手紙に閉じ込めたのは小さな花の香り
ルナシェはベリアスに手紙を書く。
(もし、目の前で報告したなら怒られそうだわ)
接触するなと言われていたベリアスの義母、フィアット・シェンディア侯爵夫人主催の夜会に参加した上に、直接会話をしてしまった。
さらに、魔術師から届いたらしい手紙。
(――――グレインが燃してしまったけれど、すべて前回の人生では起こらなかったことだわ)
ふと、ルナシェは思い立って部屋の窓を開けた。
日が落ちれば、肌寒いくらいだ。
あと一月もすれば、ミンティア辺境伯領の北端に位置するドランクでは、雪がちらつき始めるに違いない。
前回の人生では、ベリアスと再会するのは一ヶ月後だった。
今回の人生では、二人はすでに出会って思いを確かめあった。
そして、新たな約束も結んだ。
それでも、ルナシェの中であの三日間はかけがえのない思い出だ。
(でも、ベリアス様は、覚えていらっしゃらない……)
やり直していると気がついたとき、もう同じ人生は歩まないと心に決めたルナシェ。
断頭台の前に立つ運命を回避したいし、ベリアスには生き残ってほしい。
けれど、たった一つ心残りがあるとすれば、ベリアスとの大切な三日間の日々をもう手に入れられないことだ。
せめて、ベリアスにその記憶があったなら、思い出として大切にしまい込んでおけるだろう。
だが、あの三日間、優しかったベリアスは、ルナシェの記憶の中にしかいない。
ひんやりとした風に、髪の毛が揺れる。
あの日に、そっとルナシェの髪に差し込まれた赤い花と、約束。
ほんの少しの間だけ、感傷に浸った後、ルナシェは窓を閉めてもう一度ライティングデスクの前に座った。銀色の封蝋を施し、手紙に封をする。
同封した赤い花のポプリ。ルナシェとベリアスが一緒に見ると約束した花ではない。
けれど、ベリアスが手にしたハンカチに刺繍されていた花だ。
(ベリアス様は、そのことに気づくかしら?)
昨日、ようやく仕上がったマントと一緒に、ドランクに送ってくれるようにグレインに依頼した。
ルナシェは嗜みとして刺繍は習っていたが、マントに刺繍をしたのははじめてだった。
我ながら、素人の作品だと一目で分かるできあがりだった。
(でも、きっとベリアス様はよろこんでくれる……)
喜んで、肌身離さずにマントを身につけるに違いない。
ルナシェが込めた、ベリアスの無事への願いとともに。
マントと手紙は、無事ベリアスの手に届く。
そして、ベリアスはルナシェの無茶に困惑し、気を揉むことになるのだった。
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