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66.5 sideエリオット

「エリオット様。……その」

「またですか」

「ルチア様のご要望ですから……貴族の男性たちをお迎えする準備を」

  失望というよりももはや諦念だ。

  聖女の望みとやらで、貴族男性をあてがわなければならないのである。

  我先にと名を上げる貴族たちを宥め、聖女に相応しい貴族男性をお会いさせるという重要な仕事と周りは言うが、エリオットからすれば気が狂っているとしか思えない。

  ここで周りの貴族の調整を取るのも手がかかるというのに、聖女は相変わらず好き勝手しており、『国民の皆様と交流する会』など企画しては浅はかに実行している。

  あの聖女にもはや期待などしてはいないが、結果的には尻拭いをひたすらしているだけになっていることが腹立たしかった。

  今回の件だって、貴族の男性たちを居室に呼び、暇を持て余した聖女のお相手といえばまだ聞こえが良いが、実態は聖女が自らの自己顕示欲を満たしている薄ら寒い空間。

  その空間では聖女が男性たちを跪かせ、ありがたいお言葉を賜るとか。

  それも貴族社会に影響を持つものばかりというのが小賢しい。

 ──恐らく、地位を保つためなのだろう。

  エリオットは、重役たちが戯れに作り出した聖女優遇の措置を施した制度を片っ端から跡形なく破壊していく──それも誰にも悟られずに行うという超難解な任務を受けていた。

「……くっ」

  それと同時に、表向きは聖女からの要望を全て聞かなければならず、後の自分の首を締めている。ルチアの要望に忠実に従うフリをしつつ、後にそれら全ての制度を解体していくのは自分だというのに。

 ──高位貴族とはいえ、聖女優遇の制度が次から次へと……。

「あのクソ女……」

  思わず毒づいても仕方ない。

  この国の要ともいえる2人──アーネストとアリスは、聖女によってこの王宮から追い出されてしまったのだ。

 ──もっと対策していれば、アーネスト殿下やアリス様も余計な苦労をせずに済んだはずだ。

  悔やまれて仕方なく、こうして聖女の希望に唯唯諾諾と従っている自分が情けない。

  アーネストやアリスが城を追われたあの日以降、エリオットは忙殺されていた。

  だが、仕事中毒のはずのエリオットはここ最近、仕事に張り合いがなくやる気が起きにくい状態に陥っていた。

 ──ああ。あの聖女のために働くなんてやる気が出ないに決まっているな。

  今まではアーネストやアリスの支えとして働いてきたのだから、余計に落差が酷い。

 ──仕事が好きなはずの自分がこのような状態になるとは。

  恐るべし、クソ聖女。

  思わず拍手喝采をしたくなる程である。

  鼻で笑いながら。


  執務室で大量に積まれた書類の上に、先程追加されたばかりの書類を乱雑に重ねる。

「全部燃えてくれないですかね」

  燃やしたら余計に面倒なことになると分かっていても燃やしたい。

  油を引いて燃やせば、よく燃えるだろう。いっそのこと、あの聖女ごと燃やせたらどれ程楽だろうか。

「いけない、いけない。殿下やアリス様にも窘められていたというのに」

  殺害計画を推奨するエリオットを宥めていた2人の焦った顔を思い出し、少しだけ微笑んだ。

  普段から仏頂面で愛想の欠片もないと評判のエリオットだが、一応笑うことは出来るのである。

「さて、休憩でも取りますか」

  休憩なんて滅多に取らないエリオットが自ら休もうとしている時点で、彼にとって聖女の尻拭いがいかに不本意かというのが分かる。


  外の空気を吸うつもりで供を付けることなく外出したエリオットだったが、久しぶりの外出による開放感も、あるものを見た瞬間、萎えた。

「本当に放火してやろうか……」

  それを見ながらボソリと口の中で呟くエリオットの台詞は、今のところ誰にも聞かれていなかったが、王都でこの発言はかなり危険だった。


  エリオットの瞳に映るのは、この地に降り立った清き乙女の現見──聖女ルチアの肖像画だ。

  清純さや純潔の証である蒼いローブと、実物よりも美しく整った顔のパーツで描かれた女性の姿。

  微笑みは聖女らしく、優しさと気高さを併せ持ち、指先はほっそりと美しく華奢であった。

  持っている花々は、聖女に寄り添いそれぞれが誇らしく咲き誇り、鮮やかな色を画に添えている。

「詐欺か」

  あの女はたくさんの男を誑かし、破滅させているというのに、何が純潔か。

  聖女は清らかでまっさらだと伝聞では伝えられているが、エリオットは個人的にそれを嘘八百か何かだと思っている。

 ──それを言うならアリス様の方が清らかだろう。殿下は彼女に手を出す勇気なんてないだろうから、純潔だろうし。

  本人が聞いたらしばらく立ち直れないような台詞だが、幸い彼の心の声を聞くものはここに誰もいない。

  アーネストとアリスが追い出されてからというもの、町中に溢れるようになった聖女を称える肖像や、彫像。

  そうしたものを貴族たちが競い合うようにこぞって買い漁るおかげで、王都の町中では聖女にまつわるものがたくさん売られるようになった。

  脇道から大通りに出ると、ちょうど子どもが雑貨屋で買い物をしているところだった。

「おじちゃん、この間売ってた赤い襟巻きってもうないの?」

「すまないなあ、嬢ちゃん。売り切れてしまったよ。代わりにこちらの聖女様の襟巻きはどうかな?」

「えー。いらないよ!売れ残ってるから押し付けようとしてない?」

「うーん。貴族様たちには好評なんだが、この辺だとさっぱりだねえ。作りすぎたかね。赤字だよ」

  最後は独り言のようだった。

  つまりは、そういうことである。

  聖女の襟巻きとやらは、どうやら聖女をイメージして作られた襟巻きで、エリオットが見る限り在庫は有り余っているようだ。

「聖女様の色だ。縁起が良いかもしれないよ」

  どうやら売り捌きたいらしく店主は勧めていたが、少女はすっぱりと断った。

「いらない。別にあの人好きじゃないし」

  貴族に好評といっても、貴族は平民よりも数が少なく、売れる数も限られている。最初の勢いのまま売り続ければ、ジリ貧になることは目に見えていた。

  平民たちにとって、聖女はそこまで人気のある存在ではないようだ。

「お嬢ちゃん。そんな大きな声でそんなことを言ってはいけないよ!」

  慌てて周囲を見渡す店主。そこに誰も居ないことを確認してほっと息を吐いた。

「怖い大人に聞かれたら酷い目に遭うから、聖女の悪口は言ってはいけないよ」

「悪口じゃないもーん」


  悪口ではなく少女自身の忌憚なしの意見だろうが、大人たちはそうは見てくれないのが現状だった。


  つまり、王都は聖女の町として生まれ変わってしまったのである。


  全ての発言、行動が監視されていると言った方が近いのだろう。

  聖女に対して反発や悪意がないか、1つ1つの発言を精査されているせいか、住人たちは皆肩身狭く生活している。

  本来なら、聖女関連の商品なんか売りたくないだろうに、それを廃棄することも出来ないからああして在庫が溜まっていく。

  そして、最も恐ろしいのは。


「献金ってなあに? 税金なの?」

  子どもの無邪気な声に店主は狼狽する。

「税だなんて言っちゃいけないよ! これは、聖女様にあくまでも進んで捧げるものなんだ」

「おじちゃん、嫌そうな顔をしているのに?」

  店主は青ざめ、再び辺りを忙しなくキョロキョロと見渡した。


「世も末だな」



  ぽつりと誰にも聞こえないようにエリオットは呟いた。



  そしてその夜、事態が動いた。


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