62話「私の思いを伝えたい!」
足に力を入れると、ちゃんと動きました。
手当てをしてもらったので、後ろ足の痛みもそれほど気になりません。
私は一度体を縮めたあと、勢いよくジャンプして机に飛び乗りました。
猫の体の使い方にも大分慣れてきました。
殿下の机の上には、私が読んだことがある本が置かれていました。
一度読んだことのある本なら、言葉を探しやすいです。
「じっとしていないと傷口が開いてしまうよ。
君は案外お転婆さんなんだね」
机の上にジャンプした私を見て、殿下が心配そうな顔でそうおっしゃいました。
猫の姿とはいえ、彼に「お転婆」と言われたのはちょっとショックです。
今はそんなことを気にしている場合ではありません。
彼の注意が、宝物から私に移りました。
好機到来です。
文字を指で示しても、殿下が見ていなくては意味がありません。
どうか、そのまま私に意識を向けていてください。
私は机の上にある本の背表紙を、爪でカリカリと擦りました。
「本が気になるのかな?」
「にゃー」
殿下の問いに、私は「はい」と返事をしました。
「本が気になる猫なんて珍しいね。
本に魚の挿絵でもあるのかな?
それともマタタビの匂いでもするのかな?」
殿下は不思議そうな顔をしながらも、本を開いてくれました。
「にゃー、にゃー」
私は本を手招きするポーズをしました。
「本をじっくり見たいのかな?
机の上に置くからゆっくり見るといいよ」
本を開いてもらったので、あとは単語を探すだけです。
使える単語が見つからなければ、爪の先でアルファベットを示すのみ。
どうか殿下が気づいてくれますように……!
私はそう願いを込めて、殿下が開いたページを読みました。
開かれたページを読んでいると、使えそうな単語がいくつか見つかりました。
「君は、挿絵ではなく文字を見ているようだね。
猫が本を読むわけないのに、
君を見ていると、
猫が文字を理解しているように思えてしまうから不思議だ」
そうなんです。
私は文字が読めるんです。
どうか、私の意図を理解してください殿下……!
私は殿下の目を見て「にゃー」と鳴いてから、単語の上に前足を置きました。
「どうかした?
本に虫でもいたのかな?」
そうではありません!
気づいてください殿下……!
殿下の顔を見て「にゃーー!」と鳴いてから目当ての単語を前足でタンタンと叩きました。
お願い……!
気づいて……!
「君はさっきから同じ所を叩いているね?
まるで僕に何かを伝えたいみたいだ」
「にゃー!」
そうです! 殿下! お願いします!
私の指さした単語を読んでください!
私はもう一度、単語を前足で叩きました。
「猫が文字を読めるはずがないのに……。
なぜだか、君を放っておけない」
殿下はこの状況に困惑しているようでした。
普通に考えたら、この状況は理解しがたいかもしれません。
ですが殿下は、諦めず、ないがしろにせず、私が何を伝えようとしているのか、知ろうとしてくれています。
「君の瞳がアリーゼ嬢に似ているからかな?
君に見つめられると目が離せないんだ。
こんなことアリーゼ嬢に知られたら、浮気だと怒られてしまうかな?」
浮気……?
「浮気というのも変かな。
僕達はまだ付き合ってもいないのだから」
えっと……王弟殿下の言い方だと、彼が私の事を慕っているように聞こえます。
そんなはずないのに、動揺が隠せません。
そ、それよりも今は、私の正体を知ってもらうのが先です。
根気強く伝えれば、殿下は私の意図を汲み取ってくれるはずです。
「にゃー!」と鳴いたあと、私は同じ単語を前足で押さえました。
「もしかして、文字を読んでほしいのかな?
前足をどけてごらん」
殿下に私の思いが伝わりました!
「ニャッ、ニャッ!!」
嬉しくて声が出てしまいました。
私は殿下に言われた通り、前足をどかしました。
「君が指さしている言葉は『薬』だね」
始めの言葉が伝わりました……!
嬉しくて、涙が出そうです!
あとは残りの言葉を同じ方法で伝えるだけです!
「にゃー! にゃー!」私は彼の顔を見つめ、そして別の文字を前足で示しました。
「もっと読んでほしいの?
本当に君は不思議な猫だね」
殿下は、困惑した表情を浮かべながらも、文字を読んでくれました。
「この言葉は『お茶』と読むんだよ」
要領を掴んだ私は、次々に単語を示していきます。
「君が指し示した単語を繋げると、『薬、お茶、変化、追っ手、怪我』になる」
このページには、他に使えそうな単語はありません。
お願い殿下……!
五つのキーワードから、推理して、真実に辿り着いてください!
「猫が人間に何かを伝えようとするなんて、まるで推理小説みたいだね」
殿下はそう言って、困ったように笑いました。
「もう、本を前足で指さないのかな?」
「にゃー」この本には使える文字がありません、と言ったつもりで鳴きました。
「薬、お茶、変化、追っ手、怪我か……。
これだけでは、何を伝えたいのかよくわからない。
君が文字を書ければいいのに……。
そうか……!
ちょっと待ってて……!
いい方法がある!」
殿下は引き出しから大きな紙とインクを取り出すと、そこにアルファベットのAからZまで書き記しました。
それから別の紙に、「イエス」と「ノー」と書きました。
殿下が聡い方で助かりました。
普通の人だったら、猫の体で本をカリカリしても、「本を傷つけるな」と言われて終わっていました。
彼が根気強く付き合ってくれたお陰です。
「君は僕に伝えたいことがあるんだろう?
君は普通の猫とは違うみたいだ。
何が起きても驚かないから、君が何を伝えようとしているのか教えてほしい」
殿下が私の体を優しく抱き上げ、私の目を真っ直ぐに見つめてそう言いました。
殿下のお顔は真剣でした。
人間だった時も、彼と見つめ合うことはありました。
その時より、お顔の距離が近いです。
唇が触れてしまいそうです。
「にゃっ」と鳴き、彼の体から逃れようと手足をばたつかせました。
「ごめんね。
強く抱きすぎたかな?
今、下ろしてあげるからね」
殿下はゆっくりと私の体を、ソファーの上に置きました。
殿下はアルファベットを記した紙と、イエスとノーが書かれた紙を応接用のローテーブルの上に置きました。
殿下は、私の隣に座りました。
「君が伝えたいことを、アルファベットを指で示す事で教えてほしい。
僕の質問にはイエスかノーで答えてほしい。
できるかな?」
私は彼の目を見て「にゃー」と鳴き、「大丈夫」と伝えました。
「まずは最初の質問だ。君は誰なの?」




