色々と試すのは善い
「『我が体に刻まれし刻印よ、記されしままに在るべし』」
「『通せ、遮れ、守れ、撃て』」
「『淡き壁よ、我が身の盾となれ!』」
「『マンウォール』」
マンウォール。
とても直球のバリアであり、淡く光る壁を自分の周囲に構築してくれるのだ。
外からの攻撃を防ぎ、内側からの攻撃は素通しにしてくれる、理想的なバリアだ!
「魔球……アイアンジャイロボール!」
「へぐあああああ!」
俺の構築したマンウォールを、ギュウキ様の剛速球がぶち抜いていた。
そうか、このマンウォールって、そんなには防御力が無いんだ……。
※
「『我が体に刻まれし刻印よ、記されしままに在るべし』」
「『矛を絶て、槍を断て』」
「『我が両腕に、神の盾よ宿れ』」
「『イージスアガートラーム』」
イージスアガートラームは、自分の両腕に頑丈な盾を構築する防御魔法だ。
少し取り回しが難しいが、自分の腕に盾が装着されるので、取り回しは簡単だ。
これなら、ギュウキ様の鉄球を防げる!
「魔球……アイアンアウトロー!」
「へぎゅうう!」
走っている人間の足へ的確に鉄球を命中させるとか、ギュウキ様は意外にもテクニシャンだった……。
そうか、両手を守っているんだから、足は守れないよな……。
※
「『我が体に刻まれし刻印よ、記されしままに在るべし』」
「『宿り潜み、代わり受けよ』」
「『汝は我が心臓、我が命』」
「『ポイントハート』」
ポイントハート。
威力に関係なく、一定回数の攻撃を無効化する魔法である。
純粋には防御魔法ではないかもしれないが、とにかく何回かは無効化してくれるのだ。こんな有り難い話はない。
とにかく保険だ。最後まで走れなくてもいいから、途中まではなんとか走りたい!
「魔球……アイアン千本ノック!」
流石に千回も投げてきたわけではない。というか、俺が数えていられなかった。
十発ぐらいは無効化できたのだが、それからも何十発も投げてきた。
今まで一番投げられた。むしろ今までのを全部合わせた分よりも多かった。
俺が倒れた後も投げてきたし、針で貫かれた後も投げられた。
なんでそんなに投げてくるんだろう。無理げーとかそういうレベルじゃない、シューティングゲームのボスぐらい投げられた。もう弾幕と化していた。
あと、千本ノックは手で投げるんじゃなくて、バットで打つんだったとおもう。
※
「『我が体に刻まれし刻印よ、記されしままに在るべし』」
「『覆え、閉ざせ、囲え、凌げ』」
「『我を包み、守れ』」
「『ピューパメイル』」
ピューパメイル。
自分の体を強固な鎧で守る魔法だ。
当然だが顔も守っているので、死角はない。
少々重いし、鎧を着ることになるので敏捷性は下がる。
しかし、それでもこのまま打ちのめされるよりはましだと思っていた。
「ぜえ、ぜえ、ぜえ、ぜえ……!」
「……」
「ひぃ、ひぃ、ひぃ……!」
「……」
「あ……!」
ベルトコンベアの上で、俺は鎧の重さに負けていた。
迫ってくる針の壁に、俺はゆっくりと近づいて行って……。
そのまま刺された。
どうやらこの針の壁は、ピューパメイルを貫く力があるらしい。
※
俺の特訓は暗礁に乗り上げていた。
体を張って攻略情報を蓄積しているが、無理だということしかわかっていない。
学校でもひたすら放課後のことばかり考えている。
流石に憂鬱になってきたが、それでも頭から逃避の二文字が離れなくなりつつあった。
たぶん、百回分ぐらい死んでいる気がする。
仮にこれが拷問なら、お願いしますから殺してくださいとおねだりするレベルだ。
これは地道な努力というよりも、地獄な努力というべきかもしれない。
魔法一つ覚えるにもそれなりの努力を要するのに、それが何の意味もなく打ち破られていくのは本当につらい。
魔法の練習をするたびに、結局これも無駄になるんだろうなあ、という気分になるのだ。
「っていうか、そもそもギュウキ様がその気になったら、どうあがいても無理だしなあ」
俺は痛い目にあいたくないから、という理由で魔王様に忠義を誓ったわけではない。
その理由なら、とっくに自殺しているだろう。もうぶっちゃけ、死んだほうがましだし。
俺は、死にたくない。そのことだけはぶれていない。でも折れそう、くじけそうだった。
「なんだよ、人殺し。最近元気ないなあ、んん?」
懲りない円木は、俺に対して圧を加えていた。
ひたすらへこんでいる俺を見て、自分の嫌がらせが効果を発揮しているとでも思っているのだろう。
「俺にかまうなよ」
「なんだよ人殺し、偉そうなこと言うじゃねえか」
つくづく支離滅裂だが、指摘してもなんとも思わないだろう。
彼は俺を攻撃するのが目的なので、文字通りただの難癖だ。
「何つらそうな顔をしているんだ? お前が殺した連中は、もう泣いたり笑ったりできないんだぞ?」
「……」
そうだろう。
辛くて苦しくても、俺は帰る家がある。
一年A組の連中は、もうどうあがいても帰れない。死んでいる連中は、なおのことだ。
そんな連中に比べれば、特訓が辛くて死にそう、というのも相対的にはましだろう。
だが俺の心は、そこまで強くなかった。
「……」
「なんだよ、その眼は」
本当に、この人がうらやましい。
死ぬような思いをしなくても、クラスメイトを殺さなくても、家に帰ることができるんだから。
普通ってすごいんだなあ、って気分である。本当に、この時間をもっと有効活用するべきだと思う。
でも、有効活用しなくても、死なないんだよなあ。
「羨ましいと思っただけだ……」
「意味がわかんねえこと言ってんじゃねえよ!」
本当に意味がわかんない。
なんでクラスメイトと一緒に異世界へ召喚されたのに、クラスメイトを殺すためだけに特訓しているんだろう。
「あのさ、円木。俺ってどうすればいいと思う?」
クラスメイト達がやや驚いていた。
周囲からすれば、俺がへこんでいるのは円木のせいだろう。
そんな円木へ、親しげに質問をするなんておかしい話だ。
「はあ?」
なんでそんなことを聞くんだ、という顔をする円木。
実際そうなのだから、彼は悪くない。
「そんなもん決まってるだろうが! 学校になんて来ないで、家でおとなしくしてろよ! 一生どこにも行くな! 人殺しが歩いていたら、みんな怖がるだろうが! 尻尾を巻いて人気のないところに行ってろ!」
確かにそうするべきなのかもしれない。
罪の意識を忘れて、自分のことだけを考えている俺は、ここにいちゃいけないのかもしれない。
だが……それでも俺は、きちんとした学生で居たいのだ。
※
下校している俺は、たそがれていた。
これから家に帰って、そのまままた拷問を受けるのだ。
ベルトコンベアの上で走るという課題を、いつも受けなければならない、というわけではない。
そうでなければ、魔法を習うということもできないし。
しかし、逃避が目的で魔法を習うのも、それはそれで怖い。
踏ん張らなければならない、と思うのだ。
だが先の見えない拷問に対して、惰性さえ生まれつつある。
これは駄目だ、このままでは駄目だ。
俺はただ拷問に耐えて、ただ魔王様のご機嫌をうかがっているだけでは駄目なのだ。
俺は、一年A組の生徒に勝たなければならない。
前回は圧倒できたが、次も圧倒できるとは思えない。
これは練習なので、死んでも生き返られせてもらえる。
だが本番で負けた場合は、流石にその限りではないだろう。
「たぶん……あの試練を超えないと、次の戦いで死ぬな」
はっきり言って、魔王様にとってこれはゲームだ。
ゲームだからこそ、勝つために最善を尽くす必要がない。
なので俺が負けると分かっていても、そのまま戦場に送り出してしまうだろう。
俺は自分で打開策を練り、それを完成させなければならない。
前回のように甘えてはいない、本気で俺を迎え撃とうとする勇者たちを倒し、五人だけ殺さなければならないのだ。
それを想えば、惰性になること自体が危険だ。
しかし、具体的にはどうすればいいのだろうか。
このまま新しい魔法を探っても、どうにも突破の眼は見えない。そんな気がしてきた。
ある意味当たり前だが、文字通り付け焼刃の魔法では、ギュウキ様の妨害に耐えられない。
だが他に何があるのだろうか。武器や防具の類は装備することが許されていないし、そもそも俺のチートはそっち方向ではない。
じゃあチート能力を向上させればいいじゃないかという話だが、ステータス閲覧能力を鍛えてどうするというのだ。
それにチート能力は精神的な成長によって、段階的に強くなっていくのだと分かっている。
以前はクラスメイトを殺す覚悟を決めたときに、レベル1からレベル2へ成長した。つまりそうそう簡単には、レベルが上がらないのだ。
「ただいま」
「おかえり」
家に帰ってくると、母さんが迎えてくれる。
俺が家にいるというだけで少し安心していて、俺の表情が沈んでいるところを見て不安そうになっていた。
それがステータスで閲覧できるからこそ、俺はとても心苦しい。
母さんのためにも、この状況を何とかしたかった。
「あのね、理」
「何?」
「最近、どこにもいかないじゃない。いつもすぐに家に帰ってきて、そのまま寝ちゃうし……」
「来年受験だからね、勉強を今からしておきたいんだ」
言い訳に聞こえるが、断じて嘘ではない。
受験勉強は始めているし、必要なことだと思っている。
俺には今、明日が必要だった。
この過酷で気の病む日々を乗り切るには、自分の未来があるのだと信じたかったのだ。
苦しんで苦しんで、その先には日常があると思いたかったのだ。
「でもね……ほら、たまには羽を伸ばさないと駄目だと思うのよ」
「それは、大丈夫だって……ガス抜きもしてるしさ」
これは嘘だ。ガス抜きはウイ様を相手にしている気もするが、とてもではないが追いついていない。
物凄い勢いで、ガスがたまり続けている。
だが、世の中には抜き差しならない状況がある。
ガスが抜けるとか溜まるとか、そんなことを言っている場合ではない。
俺の人生がかかっているというよりも、俺の命がかかっている。
この状況でガス抜きをしようとしても、怖くて不安で逆にストレスがたまる。
「理が一生懸命頑張っているのは知っているけど、家で閉じこもったままだとよくないわよ」
「いや、でも……」
「きっと学校でも小さくなっているんでしょう? こう、体を動かしてないと……」
母さんの言いたいことはわかるが、あいにくと俺は運動部より運動している。
それはもう、過酷な運動だ。この世界でまで、運動などしたくない。
「大丈夫だよ、今はそれどころじゃないし……」
「でもね……小さくなっていると鬱憤がたまって、いつか爆発しちゃうわよ?」
母さんが心配してしまうほどに、今の俺はひどいことになっているのだろう。
それを自覚するとますます追い込まれてしまった。
本当に、いよいよ不味い。
「本当に大変になったら、助けてくれって言うよ」
「本当に?」
「うん、大丈夫」
そんな嘘を、俺は言う。
本当に助けてほしいけれども、本当にどうにもならないから、本当のことは何も言えない。
俺は自分の部屋に入って、ごろりとベッドの上で横になった。
もうすぐ魔王様に呼ばれて、また地獄な努力の始まりだ。
「縮こまって生きていろ、か……」
こういう時、漫画の主人公なら、何かを言われたことがきっかけになって突破口になるものだ。
「たまには羽根を伸ばさないとダメ、か……」
だがしかし、俺はそんな大したものではない。
所詮俺は、魔王様の下僕だ。
そんな都合よく、打開策を思いついたりしない。
『期待しているぞ、コトワリ=ナインテイル』
魔王様の言葉を思い出した。
「そうか!」
マンガも読んでみるものだ。パズルが組み合わさって、俺の中で打開策が汲み上げられていた。
「そういうことか!」
※
俺は魔王城で、誰もいない部屋に入っていた。
部屋というよりは一種の運動場だろう。若しくはダンスホールかもしれないが、とにかく問題はない。
「ふう……」
俺は決して、遊ぶつもりも怠けるつもりもない。
これは必要なことだと知っていた。あの拷問が、地獄な努力が『試験』なのだとしたら、その前の準備をしなければならない。
「出ろ!」
現れるのは、俺の尻から生えている九本の尾。
そう、魔王様から頂いた、最初の武器だ。
「でっかくなったもんだ……」
俺のレベルが上がるごとに、だんだん大きくなっていった九本の尾。
最初は俺のベッドを埋め尽くす程度だったが、今では部屋をみっしりとさせるほどだった。
そう、大きいのが問題だった。
今までの特訓で尻尾を使わなかったのは、大きすぎてベルトコンベアの上に収まらなかったからだ。
そのまま出していると、走るどころか針に刺さってしまうのだ。
「これを、小さくできれば……」
試行錯誤をするうちに忘れていたが、最初に諦めたこの尻尾こそ全く試していないことだった。
この尻尾の大きさを調整でき、更に動かすことができたのなら、俺はギュウキ様の投球に対抗できるかもしれない。
できるかできないかではない、できるようにならなければならない。
「ふう……」
九本の尻尾には、すべて神経が通っている。
今では手足のように、自由自在に動かせる。
これを更に、手足以上に器用に動かせるように、伸縮自在にする。
それが、俺の新しい課題だ。
※
※
※
「コトワリめは、今はどうしている?」
「一人で己の尾を操ることに執心しております」
「そうかそうか」
今魔王の前に、ウイとセラエノ、ギュウキがそろっていた。
つまりは主だったものが、一か所に集まっていたともいえる。
「ねえお母さま」
「うん?」
「なんで最初から、尻尾を小さくするように言わなかったの?」
「つまらんことを言うな」
ウイの質問に対して、魔王は心底呆れた声を出していた。
「ウイや、もしやアレがやつれているのを見て、同情でもしたか?」
「お母さんが友達を痛めつけているんだから、嫌な気分になるわよ」
「で、あるな」
逆に、同情しない方が問題だ。
それに至った魔王は、素直に非を認めていた。
「これは経験上であるが」
魔王は普通の生物と違って、苦労というものを体験したことが無い。
しかし、苦労している人間というものは、これでもかと知っている。
一方的に苦労させる側だが、それでも苦労したことが無い人間よりは詳しい。
「練習や試験とやらは、本番よりも数段過酷にしておくぐらいがちょうどよいらしい」
「そうなの?」
「らしい」
娘は閉口した。
らしい、というあいまいな理由で、理は今の今まで拷問を受けていたのだ。
だとすれば、流石に母親の人格を疑ってしまう。
「ガハハハ! そう不安そうになさるな、ウイ様!」
そんな不安を吹き飛ばすように、ギュウキが笑い飛ばしていた。
実際に苦労をしているであろう豪傑は、しっかりと『らしい』を補強していた。
「己の頭で考え、試し、血と汗と涙を流してこそ、生きた修業というものですぞ!」
「そうなの?」
「正解を書き写すだけでは、足りんということです」
豪傑然としている彼が自信満々に頷いていると、説得力が違う。
「じゃあ、これからは簡単になるの?」
「なりませんなあ!」
はっはっは!
と負い目なく笑う豪傑。
それを見て、魔王も愉快そうに笑う。
「ガハハハ!」
「フハハハ!」
これからも地獄な努力は続く。
他人が地獄で苦しむさまを、魔王とその下僕は楽し気に笑う。
まさに、鬼畜の所業であろう。
「魔王様、コトワリは中々感心な男ですな」
「うむ、良き拾い物をした」
その鬼畜に気に入られることほどの不幸不運は、そうそうないであろう。
ましてその鬼畜が、宇宙の創造神とくればなおのことに。
「うう~~」
自分が安全圏にいるだけに、世の理不尽を嘆く少女。
友人の為に、この鬼畜どもへ少々の手心を加えさせたいところである。
「ウイ様」
「なによ」
「人殺しになるということは、こういうことなのですよ」
真摯な表情で、ギュウキはそう告げた。
「人間とは、容易ならざる『強敵』です。この儂をして、なめてかかることの出来ぬ相手であり、時には追いつめられることも……」
「……」
「コトワリが覚悟を決めたように、勇者どもめも覚悟を決めましょう。コトワリ自身も彼らを恐れているのです」
「だったら、その分強くしてあげればいいじゃない」
「たしかに、魔王様なら可能でしょうな。ですが、魔王様はそれを許しますまい」
確かに魔王はそれができる。
絶対無敵最強不敗の力、星をも砕く力さえ簡単に与えられる。
だがそれはしない。魔王なりの、人間への敬意だった。
コマに対する、差し手としての誠意だった。
「であれば、儂に出来ることは試練を与えるのみ。勇者どもよりも強大なる力をもって、苦難を課して牙を研がせることだけ」
「それは……かわいそうじゃないの?」
「儂が甘やかしても、勇者が甘くないのであれば仕方がありますまい?」
甘やかして、その結果死んだ方がよほど残酷であろう。
そう語る豪傑は、本当に大切なことを語る。
「本気で頑張るということは、自分で苦しむということなのです」
「自分で?」
「コトワリは、自分で自分を苦しめているのです。苦しんでいればいいと思っているのではなく、苦しみの中に活を探っているのです」
苦しんででも、生き残りたい。
生き残れるのなら、苦しんでも構わない。
「生きるとは、辛いのですよ」
「限度があると思うけど……」
「嘆いても始まらないのです。それが勇者になるということであり、魔王の下僕になるということ」
ギュウキ=ヘビーストロングスは、確固たる誇りを持っていた。
「魔王の下僕とは、決して魔王様に甘やかされる存在ではない。いえ……忠義を尽くすということは、主に甘えるということではないのです」
鍛えぬいた肉体は、相変わらず雄々しい。
その言葉にも、確かな重みがある。
「ウイ様。貴女もいずれ知るのでしょう、成すべきこととは己の為に成すのではないのです」
「誰かの、ため?」
「はい。誰かのためです。成すべきこととは、自分が幸せになるために成すのではない。自分の為に成そうとすれば、苦しみに負けてしまう」
成したいことと成すべきことは違う。
成したいことは苦しいと思えないが、成すべきことはひたすらにつらい。
だが成すべきことには、笑顔になる誰かが確実にいるのだ。
「コトワリが耐えているのは、貴女のためでもある」
「……」
「男が一人前になるということは、そういうことです」




