あるべき場所に
腰に帯びていた剣を部屋の端に置くと、促されるままにベリアスは男性の横に座った。
差し出された盃を黙って飲み干したベリアスは、軽く目を見開いた。盃の中身は、やり直した婚約式の日、運び込まれた葡萄酒と同じものだった。
「婚約祝い、感謝する。……今日訪れたのはほかでもなく」
「ルナシェ・ミンティア辺境伯令嬢……。その行方でしょうか?」
「……ああ。報酬は言い値で払おう」
「俺たちのような商人相手に怖いもの知らずですね。だが、その前に!」
氷の入ったピッチャーいっぱいの冷水を頭からかけられたベリアス。
ポタポタと足元に雫が垂れていく。
「……これはいったい?」
いつもボサボサとした髪を後ろにかき上げる。それだけで、いつも以上にベリアスの美貌は際立つ。
たった今起こった出来事に怒る様子でもなく、ベリアスはあくまで平坦な声音だ。
「水もしたたるとは、よく言ったものです。ですが、来るのが遅すぎたとは思いませんか?」
「ルナシェのことか。……猛省している」
「すでに、ミンティア辺境伯家は居場所をつかみましたよ? 聞かれてしまえば、答えないわけにはいきませんし……。間に合うかは、わかりませんが」
向かい合った商人は糸目で、そこから覗く色はよくある茶色だ。
「……ところで、その前にこちらをご購入いただきたく。情報をお伝えする条件の一つです」
横に座った男性からベリアスに渡されたのは、瑠璃色の宝石が輝くネックレスとイヤリングだ。
それは、婚約祝いにベリアスがルナシェに贈ったものに他ならない。
「やはり、あなたがルナシェを……」
「ガストと申します。以後お見知りおきを」
ベリアスは、マントの下に背負っていた大きな袋を取り出した。そのまま、逆さまにした袋から金貨と宝石がばらまかれる。
黙って差し出さなかったのは、水を掛けられたせめてもの意趣返しだろうか。
「王族が持っているよりも明らかに大きく輝く宝石の数々、大量の金貨。さすがに貰いすぎですね」
「ルナシェが持つ瞳の色に比べたら、価値のないゴミばかりだ」
「……姫様の目を見て、何か思われましたか?」
「何が起こったのかは知らない。だが、死線を越えた騎士のような目だ」
しばらくの間、部屋に沈黙の時間が訪れた。
「そうですか。……それにしても、得をしました」
おもむろに立ち上がると、商人は散らばった金貨と宝石を拾い始める。
「……美しい瑠璃色の宝石を守るために、代金の残りはお使いになりますか?」
「足りなければ、もっと払おう。赤獅子の首などどうだ?」
「…………いりませんよ。…………以後よしなに」
間もなく、王国全土に情報網を広げ、表の商会も、裏の世界も掌握するガスト。
そして王国の軍部の頂点に位置する第一騎士団長ベリアス。
二人が手を組んだのは、一人の少女の回帰が始まりだ。この物語の終着点は、まだ誰も知らないけれど。
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