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  ルチアの笑みを見て怖気を覚えたが、彼女のおそろしい笑みをみた者はアリスだけだった。

  アーネストはこちらを心配げに見つめていたし、その凄絶な笑顔を見たのは、アリスだけだった。

 ……いや、会場の中には見た者が他にもいるかもしれないけれど、それを見てアリスのように背筋の凍る程の恐怖を抱いた者はいないだろう。


  ぶるりと身体を震わせていれば、アーネストが肩を抱き寄せた。

「もしかして寒い?」

「いえ、何でもありません」

  即答したアリスを少し不思議に思ったらしいが、彼はすぐに切り替えた。

「何にせよ、今日は僕から離れないで。嫌な予感がする」

「……」

  ルチアの恐ろしい顔。ニヤリとした嫌な笑みなのは確かだったが、彼女の目元に悪意なんて欠片も潜んでなさそうで、口元は狂喜で醜く歪んで居た。

  まるで愉しくて仕方ないといったような。子どもが悪戯するような類にも似ているような。

  それなのに何かドロリとしたものを感じる矛盾。

  脳裏に刻み込まれたそれに恐怖を覚えるが、怖気付いてなどいられなかった。


  今日はせっかくのパーティ。貴族の周囲を嗅ぎ回るには絶好の機会である。

 ──貴族の女性たちは本当に居ないのね。

  令嬢だけでなく、マダムも居ない。

  アリスとジュリアたちとの横の繋がり。定期的に活動されていたお茶会と、影響力のあるアリスの一声により、ルチアとの縁を切る覚悟をした令嬢たち。

  それに加えてルチアの行動に制限をしたおかげで、洗脳から解かれ始めた令嬢たち。

  些細なことだったそれぞれの事柄が収束していくように、それは1つの結果を生み出している。

 ──きっと、今回女性が皆出席していないのは、恐らく……。

  アリスはまずその違和感に勘づいた。

  ここに女性が誰も居ないと言っても、ルチアが女性全員に嫌われているということはないだろう。

 ──洗脳……されているのだから。

  ルチアに婚約者を奪われた訳でもない女性たちは、きっとルチアのことを疑ってはいないだろうし、むしろ洗脳されている分、ルチアには好意的なはず。

  だが、似たような年頃の令嬢たちがルチアを支持していないとなれば、良くも悪くも探りたくもなるだろう。心の全てを操っている訳ではないのだから、そんな好奇心は普通だ。

 ──恐らく彼女たちは今この時、一堂に会しているはずだわ。

  ジュリアやマーガレットを始めとした令嬢たちが他の女性たちを集めてくれている。

  これはアリスの勘だが、ルチア主催のパーティに出席させないための足止めのためだろう。

  大方、何故自分たちがルチアを支持していないかなどを説明するのではないだろうか?

  ルチアに対する反抗心から欠席している令嬢たちと、恐らく状況説明のために集められているその他の女性たち。

 ──私にはそれを教えてくださらなかったのは、私のことを思って……なのでしょうね。

『危険なのはアリス様なのだから』

  違う。危険なのは彼女たちもだ。女性だけの会合は恐ろしくて仕方ない。

  心配で仕方ないアリスの頭に蘇る彼女たちの言葉。

『彼女の思う通りに行かなければアリス様も少しはご気分が良くなるはずですわ』

  つまりは、ルチアの思うようにさせないというのが1番の目的なのだ。

 ──その目論見は正しいわ。

  彼女のことを支持する女性が他に居たとしても、今日この日にアリス以外の女性は参加していない。

  ルチアにとって、それが真実であって答えなのだ。

  ここにアリスしか来ていないという事実がルチアを揺さぶることになる。

 つまりは全てを洗脳出来ていない証なのだから。


「少し、他の者たちにも声をかけてみようか」

「そうですわね。挨拶ついでに……」

「ここに居る者たちはいわゆるルチア派だからね。先程、彼女に色々と言われかけたアリスは大変だと思うけど……」

  今もアリスを見る目は警戒の目が半分程。もう半分は事態を傍観しているだけだった。

  半分程の警戒している人たちこそ、過激派の者たちなのだろう。


「お久しぶりです。アーネスト殿下」

  最初に声をかけてきた伯爵の様子をアリスは横でじっと観察することにした。

  アリスは無害を装って、何も言わずにニコニコと笑顔を浮かべるだけだ。

「本当に。妻にも来るようにと言ったんですがねえ。理由も教えてくれない。何が理由なのか……。多くの女は欠席したそうですな」

  伯爵はルチアの過激派ではないが、多くの女性が欠席したことが気に食わないことは伝わってきた。

「アリス様だけですな。さすが聖女に忠誠を誓ったお方。将来が安泰ですな」

「ありがとうございます」

  むしろ、聖女に忠誠を誓ったらこの国は滅ぶんじゃないだろうか?

  多くは語らずに彼女は楚々とした態度で後は傍らのアーネストに任せることに決めた。

「それでもルチア様を落ち込ませるのは大罪だ。悪気がないのは分かりますが、アリス様にはルチア様のお気持ちを考えて、ますます精進して頂きたいものですな」

 ──ルチア様のあの発言にどう反応すれば良かったのかしら?

「それは君の意見? 君はアリスが悪いと思う?どうやらアリスも理由を知りたいみたいなんだ」

  責めるような響きを込めないようにしながら、アーネストは穏やかに問いかける。どうやら現在のアリスへの評価を穏便に聞き出してくれるようだった。

「そりゃあ、聖女様が不満に思うということは振る舞いに何か原因があったのでしょうな」

「成程」

  アーネストは深く突っ込むことはしないまま、とりあえず話の続きを促した。


「まあ、人間悪気がなくとも罪は犯すもの。アリス様の努力は皆分かってはいるんですがねえ……貴女は不器用なのか、ルチア様にとって気に食わないことをしてしまうようで……。努力が空振りしているようで……。とにかく頑張ってください」

「ありがとうございます」

「参考になったよ」


  穏やかな笑みを浮かべていたアーネストだったが、やがて真顔になってから言った。


「取引先のいくつかを潰してやろうかな」

「職権乱用はお止めくださいね」


  他の貴族たちにもさり気なくを装って聞いてみたところ、意見は似たようなものだった。

「アリス様は頑張ってますよ。ただルチア様のご期待に応えることが出来ていないみたいですが……。それはこれからですから頑張ってください」

「アリス様はルチア様の理解者であるという点だけでも高評価ですよ」

「まあ、ルチア様はご自分の容姿にとても劣等感を感じてるようですからねぇ。そういうところも乙女で可愛らしいとは思いますが。そのルチア様のお気持ちを察することが出来なかったのは残念ですが、まだ挽回出来ますよ」


  概ねアリスを応援するような意見が多い。

 アリスを煙たがって、警戒の目を向けているのは過激派の半分のみだということが判明した。


 ──些細なものだけれど、安心したわ。評価が散々だったら動きにくいものね。


  この時は確かに安堵していた。アーネストも、多くの貴族がルチアに対して肯定的なことに不満を持ちながらも、「アリスが良いなら」と納得していた。


  ルチアが予想外な行動を起こしさえしなければ、1日は無事終わるはずだった。


「皆さん! 今回は皆さんにお伝えしたいことがあるんです!」

  大勢の人に見られて恥ずかしそうに頬を染めている聖女は多くの者の目には可憐に見えた。

  唐突すぎる呼びかけに多くの者がルチアに注目したからだ。

  本当に預言か何かだろうか?と思いきや、予想外すぎる出来事。


  ルチアはアリスを思い切り指を指しながら告げる。



「あの女は王子殿下を惑わせている張本人よ! 彼女が居たらこの国は良くならないと、この私が断言します」


  とっておきのしたり顔で彼女は大勢の前で表明したのだった。

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