辺境伯令嬢と魔法
「魔法と言うほど、たいしたものじゃないですよ……」
これでたいしたことがない? と思いながらも、ルナシェはグレインの真意がわからずじっと、その黒い瞳を見つめた。
「……あの」
「そのネックレスとイヤリングの中身は、いつ空になったのですか?」
「っ……」
「その顔。やはり発動した魔法の中心は、姫様でしたか。……発動した魔法を話す気はありますか?」
ぐっと、ルナシェはドレスの裾を握りしめる。
話しても良いものなのだろうか。
グレインは、間違いなく優秀だが、未だにその出自は謎に包まれている。けれど。
(人生をやり直していることについて、初めて見つけた糸口だわ)
ルナシェは、伏せていた瑠璃色の瞳をまっすぐに向けた。黒い瞳がまっすぐにこちらを見据えている。
「グレイン、あなたを信じることにするわ」
「根拠は?」
「だって、よく働くもの」
「……は?」
グレインは、よく働く。そして気が利く。
花の世話、来客の対応、厨房の手伝いをしているのを見かけたこともある。
「あなたを信頼するわ」
「……危うい」
「身をもって体験済みよ。でも、そう決めたの」
ルナシェは、ネックレスを、そしてイヤリングを取り外した。
ふと、ベリアスが不器用な手つきでつけてくれた瞬間が脳裏に浮かぶ。
「私が人生をやり直していることと、このペンダントは、関係あるのかしら?」
「予想以上ですね。しかし、私ももう首を突っ込んでしまったようです」
初めてグレインが、笑う顔をルナシェは見た。
その笑顔を見て、ルナシェはグレインにネックレスを手渡した。
「これに魔力を込めたのは、きっとずっと昔の魔術師ですね。どれだけ魔力を詰め込んだのか……」
「私の瞳と完全に同じ色なこと、関係あるのかしら?」
「あるでしょうね。ミンティア辺境伯家の始祖は、魔術師です。それに、姫様の瞳は、魔術師から受け継がれているのですから」
かといって、このネックレスは、家宝だったというわけではない。
ベリアスが手に入れて、贈ってくれたものだ。
「とりあえず、届いた書簡も、荷物も一度私が確認します。姫様は、絶対にそれまで触れてはなりません」
そう言うと、グレインは黙ってペンダントを握りしめ、額に当てた。
そして、ペンダントをルナシェに差し出す。
「イヤリングは、もう少し貸しておいてください。それから、先ほどの件、約束ですよ?」
「わかったわ……」
ルナシェは、再びその手に戻ってきたペンダントを身につけた。なぜかそのペンダントからは、温かいようなほのかな何かを感じるのだった。




