影に足を踏み入れて
暗い路地裏。
ミンティア辺境伯領令嬢であるルナシェが、この場所を見たならばどんな風に思うのだろうか。
奥に行くほど光が差し込まず、それなのに高い建物が増えていく。
路地が入り組んだいびつな空間であり、治安もよくない。
地元の人間は決して近づかないような場所だ。
実際ベリアスも、この場所を掴んではいたし、それなりにここに関わるような知り合いもいるが、近寄ったことはなかった。
騎士団長まで上り詰めるためには、表のきらびやかな世界だけにいるのは不可能だ。それでも、好んで来たい場所でもなかった。
一番奥は突き当たりだ。
どこかさびれて暗い印象のこの場所に、そぐわないほど重厚かつ豪奢な建物がそびえ立っている。
ベリアスは、その建物のドアを迷うことなくたたいた。
程なく、ギギ……ッと蝶番がきしむ音とともに、ドアが開く。
「第一騎士団長ベリアス・シェンディア卿。お待ちしておりました」
ベリアスを迎え入れたのは、黒目に黒髪の執事姿の男性だった。立ち居振る舞いからいって、相当の手練れだ。
陽光の下の戦いであればベリアスに、闇夜での戦いであればこの男性に軍配が上がるであろうと思わせるほどの。
「――――そうか」
すでに、ベリアスとルナシェの情報を手に入れていることが、その言葉から推測される。
黒社会に浸透している組織。しかし、悪事を働くわけでもない。
だが、その情報網は、王国一を誇ると言われるミンティア辺境伯家にも匹敵するという。
いや、この組織こそがミンティア辺境伯家に情報を提供しているのかもしれない。だが、現在重要なのはその部分ではないだろうとベリアスは無理に納得する。
案内された建物の内部は、外からは想像できないほどに明るく、淡い色彩で描かれた抽象的な女性や美しい花々の絵画が飾られてセンスがいい。
外の暗さとの対比のせいで、まるで別世界に来てしまったような印象を訪問客に与える。
一礼して去ってしまった男性。
ベリアスは、密かに背に汗をかいていたことにようやく気がつく。
戦いの場数を踏んできたはずのベリアス。
だが、ここはあくまで相手のテリトリーなのだと思い知らされるようだ。
「お待ちしていました。ご来店いただき光栄です」
薄暗い室内に、不意に明かりがつく。
白と黒を基調にした部屋に、赤いソファーが置かれている。そこに座る男性に、ベリアスは見覚えがあった。
「どうぞ、こちらへ?」
言葉とは裏腹に、立ち上がることもない男性。
ベリアスが、促されたのは、通常向かい合って行うはずの商談のための席ではなく、赤いソファーに座る男性の隣だった。
それは、まるで友人でも招いたような奇妙な光景でもあった。
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