表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/69

手紙に閉じ込めたのは小さな花の香り


 ルナシェはベリアスに手紙を書く。


(もし、目の前で報告したなら怒られそうだわ)


 接触するなと言われていたベリアスの義母、フィアット・シェンディア侯爵夫人主催の夜会に参加した上に、直接会話をしてしまった。

 さらに、魔術師から届いたらしい手紙。


(――――グレインが燃してしまったけれど、すべて前回の人生では起こらなかったことだわ)


 ふと、ルナシェは思い立って部屋の窓を開けた。

 日が落ちれば、肌寒いくらいだ。

 あと一月もすれば、ミンティア辺境伯領の北端に位置するドランクでは、雪がちらつき始めるに違いない。


 前回の人生では、ベリアスと再会するのは一ヶ月後だった。

 今回の人生では、二人はすでに出会って思いを確かめあった。

 そして、新たな約束も結んだ。


 それでも、ルナシェの中であの三日間はかけがえのない思い出だ。

 

(でも、ベリアス様は、覚えていらっしゃらない……)


 やり直していると気がついたとき、もう同じ人生は歩まないと心に決めたルナシェ。

 断頭台の前に立つ運命を回避したいし、ベリアスには生き残ってほしい。

 けれど、たった一つ心残りがあるとすれば、ベリアスとの大切な三日間の日々をもう手に入れられないことだ。


 せめて、ベリアスにその記憶があったなら、思い出として大切にしまい込んでおけるだろう。

 だが、あの三日間、優しかったベリアスは、ルナシェの記憶の中にしかいない。


 ひんやりとした風に、髪の毛が揺れる。

 あの日に、そっとルナシェの髪に差し込まれた赤い花と、約束。


 ほんの少しの間だけ、感傷に浸った後、ルナシェは窓を閉めてもう一度ライティングデスクの前に座った。銀色の封蝋を施し、手紙に封をする。

 同封した赤い花のポプリ。ルナシェとベリアスが一緒に見ると約束した花ではない。

 けれど、ベリアスが手にしたハンカチに刺繍されていた花だ。


(ベリアス様は、そのことに気づくかしら?)


 昨日、ようやく仕上がったマントと一緒に、ドランクに送ってくれるようにグレインに依頼した。

 ルナシェは嗜みとして刺繍は習っていたが、マントに刺繍をしたのははじめてだった。

 我ながら、素人の作品だと一目で分かるできあがりだった。


(でも、きっとベリアス様はよろこんでくれる……)


 喜んで、肌身離さずにマントを身につけるに違いない。

 ルナシェが込めた、ベリアスの無事への願いとともに。


 マントと手紙は、無事ベリアスの手に届く。

 そして、ベリアスはルナシェの無茶に困惑し、気を揉むことになるのだった。


最後までご覧いただきありがとうございます。『☆☆☆☆☆』からの評価やブクマいただけるとうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ