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  自らの想いは告げるまいと決めていたアリスだったが、アーネストに不安を与えたり不信感を与えるつもりはなかった。


 ──そこまで自惚れてはいないし、殿下もきりかえが出来る方だと信じているけれど、もしも私とのことで悩ませて政務に影響が出たら、婚約者失格だわ!

  だからこれはアリスなりの矜恃であって、それ以上でもそれ以下でもない。


  なるべく平穏で健全な精神を保って、彼の能力を最大限に発揮させて差し上げたかった。

 ──きっと私は諸刃の剣なのかもしれない。


  アーネストは表には出していなかったが、恐らく複雑な心境なのだろうと思う。

  この状況を改善したい。

  1番良いのは、アーネストに想いを伝えることなのかもしれないと分かっている。

 ──私って我儘ね。心配させたくないけど、想いは伝えたくないなんて。

  マティアス絡みの相談を持ち掛ける相手はほとんどいない。芋づる式にマティアスのことも話す必要が出てくるからだ。


 ──誰か詮索しないで話を聞いてくれる人が居たりしないかしら……。

  都合の良いことを考えたアリスは、一瞬の後に気付いた。

  アリスと気心知れた仲で且つ必要以上に詮索をして来ない存在に。

  彼なら、客観的な良いアドバイスをくれるかもしれない。

  結局、彼と話が出来る時間帯は、夕方のある一刻だけ。

  当のアーネストが席を外している時間帯だった。


「エリオット様。今、お時間よろしいですか?」

「今、仕事中なので、もう少し後でも良いでしょうか?」

  机に齧り付くエリオットにアリスは小声で話しかける。

「殿下が居ない今のうちが良いのです。……その殿下のことで相談というか……」

  ばっと顔を上げたエリオットの目には好奇心。

  何やら面白い暇潰しを見つけたと言わんばかりの表情。


 ──人選、間違えたかしら……?


  エリオットは懐中時計を懐から取り出すと、眼鏡をくいっと上げた。

「殿下が戻ってくるまで約20分程ですね」

  どうやら話を聞いてくれるようで、彼は持っていた筆記用具を机の上に置いた。


  結局のところ、どこから話せば良いのかは分からなかった。

  要点を押さえつつ、マティアスに繋がる情報を除外しながら話せば結果的には要領のつかない説明になってしまった。

「ご、ごめんなさい……エリオット様。滅茶苦茶ですわよね?」

  我ながらこれは酷いと自己嫌悪していれば、エリオットは「大丈夫ですよ。大体分かりました」と頷いていた。

  本当に今の説明で良かったのだろうか?


「アリス様が懇意にされている男性との関係を、殿下が必要以上に邪推されていて非常に面倒くさいと……そういう話ですよね?」

「エリオット様は殿下に何か恨みでもあるのですか」

  アリスの微妙すぎる説明を、まさかここまで乱暴に纏めるとは思いも寄らなかった。


「面倒というよりは、その……殿下が不安そうになさっているので申し訳ないことをしてしまったと思いまして。婚約者として至らないのではないかと考えてしまうのです」

「不安にさせとけば良いのでは? せいぜい焦ってもらえば良いのですよ」

  手をヒラヒラと振りながらも、声はどうやら本気のようだった。

「ええ……。良いのですか、それで」

「良いんですよ。婚約者の立場に胡座をかくよりはよっぽど。ヘタレ克服のチャンスだと思っとけば問題ないです」

「……」

  つまりは今の状況を放置するということにもなるのだが、それで本当に良いのだろうか。

  というよりも。

「殿下はそこまで仰る程、ヘタレではないのでは?」

「え」

「え?」

  エリオットは心外だと言わんばかりに目を見開いて。


「今まで殿下の長いヘタレ話にどれだけ付き合わされたと……」


  アリスに聞こえないくらいの声で、ぽつりと呟き、エリオットは天井を仰いだのだが、ふと気になることがあったのか、すぐに向き直る。


「今更なのですが、アリス様は殿下の想いに気付かれておいでで?」

  本当に今更すぎることを聞かれたので、アリスは頬を赤く染めた。

「少し前に……その好きだと仰ってくださいました」

  昔から知っている相手に自らの恋愛事情を語るのは死にそうなくらい恥ずかしい。

  羞恥心で小さくなりそうなアリスだったが、エリオットは何故か固まっていた。

「……? エリオット様?どうかされました?」

  やはりこのようなことを言われても困るだろうと思っていたら、エリオットは机をダンっと叩き付けた。


「やっとですか!!」


「は、はい!?」


  エリオットの珍しい大声にビクリと肩を震わせれば、即座に「申し訳ございません。取り乱しました」と冷静な声に戻る。

  そこまで驚くことだったのだろうか?

「どういう状況で、そうなったんですか?」

「この間、夜に不審者が入って来たでしょう?」

「ああ。刺客ですね」

「その時に心配してくださって、無事で良かったと仰って、それで……って」

  ここまで話す必要があるのだろうか?

「ふむ。1番不安な時に愛の言葉を伝えるとは……殿下もやりますね。それで、アリス様はどう答えられたのですか?」

  心做しか無表情ながら彼は楽しんでいるように見える。

「私は好きではないですとお伝えしました」

「私は、アリス様のそういうところ、本当に好きですよ」

「あら、ありがとうございます?」

  何故だか笑いを堪えるようなエリオットに首を傾げる。

 ──何やら、私はエリオット様にとって面白い話題を提供したみたいね。

「成程。アリス様に振られて、その状況になったので殿下は焦っておられると。ますます面白くなってきましたね」

「エリオット様。笑い事ではありませんのよ?」

  普段仕事ばかりで生命の危機に瀕している彼が楽しんでいる姿を見て安心しつつも、当の本人はそれなりに悩んでいる。

「私の忠誠を殿下がお疑いになるのも……それはそれで悲しいですし」

「忠誠」

「ええ、忠誠ですわ」

  アーネストに対しての感情の種類は1つだけではない。

  これだけは声高く伝えられる感情かもしれない。

  誇らしげなアリスを見て、何故かエリオットは再び肩を震わせ始める。

「殿下には、頑張って欲しいものです……っくく」

「今日は笑いすぎですわよ」

「……ふぅ」

  その笑いの発作をすぐに治めたエリオットは懐中時計を探り、何故かニヤリと笑う。

  その表情は最近死にかけていたエリオットには見られなかった表情で、アリスは思わず「ふふっ」と笑う。

「楽しそうで何よりですが、何故今日のエリオット様は、」

  アリスが言いかけたと同時に、部屋のドアがガチャリと開かれた。


  噂をすれば影。そこに居たのは、この後来る予定だったアーネストで、たまたま来た訳ではなかったけれど。


  アーネストはアリスを見、次にエリオットを見て、微妙な表情を浮かべた。寂しさや不安などが僅かに入り交じったような。

「君たちは仲良いね? 2人の楽しそうな声が廊下にも聞こえたよ」

  何でもないように彼は笑みを浮かべてはいたが、執務室の絨毯に躓きかけた時点で、彼は恐らく普通ではなかった。



「いっちょ前に嫉妬深いとか……っくく」


  たぶん1番楽しかったのは、エリオットなのだろう。この3人の中で1番笑っているのは彼だった。

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