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幕間2

  ルチアが精霊の声を聞くようになって、聖女として神殿に連れていかれる前、彼女はある男爵の養女となった。

「作法なんて面倒だわ」

「───……!」

「本当に? ありがとう!」

  ルチアにしか聞こえない精霊たちは、ルチアを甘やかしてくれる。

  今も家庭教師を納得させてくれるらしい。

  どうやって納得させるのかは分からないけれど、精霊たちがしてくれることだし、ルチアは呑気に紅茶を飲んでいた。

「申し訳ございません。ルチア様。私は貴女のことを思っていたのですが、それが貴女に重い枷をはめていたのですね」

 罪悪感で顔を青ざめさせた家庭教師は、床に崩れ落ち、懺悔する。

「聖女様相手に私はなんてことを!」

  数日前は彼は作法に煩くて、ルチアにダメ出しばかりしていたというのに、精霊の力は凄まじい。


  3日後。自らを責め続け、罪悪感に苛まれた彼は首を吊って自殺したらしい。

「……──。──!」

「大丈夫よ。貴方たちは悪気なんてなかったのだから」

  精霊たちは、やりすぎたと反省していたから慰めてあげた。

  小さな罪悪感を増幅させる魔法。それを上手く調節出来なかった結果なのだという。

  精霊たちに頼んで魔法を使う。やり方は大分違っていたが、これが精霊魔法と呼ばれることをルチアはこの時知らなかった。

 ──死んでしまったのは可哀想だけど、力の使い方には気をつけないといけないと分かったわ。加減の仕方も。

  家庭教師を誇らしく思った。彼は文字通り命をかけてルチアに魔法の加減方法を教えてくれたようなものなのだから。

「どうか、彼が安らかに眠れますように……」

  聖女らしく神殿で祈っていたら、神殿の人たちはこの機会に神殿に移ってはどうかと提案してくれた。

「それも良いかもしれませんね」

  ルチアは快諾した。

  ここにはたくさんの人たちがいる。老若男女、幸せな人たちも悩みを抱えた人たちも。


  神殿の一室、誰も居ないことを確かめてからルチアは周りを漂う精霊たちに頼んだ。

「私を皆に愛されるようにして欲しいの」

「──!」

  どうやら、初対面の者たちはルチアに、少しだけ好印象を持つようにしてくれたらしい。

 ──これで女の子たちに嫌われずに済むわ。

  精霊王からあらかた聖女の役割を聞いた後、聖女はある程度のことは思い通りになることも知ったけれど、ここまで色々な願いを叶えられるのか。

  ただ1つだけルチアが懸念していること。

 ──あまり聖女の力でやり過ぎると、その歯止めとして調停者が遣わされるらしいとか、聞いたけど。何それ邪魔だわ。

  いずれどうにかしなければ、聖女の身分を剥奪される可能性があるということだ。

  自重して、正しく聖女であれば良いという単純なことにルチアはこの時、気付かなかった。


  やがて聖女として大々的に発表されて、王宮にと出入りするようになった時、ルチアはこの国の王太子であるアーネストと出会った。

「初めまして。ルチア、歓迎するよ」

  金髪碧眼の王子様。整ったかんばせに浮かべた優しい笑顔。1つ1つの仕草が洗練されている青年。

  ルチアの目の前に現れたのは、理想を絵にした完璧な王子の姿で。

 ──綺麗で仕事も出来て完璧な王子様。もし、この人に好きになってもらえたら、私は本当のお姫様になれる?

  それが始まりだった。

  アーネストの隣に居た、彼の婚約者のアリスもにこやかに話しかけてきた。

「初めまして、ルチア様。これからよろしくお願い致しますね」

  何をよろしくするのかルチアには分からなかった。

  実はアリスは「この国を支えていく者同士よろしくお願いします」という意味で言っていたのだが、それにルチアは気付かない。


 ──既にお姫様が居るなんて……認めないわ。


  あの完璧な王子の隣に居る自分は誰よりもお姫様に違いないのだから。

  幼い頃からルチアの思う通りにならないことなんてなかった。

 ──皆、私をお姫様にしてくれるんだから!


  だから精霊の力を駆使した。

  皆がルチアを好きになってくれる魔法を強化して行使した。これ以上ないくらいに限界まで。


  神殿だけではなく、王宮の者にも好かれるようになって、たくさんの男性たちが跪くようになったし、その婚約者の女性たちも「ルチア様なら仕方ないわ」と笑顔で負けを認めてくれるようになったのだ。気分が良かった。

 ──これよ、これ。これを求めていたの。

  皆がルチアを好きになれば、この国は幸せだ。

  調停者も、精霊たちや周りの人々を駆使して、なんとか始末した……と思う。あれだけ傷だらけなら器はもう限界だろう。

  ルチアは皆のもので、皆はルチアのもの。

  もちろん、ルチアと同じ女性たちや、自らの妻や婚約者を心から愛している男性たちは、ルチアに対して恋心を抱かずに信仰心を抱く。

  それで問題ないと思ったけれど、王太子であるアーネストがそれでは困る。

  婚約者を愛しているのか、ルチアに対してその気になれないのか、どちらかは分からない。

  何故かアーネストは、ルチアに尊敬以上の想いを抱かない。

 ──私がお姫様になれないわ!

  精霊たちに命じた。

「王太子の欲望を増幅して」

  自らの欲望に忠実になれば、ルチアに魅力を感じて手出しするかもしれない。

  ある夜会の日、ついにルチアはそう命じて、本人に気付かれないくらいの魔法をかけてもらったが、結局アーネストと会話すら出来なかった。

  婚約者のアリスを奥の個室へ連れて行ったきり、夜会に戻ることはなかったと従者に聞いたからだ。

「……何よ……つまりそれって……」

 ──アリスが愛されてるってことじゃない。

  結局、アリスばかりが愛されていることの証拠を突きつけられた。

  欲望を増幅された王太子は、自らの婚約者にその欲をぶつけた。つまりは、そういうことなのだろう。

「邪魔だわ……」

 ──私がお姫様になる邪魔をするなんて。

  傍から聞けば、このルチアの思いはとんでもない発想であり、意味の分からない代物だが、当の本人は気付くはずがない。


  アリスは邪魔だ。

 大勢の前で悪女に仕立てても、その後「忠誠を誓う」なんてアリスが言ったせいで、雨降って地固まったような雰囲気になってしまっている。

 ──アリスも一応は私の味方? みたいになったようだし……。

  ルチアが出来るのは、魔法を強めて味方をどんどん増やしていくことだけだ。

  それが誰であれ。


  だから予想外だった。まさか、アーネストがルチアの呪縛から逃れることが出来たのは。


「君じゃないんだ」


  そう言ってルチアから距離を取り、自らの手をナイフで傷付けるアーネストの強い意志を孕んだ目。

「ごめんね、アリスを探さないといけないから」

  鮮血が零れ落ち、その場に落ちたナイフと、颯爽と去っていくアーネストの後ろ姿。


「き──きゃあああああ!!」

  ルチアは叫んだ。恐怖から。


  自分の力から逃れる者が居たことに恐怖した。


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