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王宮へ帰還してから次の日、まず最初に行ったのは、宮内の趣味の悪い家具や壁紙や絨毯を剥がしたり片付けたりすることだった。
「これは酷い。他国から客を迎えることなど出来ないじゃないか。全て片付けよう」
アーネストの一言により、使用人たちは奮起して一斉に作業に取り掛かった。
王宮内一斉掃除には、昨日の貴族たちも何故か参加している。
貴族には2種類あった。
1つは、ルチアに洗脳され彼女に信仰心を持ったものの、悪事は行わずに静観していた、ある意味無害な貴族たち。貴族だというのに掃除を手伝っている貴族たちはこちら側だ。特に何か悪事を働いた訳でもないが、ルチアを信じ切ったため、本人たちは状況に理解が及ばないまま、行きどころのない罪悪感を抱えている。
皆、きまり悪そうにゴテゴテ飾られたルチアの像などを撤去している。
もう1つはルチアに踊らされ、ルチアを優遇したり余計なことをして、エリオットの睡眠時間を減らした貴族たちだ。こちらの種類の貴族はまだアリスやアーネストの前に姿は現しておらず、未だ彼らの様子は分からず。
「我が国がこんな状況なのを他国に知られたらまずいな。僕もこんなに王宮を空ける予定はなかったんだけど。エリオット、外交はどうなっている?」
「殿下のお父上は、国内に外国からの客人が訪問されないように取り計らっておいででしたよ」
「……後で記録を見ておくよ。さすが父上だ……」
アリスはあまり口を出したことはないけれど、外交上、一時的に鎖国状態にしておくのは悪手だと思う。だから訪問を拒むことは基本出来るはずがない。
国内のゴタゴタを悟られずに、お偉方を国内に訪問させないように運ぶその手腕は神がかっている。
──さすが陛下だわ……。
アーネストの優秀さは父上の遺伝なのかもしれない。
アリスは手元のカタログをぺらりと捲る。
「ごめんね、アリス。全部任せてしまって」
「いえ、これも貴方の婚約者たる私の役目ですから」
未来の国を背負うものとして、これくらいやらなければならない。
アリスは王宮の家具一式や壁紙や絨毯などの采配を任されていた。
来賓客はここをまず訪れるため、言ってしまえばこの場所は、国の玄関ホールみたいなものであり、国中の建物の代表でもある。
であるならば、それ相応に相応しい佇まいをしていなければ非常に困ることになる。
上品さを保ちつつも、国の豊かさを象徴しなければならないし、居心地の良い空間にもしなければならない。
幼い頃から正妃教育を真面目にやってきたアリスが現王妃に直々に任されたのだ。
その王妃は今、他国の外交──といっても接待みたいなものなのだが──の件で王宮を離れている。国王不在のまま、他国の社交界へと降り立つ羽目になったらしい。
国が脆弱になっていると知られないために、国王夫妻が積極的に動いている中、管理などの些事はアリスに任された。
──王妃様のされていることに比べたら些事だけれど、これもこれで……責任重大なお仕事だわ。
それにしてもルチアのせいで、国庫が底を尽きかけてしまっている中、王宮の調度品を揃えるのは至難の業だった。
──こっそり私財を投じようかしら。
丁度、8年程前から少しずつ貯蓄していたアリス自身の財を今ここで使わなくてどうする。
──あまり大事になるのは避けたいから、エリオット様に偽装工作を頼もうかしら。
アリスの私財を投じる程、国庫が尽きて財政難になっているなんて公になってしまえば、それこそ国家転覆を狙う不届き者が現れないとも限らない。
財政難と言っても、王宮の調度品に予算をかける必要がなければ、まだまだ余裕はあるくらいだ。
ようするに、ルチアが余計なことをしなければ、こんなことで頭を悩ませはしなかったということ。
──エリオット様のお気持ちがよく分かるわ。
アリスにしては珍しく、ルチアに殺意を覚えながら、新しい調度品を注文しながら次々に指示を出していく。
「新しいものが届くまでの間、少し古いですが昔のものを使いましょう。上手く組み合わせれば、一時しのぎにはなりますので」
「はい、アリス様。ところでこちらの階の絨毯ですが、昔のものすぎて少々シミが……」
「シミの上に骨董品でも置きましょうか……」
もはや苦肉の策の連続でしかない。いつ外交が始まり、いつ来客があるか分からない。みすぼらしい宮内であることは、国の恥になってしまう。
全取っかえなんてする機会など、それこそ王宮が火事で全焼でもしなければなかっただろう。
そもそも、古くなったら早めに部位ごとに買い換えるため、ストックなど置いてあるはずがなく、倉庫の中には全て古いものが保管されているくらいだった。
せめて、前の家具や調度品が使えれば……。
なんとルチアは、以前の調度品などを盛大にアレンジし、盛大に失敗して全て使い物にならなくしたのだ。
そして、アレンジに失敗し、全ての家具などが台無しになったということで、高級店から全て買い漁って再び挑戦。まずはここで国庫の予算が使われる。
そして。
嬉嬉としてアレンジを施し、少し前までの……センスが悪……ではなく少々個性的なデザインへと昇華したらしい。
慎重に家具に貼り付けられた宝石を取り除く使用人。
絨毯にぺたぺたと貼り付けられ、玩具のような風貌になってしまった宝石を取り除く貴族たち。
そんな混沌とした視界の中、ドスドスと足音を立てながら肩を怒らせ、こちらに向かってくる女性が居た。
「アリス様の意地悪! 私が気に入らないからって、せっかく整えたものを撤去するなんて!」
シュミーズのまま、裸足で少々ガニ股歩きで目の前に現れた元聖女。
どうやら起きてすぐにこの異変に気付いたのだろう。
「御機嫌よう、ルチア様。お目覚めになられたのですね」
「最低!」
挨拶をするアリスの胸元の布地をぐいっと掴む女。
最低と言われたが、どちらが最低なのか。
「きゃっ! ルチア様、お止めください! 胸元がはだけてしまいます」
ぱっと彼女の手を退けようとしたところで、「聖女様、アリス様に無体はお止めください!」と数人の使用人たちが庇ってくれた。
さっと、貴族の男性がアリスを背中に庇う。
僅かにはだけた胸元を押さえる。今、アリスが着ているドレスは胸元が少し見えるタイプの型で、胸元の布地を引っ張れば当然はだけてしまうものだ。
しかもよく見れば、薄い布地が少し破けてしまっていて、アリスは羞恥に顔を赤らめる。
「邪魔なのでどいてくれませんか! 私の言うことを聞けないなんてどうなるか分からないですよ!」
脅しにかかるルチアの顔は醜悪だ。自分の言うことは聞いて当然だと言わんばかりの表情。
その態度の悪さにむっとしたのか、貴族の男性が立ち向かった。
「聖女様とはいえ、人としてその言い方はなってないのでは?貴女は淑女でしょう?」
アリスたちより年上とはいえ、まだ若い貴族の男性に反論されたのが納得いかなかったのか、ルチアは怒りに顔を真っ赤にした。
「貴方に何が出来るの? 私に逆らってどうなるか分かっているんですか? 酷いことになりますよ!」
もはや癖なのだろう。ルチアは男性に向かってビッと人差し指を突きつけている。
髪はボサボサ。シュミーズのままの姿で、人を蔑む表情に、下品な佇まい。
聖女と他の者たちが睨み合う中、ルチアの無駄に大きな声が辺りに響き渡っている。
「何があったの?」
そんな騒ぎを治めたのは1人の青年だ。
「アーネスト殿下!」
シュミーズ姿のまま、ルチアはアーネストの体に自ら体をすり寄せた。




