第51話 暗殺者、侵入する。
ナンバーズ商会から転移魔法で王都の外に向かう。
隣街に向かう道路が遠くに見える森の中。ここなら大通りがよく見えるが、普通なら近付くだけでも時間がかかってしまうくらいは遠い。
四台の荷馬車が隣街から王都に向かって走っていた。
そんな中、大通りを塞ぐのは、ぼろい服を着たいかにも荒くれ者の格好をしている男たち。
しばらく見守っていると、荷馬車の前を荒くれ者たちが塞いで荷物を奪い始めた。御者は馬に乗って逃げ出したが、何人かは逃げ遅れて荒くれ者たちの剣によって、その命を散らした。
「ダークさま。このまま尾行いたします」
「ああ」
レイ率いる神風六人が森から外に出て平原を走る。忍術という力で全身を平原の草と同じ色にして走っているので、遠くからだと彼女たちを認識することすら不可能だ。
俺はアインスとともに再度王都に飛び、そのまま王都の壁の外――――下層であるスラム街に向かう。
久しぶりにスラム街に入ると、相変わらずの悪臭に顔が歪むアインス。
「ほんと~慣れないですわね~この匂い」
不満を口にするアインスとともに、スラム街をより奥に歩き進める。
以前訪れたときのレメが住んでいた家はまだ中層に近い場所ということもあり、スラム街を本格的に歩くことはなかった。
スラム街は道が舗装されてるはずもなく、土がむき出しになっていて、ところどころが雨のせいなのか水溜まりになっている。
さらに多くの人がぼろぼろの衣服を着ており、上下の服をちゃんと着ている人の方が珍しい。中には上半身を露にしている女性もいるほど。
活気らしい活気はなく、ただ座り込んでボーっとしている者もいれば、何が目的かはわからないくらいふらふら歩く者もいる。
そんな彼らは総じて――――生きる気力が感じ取れない。
奥に入っても景色はそう変わることはなかったが、一つだけ気になったことがある。それは――――どこにも子どもの姿がないことだ。衛生上、出生率もそう高くはなさそうではあるが、人っ子一人も姿が見えないことに違和感を覚える。
この世界では、子どもを非常に多く産む傾向にあり、貴族ともなれば夫人一人に子どもを五~六人は産む。ガブリエンデ家は珍しく夫人一人のみなので、姉と俺だけとなっている。これも父が普段から領内をよく回ったりと忙しいことが原因だったりする。
スラム街の建物は、殆どは木の板を繋ぎ合わせただけの簡易的なものになっている。とてもじゃないが、ここが王都の隣だとは信じられないほどに、人が住める環境ではない。
そんな家と呼べるかも怪しい建物の間を足早に進むと、ひときわ目立つ建物が現れた。
「ダークさま。あの建物ですわ~」
「こんな場所でも権力者がいるのか」
「それはそうですわよ~? 下層って働き手の宝庫ですからね~」
「…………」
「使い物にならなくなったら捨てられるでしょうけどね~」
アインスと二人で近くの建物の裏に身をひそめる。
スラム街の奥にあるのは、丸太で作った別荘のような家で、玄関にはちゃんと護衛も立っている上、敷地を木材の塀で囲っている。
「意外と警備が厚いな」
「それもそうですわ。彼らだって陰の集団。この道のことは誰よりも知っているはずですからね。彼らのボスも命が惜しいでしょうから」
建物は簡単な作りになっているものの、屋根上にすら護衛がいる。さらにそれぞれ腰に鈴をつけていて、動いているだけで音を響かせている。
恐らく音も定期的に知らせることで、敵の侵入を防ぐという算段だろう。
しばらく待っていると、神風のメンバー二人がやってきた。
「ダーク様。例の荷物はここからさらに東に行った場所に運ばれました。何やら洞窟に繋がっている模様です」
「洞窟?」
「はい。洞窟も厳重な警備が守っていました」
奪った荷物はここではなく、別の場所で処分するのか。
そのまま神風の一人を残して、もう一人に洞窟まで案内してもらった。
意外にもだいぶ距離が離れている。
向かっている最中、気になることがあって足を止めた。
「ダークさま? どうしましたの?」
「気になることがある」
俺はそのまま地面に耳を当てた。
微かに馬車のようなものが動く音が聞こえた。外の空気ではなく、地面の振動を通じて。
地中から響く音を感じる。
「なるほど。洞窟から地下道を作って運んでいるんだな」
「ダークさま……そこまで聞こえるんですの……」
アインスが少し呆れたような表情を浮かべる。
再度案内してもらい洞窟の近くで待っていたレイたちと合流した。
「ダークさま。あちらの上から外を監視しているようです」
崖に作られた洞窟の前には人の気配はしないが、そこより上部に設置された小さな覗き穴があり、そこから外を見ている者の気配がする。
「どうしますの? 制圧しちゃいますか?」
「そうだな。少なくとも荷物を奪った証拠になるはず。制圧を開始する」
「かしこまりました~」
そのまま彼女たちを連れて転移魔法で洞窟中に飛ぶ。これなら見張りも反応できない。
「貴方は上を。レイちゃんは私と一緒に奥を攻めるわよ」
「「はいっ」」
彼女たちは一気に洞窟の中を走って進んだ。俺も彼女たちの後を追いかけた。




