73話「私が過ごす部屋」
ゼアンさんは殿下の前に跪きました。
「ルミナリア公爵令嬢、お久しぶりです。
大変な目に遭いましたね。
僕も事情を知って驚いています。
こうして実物を目にしても、人間が猫の姿になるなんて、にわかには信じられません」
ゼアンさんが、不思議そうな顔で私を見ていました。
「アリーゼ嬢をじろじろ見るのは禁止!
彼女の体をじっくり見ていいのが僕だけだから!」
殿下はむっとした顔でそうおっしゃり、私をぎゅっと抱きしめました。
殿下! もっと別の言い方はなかったのでしょうか!?
「ルミナリア公爵令嬢が猫になって、殿下の嫉妬深さに拍車がかかりましたね」
ゼアンさんは困ったように眉を下げ、肩をすくめました。
「アリーゼ嬢、ゼアンのことは無視していいからね。
解毒剤が完成するまで二人で仲良く暮らそうね」
殿下は私の頬に、自分の頬を擦り付けました。
殿下〜〜! 私が猫の姿だからって頬ずりはやりすぎです!
……嫌ではないんです、むしろ嬉しいです……。ですが、今はゼアンさんの目が、こういうことは二人きりの時に……ではなくて……!
殿下に頬ずりされて私は混乱していました。
「猫の姿とはいえ、相手は公爵家の令嬢。
婚約者でも、夫でもない殿下の部屋で暮らすのはいかがなものかと思います。
未婚の男女が同じ部屋で過ごすのはよろしくありません。
ルミナリア公爵令嬢のお世話は、
ルミナリア公爵とロザリン嬢に事情を話した上で、
ロザリン嬢にさせるべきです」
ゼアンさんが真面目な顔でそう提案しました。
彼の提案に、殿下は露骨に嫌そうな顔をしました。
「そんな……!
猫になったアリーゼ嬢と過ごせる貴重な時間なのに……!
ゼアン、君は僕からアリーゼ嬢を奪う気なのか!?」
殿下が泣きそうな顔で、ゼアンさんに言いました。
「そもそも、ルミナリア公爵令嬢は殿下のものではありません。
ルミナリア公爵令嬢を猫の姿に変えた犯人を捕縛しました。
彼女が危険にさらされる心配はありません。
親元に帰すのが筋でしょう」
ゼアンさんの言っていることは正論です。
殿下も反論できないようです。
「秘密保持の為に、ルミナリア公爵令嬢が元の姿に戻るまで、宮殿に住まわせるにしても、殿下の部屋で過ごすべきではありません。
公爵家の使用人を呼び、別室で過ごすべきです」
ゼアンさんは毅然とした態度でそう言いました。
昨夜は事件に巻き込まれ、犯人を逮捕していない状況だったので、殿下の部屋で過ごしました。
しかし、犯人のイリナ王女も侍女も捕まりました。
殿下の婚約者でも妻でもない私が、彼と同じ部屋で過ごすべきではありませんよね。
お父様は私が殿下に保護されたことは知っていますが、私がどこで何をしているかまでは知りません。
ロザリンは何も知らされていません。私が家に帰らないので、とても心配しているでしょう。
私の元気な姿を見せて、二人を安心させてあげたいです。
猫になった私を見て、二人が卒倒する可能性もありますが……。
「それに王弟殿下とルミナリア公爵令嬢は同じ部屋にすると、弊害もあります」
「弊害だと?」
「ルミナリア公爵令嬢と一緒にいたいがために、殿下が解毒剤を開発に手を抜く心配があります」
ゼアンさんはジト目で殿下を見ました。
「酷いなゼアン。
君には、僕がそんなことをする人間に見えるのかい?」
殿下はにっこりと微笑み、そう言いました。
「見えます」
ゼアンさんが即答しました。
「ルミナリア公爵令嬢、気をつけてくださいね。
殿下はにっこり笑って、嘘をつける人間ですから」
ゼアンさんはそう言って深く息を吐きました。
「アリーゼ嬢、ゼアンの言ってることは気にしなくていいからね。
彼は少し疑り深い性格なだけだから」
殿下は、私の目を見てそうおっしゃり穏やかに微笑みました。
私には、彼の微笑みの中に嘘があるようには見えませんでした。
しかし、相手は王族。
時にはにこやかに笑いながら、相手に罠を仕掛ける必要があるのでしょう。
「そうだ。
ここはアリーゼ嬢に決めてもらおう。
アリーゼ嬢、このまま僕の部屋で過ごしたい?
それとも別に部屋を用意し、ロザリンを王宮に呼んで世話をさせたい?」
殿下は、イエスとノーと書かれた紙をテーブルの上に置きました。
そして私のことを、そっとテーブルの上に下ろしました。
「このまま僕の部屋で過ごしたいならイエスを、
別室でロザリンに世話をしてもらいたいならノーに前足を置いて欲しい」
殿下に尋ねられ、私は少し考えました。
殿下の傍にいたいです。
ですがそれは、淑女としてははしたない行為。
殿下の部屋で過ごすなら、婚約するか、結婚するかしてからにしたいです。
殿下と婚約……?
彼の気持ちも確かめていないのに、気が早いでしょうか?
私は、ノーと書かれた紙に前足を置きました。
私の返事を見て、殿下はかなり落胆されているご様子でした。
「そうか分かった。
君の意見を尊重するよ」
殿下は悲しげな目でそうおっしゃいました。
彼のそんな顔を見ると、胸がズキリと痛みます。
私がロザリンと過ごすことを選択した理由を、人間の姿に戻ったら殿下にお伝えしたいです。
「君が猫になったことを、ルミナリア公爵とロザリンに伝えるけど、それは構わないかな?」
私はイエスと書かれた紙に前足を乗せました。
「そうか分かった二人には僕から知らせるよ」
ロザリンに世話をしてもらうなら、私が猫になったことを伝えなくてはいけません。
お父様も私のことを心配しているでしょうから、無事な姿をみせたいです。
私が猫になったことを知ったら、二人はどんな顔をするでしょうか?
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