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異世界に転生した元暗殺者は、回復魔法使いになっても剣を振り回す。  作者: 御峰。


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第88話 暗殺者、告白される。

 屋敷に戻ることもできず、ビラシオの宿屋に初めて泊まった。


 災害の日に宿屋も多く壊されたが、ナンバーズ商会と契約を交わして高級宿屋を建てた宿屋があり、泊まったのは最上階のスイートルームだ。


 見晴らしを最も重要視し、最上階という広いスペースをふんだんに使い、ゆったり過ごせるように広いルーフバルコニーを作った。これも前世で流行っていたものを模範した作りだ。


 翌日はチェックアウトをして、すぐにオルレアン山脈に飛んだ。


 上空からリゼ達の様子を確認したところ、思っていたよりも強行軍を続けたようで、まだ時間がかかると思っていたが、今日の夕方には合流ができそうだ。


 一度、カドゥケウスがいる砂場に来て、ノインと共に蟹魔物を大量に倒していく。


 どうやら珍しい素材で頑丈な防具が作れるなら、大量に取っておいて損がないからだ。


 夕方まで蟹魔物を倒していたが、カドゥケウスは出てこなかった。


 戦闘中、わざと服に汚れを付けるために攻撃を受けたりして、ボロボロの姿のまま合流地点近くに降りる。


 元々河が流れているはずの渓谷と山脈の勾配がちょうど落ち合う部分。そこに立って少し待つ。


 渓流のところに魔獣はほとんどいなかったが、ここまで来るとそれなりに魔物の気配がする。


 リゼ達のことを考えれば戦いはない方がいいと思い、黒光魔法を発動させて魔物を殲滅しておいた。


 しばらく待っていると、森の方から人の気配がして、見知った顔の人が現れた。


「なっ!? アダム様!」


「ギアンか。ようやく合流できた」


「アダムさまっ!」


 すぐに姿を見せたリゼは――――それは酷い表情を浮かべていた。


 絶望に染まった者を多く見てきたつもりだ。自分の命を落とす直前に見せる顔。それに匹敵する彼女の顔は、余程仲間を守りたかったのだろう。


 もし俺が死んでいたなら、彼女は自ら命を落としてしまうんじゃないかと心配になるほどだ。


「あ……あぁ……」


 だが足が止まったリゼは、その場で地面に膝をついて、手で顔を覆う。


「アダムさまが無事で本当に良かった……私……ううっ……」


「リゼさん」


「私に……アダムさまに近付く権利なんてありません……アダムさまを守らなければならない立場で……アダムさまが命を投げ捨てて私を助けてくださって……私は……もう……」


 なるほど。そういうことを悩んでいたのか。


 力を解放していれば問題ない高さでもあったが、彼女がそれを知る術はない。


 ゆっくり彼女の前に歩き、片膝をついた。


「リゼさん。もし僕が死んだら貴方が悲しむのは知っていた。だからこそ……あのときはああするしかなかった」


「アダムさま……?」


「もし貴方が死んでいたら、僕は一生立ち直れなかった。強さなど関係ない。僕は……貴方だから守ったのです。だから……悲しまないでください。僕にも生き残る術があったのも事実ですから」


「アダムさま……私……っ」


 そのまま飛び込んできた彼女を抱き留める。


 大声を上げて泣くリゼの声と体温が伝わってくる。


 ふと、俺が生まれてすぐに姉が訪れて、俺に向かって手を差し伸べてくれたことを思い出した。


 リゼと姉が友人だからなのか、それとも別の理由があるかはわからないが、よくリゼから姉の面影を感じる。


 あの日、差し伸べた姉の手を握り返したときに見たあの景色を――――


「リゼさん。せっかくこうして生き残りました。リゼさんが無事だったことも嬉しいです。ですから……再会を涙ではなく笑顔で向かいたいんです」


 涙でぐしゃっとなった顔のリゼがゆっくりと顔を上げる。それでも両目から大粒の涙があふれ出る。


 ハンカチを取り出して、彼女の涙を拭いてあげる――――が、少し汚れたせいであまり綺麗にはならない。


「ハンカチが少し汚れてました」


「アダムさま……私……もう嫌です。アダムさまがいない世界で生きるなんて、もう想像もしたくありません。私……今まで……誰かを好きになったことなんてありませんでした。私みたいな女が……誰かを好きになってはならないと思いました」


 流れ続ける涙を拭いてあげ続ける。


「なのにアダムさまはいつも優しくて……いつの間にか私は…………」


 少しぎこちない笑みを浮かべたリゼが続けた。


「貴方が好きです」






 ――――その日。リゼと俺は初めて唇を交わした。



 ◆



 夜が深まったこともあり、渓谷通りは魔物がほとんど現れないこともあって、キャンプを設営して焚火を設置した。


「アダム様。どうやって生き残ったんですか? あの高所で落ちて生きてるなんて……」


 当然の疑問だ。


「ああ。僕の力が黒光魔法なのはわかっていると思うが、この力には特殊な効果がある。それは……魔法の力が他人よりも自身に何倍もの効果が高いということだ」


「効果が……高い?」


「ああ。例えば腕が千切れたとしても、黒光魔法なら一瞬で治せるのだ。聖女が使える最高治癒魔法のように。だが、それはあくまで俺自身にしかできない魔法だから、誰かの欠損を治すのは難しい」


「なるほど……」


「あのとき、フェルニゲシュ同士がぶつかると渓谷の下に落ちるのはわかっていた。避けるのはもう無理だったが、僕一人なら何とかなると考え、全ての力を回復一本に絞った。地面にぶつかるとき、フェルニゲシュの口の中にいたこともあって、それがクッションになってくれて、頭部がやられる前に全身を治し続けた」


「ひい……それって……相当な激痛を伴うんじゃ……?」


「……リゼさんを亡くすよりは安いもんだ」


 すると後ろで一緒に聞いていた女性陣が黄色い声を上げた。


「きゃ~! アダム様ってすごくロマンチスト!」


「リゼちゃん……羨ましい……」


「アダムさまっ……」


「おいおい。惚気はあっちでやってく……いや、やめよう。帰ってからしてくれ」


「惚気……?」


「……アダム様って無表情だから読めないんだよ! はあ……まあ、最上級才能『カーディナル』だもんな。驚くのも失礼というわけか。それはそうと、無事で本当に良かった。まだ狩場の中だからな。気を抜きすぎず、休んで朝になったら急いで街に向かうぞ」


「ああ」


 それからまたみんな当番を分けて休憩をする。


 休むためにテントに入るシーナが膨れた顔で俺を見ていたが、どうしたんだろうか。


 みんなが休んでいる間、俺はリゼと夜番をする。


 焚火があるとはいえ、顔を真っ赤に染めたリゼがちらちらと俺を見つめる。


「リゼさん」


「は、はひ!」


 彼女の肩を引き寄せて――――俺の膝に横たわらせた。


「えっ……? アダムさま……?」


「ずいぶんと無理をして来たみたいですから。今日はゆっくり寝てください」


「そ、そんな! むしろ私の方が膝枕を……」


 だが彼女が起き上がれないように頭を押さえる。「う……起きれない……」と諦めた彼女は、俺の膝に体重を預けた。


「アダムさま……」


「ん?」


「生きて……いてくれて……本当にありがとう……」


「あぁ……」


 彼女の頭を優しく撫でてあげると、すぐに静かに寝息を立てて眠りについた。


 やはり、無理に動いて体力の限界だったんだな。


 バチバチッと音を立てる焚火を眺めて、ゆっくりとした時間を過ごした。

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