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「大変お待たせしました。殿下。準備は先程終わったところです」
内心慌てふためいていたアリスだったが、声の調子や振る舞いは傍から見たら通常通りだった。
意識して凛とした佇まいを行っていたため、普段以上に美しく花開いていることをアリス本人だけは知らない。
侍女たちはうっとりとした溜息を吐いて、熱の含んだ眼差しでアリスに魅入っていたのだが、それも知らない。何しろ内心は焦っていたのだから。
「ごめん。急がせたみたいだ」
「いえ、こちらも少々時間をかけすぎたので……」
「じゃあ、入るよ」
心臓が高鳴る音。顔が紅潮していくのも分かる。
ガチャリとドアが開くのを見ながら、アリスは今にも倒れそうだったのだが、それに気付く人はいないだろう。
長年かけて習得したポーカーフェイスは伊達ではない。
ただ式典用の服に身を包んだアーネストを見て見惚れたせいで、反応が一瞬だけ遅れてしまったが。
アーネストはアリスの姿を一瞥して見事に硬直した。後ろ手でドアを閉める体勢のまま、アリスの全身を一瞥し、赤面しながらしばらく魅入った後、目のやり場に困ると言わんばかりに、目を泳がせた。
──何故、何も言わないんですの!?
反応がないことが逆に居た堪れなくて、アリスはドレスを無意識に軽く摘む。
せめて似合うとか似合わないとか一言あっても良いのではないだろうか。
「これは君たちの見立て?」
アリスには何も言わずに侍女たちに視線を移す。
「はい! お美しいでしょう!最高の作品ですわ」
やり遂げたと言わんばかりの侍女たちに何か言いたげなアーネストは、アリスの方をもう一度見てから、顔を紅潮させる。
彼の視線の意味を測りかねてアリスは動揺していたが、やがて彼は断固とした口調でこう言った。
「駄目だ。そんな格好でパーティに出るのは許さない」
みっともない格好だったのだろうか?
「やはり、上品ではなかったでしょうか? それとも似合わな──」
と、そこまで言いかけたアリスの言葉に彼は被せた。目を逸らしながら。
「違う! そうじゃなくて……」
何やら言いにくそうにしていたが、アリスと侍女たちの視線を感じたのか、今度はアリスに向き直る。
なんとも挙動不審だ。
どこか照れた様子でアーネストは続ける。
「そうじゃなくて。アリスが綺麗すぎるから、ここから連れて行けない。男の視線を釘付けにすると思うと、気が気じゃないんだ」
「……!」
赤面したアリスは、口元を押さえて俯いた。
アーネストはどうやらアリスの胸元に目線が行かないように逸らしている。なんともウブであったが、あからさまにじろじろ見る男よりよっぽど良いとアリスは思う。
「綺麗だけど、心配だから別のドレスはないかな?」
侍女たちに尋ねているが、アリスは知っている。これ以上は無理だということを。
「これが1番控えめなドレスですわ、殿下」
「嘘だろう!? こんなに胸元が開いて──」
とまで言いかけたアーネストは、アリスに慌てて言った。
「そこまでジロジロ見た訳ではないからね!?」
「え、ええ! 分かってますわ」
勢いづいた彼の様子から、潔白であると伝わってくる。
挙動不審だったけれど、人の身体をじろじろと眺めてはいなかった。アーネストは、どうやら普段から紳士であろうとしているらしい。
「他にはないの?」
「殿下、もう一度申し上げますが、これが1番慎ましいドレスですわ」
「慎ましいってなんだっけ?」
頭を抱えている彼を見ていると申し訳ないけれども、他にはないらしい。
侍女は楽しげな様子で追い討ちをかける。
「用意して置いたドレス以外のものは流行遅れのものが何着かあった気が致しますけれど、それではアリス様が不憫ですわ」
「殿下は、婚約者が美しくしているのを誇らしいとかは思いませんか?」
「思うけど、でも」
悩ましげなアーネストに侍女の1人がびしっと物申す。
「そこまで心配と仰るならば、殿下がアリス様をお守りすれば良いのです!」
「名案だわ!」
きゃー!と何やら盛り上がっている侍女たちは、含み笑いをした後に「では、私たちは失礼致します。後は若いお2人でごゆっくり……」
──貴女たちも若いのに何を言っているのかしら……。
愉快な侍女たちだったが、まるで嵐が去ったようだった。
「……アリス。パーティの最中は僕の傍から離れないで。他の男にダンスに誘われても断ってくれる?」
「あら。殿下がいらっしゃるのに、私に声をかける方なんていませんわ」
「って思うだろう?油断出来ない」
少し大袈裟なのではないだろうか?
そう感じつつも、心配してもらえるのは純粋に嬉しかった。それをおくびにも出さずにアリスは余裕の笑みを浮かべて見せた。
そうでもしないと「嬉しい」と表情に現れてしまう。
「殿下もお上手ですわね。私を喜ばせたところで何も出ませんわ」
ころころと笑うアリスに「そうじゃない」と言わんばかりに彼は額に手を当てている。
アーネストはギリギリまで渋っていたが、結局このままパーティに出席することになった。
アリスとアーネストはパーティ会場の裏口から目立たないように入場して、人の目が届かない王族専用の特別席でパーティ開始を待っていた。
どこか凛々しく雄々しい雰囲気且つ迫力のある、初老に差し掛かるかもしれない年齢の男と、優しげでふわふわとしつつもどこか芯のあるマダムといった雰囲気の女性。
「最近は大変だったと息子に聞いていたよ」
「お久しぶりです、国王陛下、王妃様」
アリスは久しぶりにこの国の国王と王妃と対面を果たしていた。
「アリスさん、アーネストが迷惑をかけていないかしら?」
「何しろ私の息子とは思えない程のヘタレだからな!」
「そうね。能力はあるのだけれど、どこか残念なのよね」
礼の形を取り、挨拶をするアリスにかけられる2人の声は親しげだ。久しぶりに会うアリスへ向ける笑みは優しげで、アーネストが傍に居るのに目もくれていない。
──殿下……。少しぞんざいに扱われているような……?考えすぎかしら。ヘタレとか言われているし。
「それを言われると否定出来ないな」
実の母に言われた一言にアーネストは苦笑しているが、そんなことはないとアリスは思っている。
「アーネスト様はとてもご立派ですわ。むしろ私の方こそ──」
「いや、アリス。それはない。僕が助けられたことはあっても、僕は君を助けることが出来ていない気がする」
「少しご自分に厳しいのでは?」
アリスのことも気遣いつつ、執務もこなしていたのだから。
「はは! 我々が知らないうちに君たちは随分と仲良くなったみたいだな」
国王の言葉にどきりとする。
これは果たして仲良しと言えるのだろうか?彼との距離は縮まったように思うけれど、アリスの方は相変わらず素直になれていない。
「まあ色々とあったからね」
「ルチアが何やら問題を起こしているらしいな」
「報告に上げた通りだよ」
苦々しげなアーネストに国王は真面目に答えた。
それは至極当然のことなのだからと。
ルチアの神聖さを少しも疑っていないと言わんばかりに。
「彼女は博愛の性質があるからこそ、多くの者を魅了し、多くの男たちを夢中にさせるのだろう。そこに意味があると我々は思っている」
「そうね。だって聖女だもの」
──このお2人はどこまで、ルチア様に魅了されているのかしら?
背筋が凍るような戦慄を覚えた。
間もなくパーティが始まる時刻だというのに。




