慣れた手つきでイヤリングを着ける。
そのまま、左耳にもイヤリングを着けて、ベリアスはルナシェの耳元に唇を寄せた。
「君こそ……」
「ひゃっ!」
吐息がかかり、あまりの近さと声の甘さに、ルナシェの背筋がピンッと伸びた。
「俺からの贈り物を、他の男に渡すだなんて、ひどいじゃないか」
吐息のかかった左耳が、妙にこそばゆくて、イヤリングと耳を手のひらで押さえたまま、ルナシェは顔を上げた。
真っ赤に染まったその頬を見て、ベリアスがどこか満足げに笑う。
「そ、それは……」
「この手紙だって、君に魔塔が接触してきたと聞いて、どれだけ俺が気をもんだと思っている」
「戦場にいらしたベリアス様のお心を煩わせて申し訳な……」
「違うだろう、ルナシェ」
ルナシェの瑠璃色の瞳が見開かれた。
目の前には、ベリアスの閉じられた目と、髪と同じくすんだ赤色のまつげ。
耳を押さえていた手の上には、ゴツゴツとした手のひらが、重ねられている。
長い口づけに、息をするのも忘れ、ルナシェはそっと目をつぶる。
ゆっくりと離れていった唇。
忘れていた呼吸を思い出して、苦しいのに、離れてしまったことが切ない。
「全てを知りたい」
「ベリアス様?」
「全部、俺のものにして、そして守りたい。俺にあるのは、ただそれだけだ」
唇が離れていたのに、穏やかな緑の瞳に、焼け付きそうな炎を宿して、ベリアスはルナシェを見つめた。
流されてしまいそうになる。その腕の中で、守られるだけの存在になれたら、どんなに楽だろうとルナシェも思う。
けれど、ルナシェだって、ベリアスを守りたいのだ。
「……私だって」
ルナシェは、一歩前に進むと、ベルアスの逞しい胸に頬を当て、そしてその背中に腕を回す。
「……全部知りたいですし、守りたいのです」
「…………」
ベリアスは、ルナシェから顔を背けてしまった。
その耳は赤くなっている。
「ほら、行くぞ!」
照れ隠しのようにしかもう思えない。
手を引かれて馬車から降りる。
そのときガラスに映った耳元に、ルナシェは違和感を覚えた。
「あれ……?」
「ようやく気がついたか」
ルナシェの耳に輝いているのは、瑠璃色の宝石ではなく、くすんだ赤い色の宝石だ。
「え、これはいったい」
「もう、君の幸せを願って、誰かに譲る気はない。これから先は、俺の色だけ身につけてくれ」
「は、はい……」
ルナシェのサイドに下ろされた髪に、ベリアスが口づけを落とす。
その手の中に、瑠璃色の宝石のイヤリングがのぞく。
「え、では、そちらの瑠璃色の宝石がついたイヤリングは」
「これは、君の色だ。剣に婚約者や恋人の色のお守りを着けるのが流行っているとジアスが言っていた。加工して貰えば良かろう」
部屋に戻ったルナシェは、ひとしきりベッドの上でもだえた。
そして、落ち着きを取り戻し、ふと気がつく。
「あれ? なんだかうまく丸め込まれた?」
ルナシェは、魔塔との繋がりとして重要なイヤリングが、いまだベリアスの手にあることにようやく気がついたのだった。




