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白薔薇姫と赤いたてがみ



 あれから3カ月。

 奇襲に失敗した隣国は、多くの戦力を失い、ルナシェが知るよりも早く講和条約が結ばれた。


 そして、ルナシェは、シェンディア侯爵家で、女主人として扱われている。


 広大な屋敷のベリアスの部屋。

 寝られれば良いとばかりに殺風景だった部屋は、花とレースに溢れ、暖かく可愛らしい雰囲気に様変わりした。


 落ち着いたグリーンの壁紙には、控えめな金の装飾。春の訪れ、柔らかな日差しの中揺れるレースのカーテン。


 時々香るのは、色とりどりの花。

 その中に、赤い花はまだない。


 その代わりに、部屋の鏡の前には、くすんだ赤色の髪の毛をブラッシングされる男性が座る。


「ルナシェ、こんなのは使用人の仕事だ」


 いつもボサボサしていた髪は、以前よりも艶がある。くすんだ赤も、艶とともに鮮やかになっていくようだ。


「ダメですよ」

「なぜ?」

「ずっと、ずっと、こうやってベリアス様の髪を梳かして差し上げたいなと思っていたのですもの」

「そうか……」


 部屋の中に訪れる心地よい沈黙。

 ブラシが髪を梳かす音だけが響く。


「……いつから」

「え?」

「いつからそう思っていた?」


 ルナシェは、つやつやと後ろになでつけられたベリアスの髪を満足げに見つめたあと、口を開く。


「そうですね。初対面の時には、すでに気になっていましたから……。ベリアス様のそばで、こうやって髪を梳かして差し上げたいなと思っていたのは、やり直す前からですよ」

「……そんなに見苦しかったか?」


 椅子に座ったまま、後ろに立つルナシェを見上げたベリアスは、落ち着いた色の緑の瞳がはっきりと見えて、とても素敵だ。


 けれど、ルナシェは、普段の癖があって獅子のたてがみみたいな、ベリアスの髪型が本当に大好きだ。


「……逆ですよ」

「……それは」

「癖が少しあって、獅子のたてがみみたいなベリアス様の髪の毛が好きすぎて、だからこそ梳かしたかったんです」


 今はつやつやになったベリアスの髪をルナシェはそっと撫でた。

 見た目よりも柔らかい髪質。光に透けると、鮮やかな赤に見えて美しい。


「でも、失敗したかもしれません」


 柔らかな髪の感触を楽しみながら、ルナシェはつぶやいた。

 そんなルナシェの手をそっと引き寄せて、ベリアスは頬を寄せる。


(髪を後ろに流し、盛装に身を包んだベリアス様。このあとの夜会でも、注目の的に違いないわ)


「失敗? この髪型は、お気に召さないか?」

「……素敵すぎて、他の人に見せたくないです」

「……はは、言い過ぎだ。それに、それは俺の台詞だ」


(ベリアス様には、自覚がないのかしら。こんなに素敵なのに)


 そうルナシェが思ったとき、ベリアスは、やや性急に立ち上がり、ルナシェを抱きしめた。


「手の届かない、白い薔薇のようだったルナシェに恋い焦がれていたが」

「…………ベリアス様?」

「素直な君は、なおさら可愛いな。……それと、今日のドレス、俺の瞳の色に合わせたのか?」

「えっ、あっ、その」


 白薔薇と言うより、赤い薔薇かもしれないというほど、ルナシェの頬が色づく。

 見上げた盛装姿のベリアスは、はっきりと顔が見えて、いつも以上に凛々しくかっこいい。


「今日を終えれば、次は結婚式だ」


 ベリアスに手を引かれ、ルナシェは歩き出す。


 二人の表情は、先ほどとは打って変わり、赤獅子騎士団長として、辺境の白薔薇姫としての対外的なものになるのだった。


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