いつか一緒に
気を失ってしまったルナシェを抱きしめたまま、ベリアスは、しばらく身動きもできないままでいた。
明らかに、ルナシェが死を感じるほどの出来事と相対して、それを抱えていることには気がついていた。
だが、明らかにルナシェの様子は、おかしかった。
ルナシェが、ベリアスのことを好きでいたことは素直にうれしい。
けれど、ベリアスの心中はまるで嵐の中で巨木が揺れるかのようにざわついていた。
「――――俺の死を危惧している?」
涙も乾ききらないまま、眠っているようなルナシェ。
この小さくて細い体に、一体何を抱えているのか、その全貌はいまだベリアスには、つかめていない。
けれど、ルナシェを守るために配置していた人員からは、婚約式直前まで特別な出来事に関する連絡はなかった。
ルナシェが変わってしまったのは、婚約式の最中としか考えられない。
深窓の令嬢として、屋敷の中からすらほとんど出ずに過ごしていたルナシェが、こんな風にベリアスの元を訪れるなんて、考えにくいことだった。
そして、先ほどの言動。
「この役目を果たす以上、いつだって覚悟はしているつもりだが……」
だからこそ、この戦いが終わるまで、ルナシェとの距離を詰めるのはやめようとベリアスは心に決めていた。それなのに……。
まるで、ルナシェは、ベリアスの死を見てきたかのようだ。
「君の身に、何が起こった……」
ルナシェと再会したときから、今まで、なんとか安全な場所に戻らせることを最優先にしようとしていたベリアス。しかし、このままではルナシェによからぬことが起こるのではないという予感でベリアスの心中には暗雲が立ちこめるようだ。
* * *
『君の美しい白銀の髪に、この花はよく映える』
食卓の席で向かい合ったベリアスが、微笑んでルナシェの耳の上に一輪の赤い花を差し込んだ。
『ドランクの街から、北に街道を進むと、雪の中で咲くこの花の群生地があるんだ。白銀の光の中で、この花を見るたびに、ルナシェを思い出す。いつか一緒に……』
あの日のベリアスの声が聞こえる。
それは、未来への約束。
誘ってもらって、嬉しくて、思わず泣きそうになったルナシェの記憶だ。
「ん……」
ベリアスの腕の中で、ルナシェが身じろぎをする。
ベリアスは、渦巻いている思考を中断し、ルナシェを抱え上げ、ベッドに横たえた。
「ルナシェ?」
ベッドの上で、開かれた瑠璃色の瞳に吸い込まれるように、ベリアスは顔を近づけた。
赤い唇は艶めいていて、頬は薄紅色。顔色が戻ったことにほっと息をつく。
「――――ベリアス様」
ルナシェが見ていたのは、今まで忘れようとしていた、幸せな三日間の記憶だ。
(そうですね。……あの花を、いつか二人で一緒に見に行きたいです)
にこりと、ルナシェが無邪気に微笑んで、両手を差し出してくる。
花に誘われる蝶になったのではないかと思いながら、ベリアスはルナシェをそっと抱きしめた。
「――――ベリアス様が、大好きです」
「っ、俺もだ。……愛している、ルナシェ」
「――――うれしい」
(そう、ずっと、ずっと好きだったの……。あなたが、もう一度目の前に現れてくれるのなら、すべてを失ってもいいと思ってしまうくらいには)
ルナシェは確かに願ったのだ。
ベリアスにもう一度会いたいと。ただそれだけを……。
「もう一度会えてうれしいです」
「…………もしよかったら、俺に」
「はい、ベリアス様……。聞いてもらえますか?」
ルナシェの華奢な背中にたくましい腕が添えられて、上体が起こされる。
逆らうこともなく、そのままルナシェは、ベリアスのたくましい腕の中にしなだれた。
「ベリアス様に、生きてほしいから」
ルナシェがこれから話すことは、誰にも信じてなんてもらえないことに違いない。
それでも、ベリアスに知ってもらいたい。
(ベリアス様が生きてくれるなら、私の最後が、やっぱりあんな風に終わるのだとしても、きっと受け入れられるから)
ルナシェは、ベリアスに伝えるための言葉をつなぐために、瑠璃色の瞳を銀のまつげで覆い隠した。
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