40話「王弟とルミナリア公爵」王弟視点
――王弟・ラファエル視点――
「ですが殿下、昨日は偶然ルミナリア公爵令嬢に会えましたが、
今後はどのように彼女と逢瀬を交わす予定ですか?」
ゼアンが真面目な表情で尋ねてきた。
「ベナット様が幽閉されたことが、貴族の間で噂になり始めています。
そんな折に、王弟であるあなたが帰国した意味に気づかない愚か者ばかりではないでしょう。
聡い者達は、あなたが今後どのような立場になるのかよく理解しています」
ゼアンなりに僕のことを心配しているようだ。
「ルミナリア公爵令嬢を王宮に呼び出し、逢瀬を交わすことも可能です。
今、殿下は国内で注目されています。
婚約者でもない令嬢を度々王宮に呼び出しては、あらぬ噂が立つでしょう」
ゼアンが厳しい表情で言った。
ベナットの処分については、僕が立王嗣の礼を受ける時に一緒に発表する予定だ。
しかし洞察力がある者は、べナットの行く末や、僕の今後の立場がどうなるか、ある程度察しているはずだ。
アリーゼ嬢は、公爵令嬢であり宰相の一人娘だ。
しかも、彼女は王子妃教育を終えている。
僕が王太弟となった時、彼女を婚約者にしたいと言えば反対するものは少ないだろう。
ルミナリア公爵も、アリーゼ嬢も王家からの婚約の打診が来れば最初は渋るかも知らないが、最終的には受けるだろう。
だけどそれではダメだ。
ルミナリア公爵は、アリーゼ嬢の恋愛結婚を望んでいる。
それにアリーゼ嬢は、王家からの打診を受けた婚約を、公衆の面前で一方的に破棄されるという目にあっている。
最終的にベナットの有責での婚約破棄ということに落ち着いたが、それで彼女の心の傷が癒えたとは思えない。
王家への不信感も完全に払拭されたとは言えないだろう。
それに、そんなやり方で彼女に婚約を打診したら、彼女はこの婚約を政略的なものだと捉える。
そうなってしまっては、僕がいくらアリーゼ嬢に愛を囁いても、彼女の心には届かない。
僕は彼女の能力や家柄を必要としているんじゃない。
僕はアリーゼ嬢が好きなんだ。彼女の心が欲しいんだ。
彼女に愛し、愛される夫婦になりたいんだ。
だから、時間をかけて彼女との距離を縮めていくつもりだ。
そのためには、彼女と自然に会える機会を増やすことが大切だ。
「ゼアン、心配いらないよ。そのことなら手は打ってある」
その時、ドアが四回ノックされた。
どうやら、呼び出した人物が来たようだ。
ゼアンが扉を開ける。
「王弟殿下、イグナーツ・ルミナリア、お呼びにより参上仕りました」
扉の向こうには、厳しい表情をしたルミナリア公爵が立っていた。
ルミナリア公爵が険しい表情をしているのはいつものことだ。特段不機嫌というわけではない。
将を射るにはまず馬から。彼に協力者になってもらおう。
「ルミナリア公爵、呼び出してすまない」
僕は執務用の机から、応接用のソファーに移動した。
先に僕が座り、テーブルを挟んだ向かい側の席にルミナリア公爵を座らせた。
ゼアンは僕の背後で待機している。
僕は、鈴を鳴らしメイドを呼び、お茶を用意させたあと下がらせた。
人払いはした。この部屋にいるのは僕とルミナリア公爵とゼアンだけだ。
「殿下、本日はどのようなご用件ですか?」
ルミナリア公爵が、こちらを真っ直ぐに見据え尋ねてきた。
彼は、僕にどんな意図があるのか探っているようだ。
「今日、あなたを呼び出したのは、アリーゼ嬢について話したいことがあったからだ」
「娘が何か不始末をしでかしましたか?」
娘の名前を出され、ルミナリア公爵はピクリと眉を動かした。
彼は今、娘の話題に過敏になっている。
きっとべナットとの婚約破棄の一件で、つまらない噂をしてくる輩が多いのだろう。
「そうではないよ。
アリーゼ嬢はとても優秀な人だ。
昨日、偶然彼女と街で会った。
アリーゼ嬢に街を案内したのだが、彼女は清楚で可憐なだけではなく、高い教養を備えた淑女だということがわかった」
僕は相手を落ち着かせるために穏やかな微笑みを浮かべ、そう話しかけた。
「殿下は昨日、街で偶然娘に会ったのですか?」
「メイドを連れて、お忍びで外出していたようです」
どうやらアリーゼ嬢は、昨日のことをまだ公爵に話していなかったようだ。
アリーゼ嬢は、自分の口から公爵に伝えたかっただろうに、僕が先に伝えてしまった。
彼女に悪いことをしてしまった。
「娘がご迷惑をおかけしました。
娘は、殿下に失礼なことをいたしませんでしたでしょうか?」
ルミナリア公爵が頭を下げた。
「迷惑だなんてとんでもない。
とても楽しい時間を過ごせたよ。
それに先ほども話したように、彼女が優秀な人物であることも分かったしね」
僕はにこやかに笑ってそう伝えた。
娘のことは褒められてルミナリア公爵も、内心まんざらでもないらしい。
彼の口角がほんの少し上がっていた。
「アリーゼ嬢と共に知り合いのシスターのいる教会を訪れた。
アリーゼ嬢は、シスターや子供達とすぐに打ち解けていた。
それだけではない。
彼女はシスターにピアノを教えていた。
刺繍のデザイン案をその場で考え、刺繍の仕方まで教えていた。
彼女は人にものを教えるのがとても得意なようだ」
「お褒めに預かり光栄でございます」
ルミナリア公爵がわずかに目を細めてそう言った。
表情の変化が乏しい人だが、娘を褒められて喜んでいると思う。
「だが、彼女は自信を失っていた。
原因はべナットとの婚約破棄にある。
それについては王家の責任なので、アリーゼ嬢とルミナリア公爵家に迷惑をかけたことを、申し訳なく思っている」
「殿下にそのようにお心を砕いていただき、光栄に存じます」
僕が謝罪の言葉を伝えると、ルミナリアは真顔でそう答えた。
やはりベナットのことは、ルミナリア公爵の中で遺恨として残っているようだ。
「これも王家の責任であるのだが、彼女に王子妃教育を詰め込んだせいで、彼女は学園で一人クラスで授業を受けることになってしまった。
その結果、彼女は同年代の少女と遊ぶ機会を失ってしまった。
学園で過ごす時間は、子供でいられる最後の期間だ。
そこで過ごした時間は、かけがえのない思い出となり、生涯の宝となる。
学園で出会ったクラスメイトとの友情も、その後の人生の糧となる。
しかし彼女は、王家のせいで青春を謳歌することができなかった」
僕は眉間に皺を寄せ、唇を噛んだ。
やはり、べナットは二歳の時に殺しておくべきだった。
そうすれば、アリーゼ嬢がここまで傷つくことはなかったのだ。
「殿下のお心遣いに感謝します」
ルミナリア公爵は表情を変えることなくそう言った。
彼の今の心境は分からない。
「アリーゼ嬢には人を導く才能がある。
そこで、同年代の未婚の淑女を集め、週に二度、王宮でマナー教室を開き、彼女にはその講師をしていただきたいと思っている。
学園生活を送れなかった彼女に、マナー教室で友情を育んでほしいんだ。
これは王家の彼女への謝罪であり、罪滅ぼしも兼ねている。
是非この件を引き受けていただきたい。
ルミナリア公爵、いかがだろうか?
アリーゼ嬢にこの件を話していただけないか?」
僕の提案を聞いたルミナリア公爵は渋い顔をしていた。
少しずるいやり方をした。
「王家からの謝罪」などと言われたら、生真面目な性格のルミナリア公爵は断れないだろう。
アリーゼ嬢を淑女のマナー教室の講師にするのには、いくつかの理由がある。
一つ目は、アリーゼ嬢に同年代の淑女と楽しく過ごしてもらい、学生時代に築くことができなかった友情を育んで欲しいという純粋な願いだ。
二つ目は、王宮でマナー教室を開けば、僕が彼女に会いやすくなるからだ。
マナー教室を開くだけなら、ルミナリア公爵邸でも問題はない。
だが、それでは僕はアリーゼ嬢に会えない。
三つ目は、アリーゼ嬢の虫除けのためだ。
宰相の娘で、容姿端麗で、完璧な淑女である彼女のもとには、たくさんの釣り書きが届いていることだろう。
アリーゼ嬢と結婚すれば、ルミナリア公爵家と縁続きになれる。貴族なら皆、公爵家との縁を持ちたがるだろう。
中には「王子に婚約破棄され傷物になった令嬢」と、彼女を下に見てくる輩もいるだろう。
僕は、そういう輩を全部排除したいと思っている。
彼女が王家の依頼でマナー教室を開き少女たちに淑女のマナーを教えれば、王家と公爵家が円満な関係にあることを示すことができる。
また王家が彼女にマナー教室の講師を依頼することで、彼女は完璧な淑女であり、この度の婚約破棄に、彼女の落ち度がなかったことを知らしめることができる。
僕は、アリーゼ嬢の傍で見守ることができる。彼女に声をかけようとする男を全部排除することができる。
まさに一石二鳥、ならぬ一石三鳥も、四鳥もかねた計画だ。
ルミナリア公爵はしばらく沈黙し、何かを考えているようだった。
「まずは娘に話してみます」
しばしの沈黙の後、彼はそう口にした。
それはほぼ了承の意味と取っていいだろう。
ルミナリア公爵は、娘のことをとても大切にしている。
今回の話が、アリーゼ嬢にとって悪くないと判断したのだろう。
彼がすぐに承諾をしなかったのは、一度この件をアリーゼ嬢に話し、彼女の了承を取りたかったのだろう。
ルミナリア公爵は、アリーゼ嬢の意見を尊重したいのだろう。
僕も彼女の意見を尊重したいと思っている。
アリーゼ嬢が嫌だと言うなら、無理に講師を引き受けさせるつもりはない。
その場合は、別の策を考え、彼女と会う機会を作らなければならない。
できるなら、アリーゼ嬢にマナー教師の講師を引き受けて欲しい。
週に二回でいい、彼女に会いたいんだ。




