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異世界に転生した元暗殺者は、回復魔法使いになっても剣を振り回す。  作者: 御峰。


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19/94

第19話 暗殺者、商会ギルドを訪れる。

 さっそくやってきたのは、ボロボロになったビラシオ街の中央広場に大きく構えている建物。


 その前ではいくつもの出店が展開され――――食材を高価な値段で販売していた。


 俺とアインス(イヴ)フィーア(ルナ)はそれらの出店を越えて建物の中に入っていく。


 寒い冬空の下とは違い建物の中はとても温かい。が、人の数はあまりない。


「いらっしゃいませ。商会ギルドへようこそ」


 眼鏡を掛けて制服や髪型を整えた受付嬢が出迎えてくれる。その顔には少しだけ疲れた表情が伺える。


 仮面を被ったフィーア(ルナ)が彼女の前に出た。


「ビラシオ街の商売許可証を取得に来ました」


 そう話しながら一枚の紙をバッグから取り出して見せる。


「王都商会ギルドの商会許可証……」


「はい。これからビラシオ街を中心に(・・・)商売をしようと考えております」


「えっと、かしこまりました。少々お待ちいただけますでしょうか? ギルド長に話を通します」


「ギルド長? どうしてでしょう? 普段なら何ら問題はないはずですが……?」


「え、えっと……」


 明らかにあたふたする彼女は、困ったように笑顔で誤魔化す。


「ビラシオ街は現在災害で大変でして、商売許可は慎重にするべきだとギルド長が仰いました……まだ街を管理なさる新しい男爵様もお見えにならなくて……なので、あちらのソファで少々お待ちください!」


 彼女は有無を言わさずに走り去ってしまった。


 ソファに腰を掛けると、アインス(イヴ)フィーア(ルナ)は俺の後方に立ったまま待つ。これは主従関係を示す行為だ。


 少し待っていると上の階から一人のふてぶてしい表情の太った中年の男が降りてくる。


 俺をひと見すると、アインス(イヴ)たちを見つめては卑しい笑みを浮かべる。向かいのソファに座った男のふてぶてしい態度は変わらなかった。


「ふう~ん。新しい商売の許可だって?」


「ええ」


 俺の代わりにフィーア(ルナ)が答えると、男の視線が俺からフィーア(ルナ)に移る。


「残念なことに今のビラシオ街は災害に遭ってね。新しい男爵様がいらっしゃるまではビラシオ街の全商売権利はわしが持っているのだ。この街で商売がしたいならそれなり税を入れてもらわねばな~」


「王国が定める税、一割ですね」


「いやいや、違うな。今は災害時だから、五割だ」


「五割ですか……それは王都の商会ギルドが知ってる額ですか?」


 男の表情が一気に変わる。


「おいおい……今のビラシオ街の商売はわしが管理しとるんだ。それに文句があるのか? それなら商売なんてさせないが…………そうだな。一つだけ方法がないこともない」


「一応聞きましょう」


 ギルド長の目が雄のものへと変わり、フィーア(ルナ)アインス(イヴ)をお互いに眺める。


「そこの二人がわしの夜の相手をしてくれるなら一割に負けてやってもいい」


 やはりか…………前世でも多くの権力者や資産家が性欲によって堕落したケースはいくつもある。大陸を制覇した帝王でさえ、性欲に抗うことなどできなかった。


 この男もまたそういう類の人種なのだろう。後ろで悲し気な表情を浮かべる受付嬢がちらっと見えた。


 そもそも『商会ギルド』というのは王国の行政に代わり、各街での商売を監視する役目を持つ。けっして商売を独占する団体ではない。


 貴族の権力が強い王国とはいえ、教会という“形上は平民の味方”に対する答えとして用意しているのが商会ギルドであり、彼らには常に“平等”を求められている。


 だが実際はそうではない。こうして権力に溺れ、改ざんを行って私腹を肥やす者が多いのだ。それが、王都から離れれば離れるほど統率が効かないのは当然のことである。


「仕方ありませんね。王都の商会ギルドに報告させていただきます」


「ちっ! 貴様ら…………まあいい」


 顔が怒りに染まったが、すぐに卑猥な笑みを浮かべる。そして――――男は両手を叩いて手拍子の音を響かせる。


 各部屋の扉が開いて、ガラの悪い男たちが出てくる。人数は三十人ほどか。


 すぐにフィーア(ルナ)が耳打ちをする。


「ダークさま。近隣を荒らしていた山賊と思われます。冒険者ギルドでも手を焼いていた集団です。居場所が特定できませんでした」


「なるほど。ここがネズミの巣窟ということか」


「そういうことになりましょう」


 武器を手に威嚇するように俺達を囲った男たちもまた卑猥な笑みを浮かべた。


「今日は上玉じゃないっすか!」


「ケケケケ! ウマそうじゃねぇか!」


「イヒヒヒ~!」


 中には涎まで垂らす者もいるが、もしや本当に人肉として食べる気か……? いや、そんなことはなかろう。下半身が反応を見せているからな。


「どこの骨かは知らないがここで俺達のおもちゃにしてやろう!」


 男の一人が襲い掛かってくる。


 が、フィーア(ルナ)に殴りかかった腕が空中で止まった。


「ダークさま? どうしますか?」


「こいつらに賞金首とかかかっているのか?」


フィーア(ルナ)? どうなの?」


「はい。たしか以前の冒険者ギルドに賞金首として依頼がありました。ただ、現在冒険者ギルドがないので賞金首としての価値はありません」


 動かなくなったガラの悪い男を見た仲間たちが「おいおい。何してるんだ?」と、何が起きているのかすら認識できずにいる。


 この程度の賊に王国の代表的な街が毒されているとはな…………となると、元々管理していたビーシス子爵とやらの手腕もこの程度のものということか。むしろ、こいつらの裏で糸を引いている可能性さえもあるのか。


 いくら商会ギルドの権力が高くても山賊を匿うなんてできないはず。となると、ビーシス子爵自身が黒というわけか。


「近くの街にも冒険者ギルドがあったな?」


「はい。少し離れてはいますが、西に向かった先にあるベールジュ街にございます。そちらなら賞金首の情報が残されているかもしれません」


「いいだろう。アインス(イヴ)。全員――――」


「かしこまりました~」


 緩く答えたアインス(イヴ)は、身軽に歩き出して両手をクロスさせる。


 殴りかかったまま動けなくなった男の体が痛々しい角度に曲がりその場に倒れ込んだ。骨が折れる音と悲痛な叫びを上げる男だが、その声も出ない。


「な、何が起きたんだ!?」


 それから次々ガラの悪い男たちを確保していくアインス(イヴ)。あっという間に三十人という男どもを拘束した。


「あらあら~ダークさまに盾突くなんて、哀れにも程があるわね。そんなんでよく生きてられるわね~本当ならこのまま激痛を与え続けて精神を壊してあげてもいいんだけど……お前たちは賞金首としての価値があるかもしれないから生かしてあげるね? でも――――もう二度と活動はできない体にはしてあげるから心配しないでね?」


 倒れた男どもに絶望の表情が浮かぶ。


「ひ、ひい!?」


 向かいに座っていたギルド長は、そのまま勢い余ってソファごと後ろに倒れた。


 そのまま逃げるように階段を登ろうとした彼が走るフォームのまま動きがビタッと止まった。


「あらあら~私と遊んでくれるんじゃなかったのかしら~? ねえ?」


 男の体が不自然に百八十度回り、後ろ向きだった体がこちらを向いた。その表情には当然のように絶望に染まっている。


「わ、わしが悪かった! な、何がほしい! 税なら全て無料で構わない! 商売許可も出してやろ!」


「違う違う。貴方。私と遊びたかったんじゃないの?」


 妖艶な表情を浮かべたアインス(イヴ)は、何故か俺に絡みながら男に色目を使う。


「す、すまなかった! 何でも言う事を聞こう! 何が欲しい! お金か? 権力か!?」


「はあ~欲しいものなんて――――私の手でダークさまに捧げるんだから貴方なんかから貰いたいものなんてないわよ。それにしても、貴方。随分と酷い事をしてきたようね?」


「な、なっ!?」


「そこの女」


 アインス(イヴ)の視線が受付嬢に向く。彼女の目にも少し恐怖が見えるが、それよりも怒りの方が深い。


「は、はいっ!」


「この男、このまましてもじわりじわり死ぬわ。このまま眺めてもいいし、どっか行ってもいいし――――イジメてあげてもいいわよ?」


「!?」


「ま、待ってくれ! た、助けてくれ! 何でもする! お金ならいくらでもやる! ビラシオ街の全ての商売権利をやる! 税もいらない!」


「へぇ……ほんと?」


「あ、ああ! 頼む!」


「いいわ。それくらいやってくれるなら私は(・・)助けてあげるわ」


「あ、ありがとう!」


 どこか冷たい目をしたアインス(イヴ)は、受付嬢に正式委任状(・・・・・)を急いで持ってきてもった。


 前世での“権利”というのは曖昧なものだった。司法に守られた権利はあるが、それはあくまで司法によるものであり、他国に侵略されたり、奪われたりするが、異世界での“権利”はまた違う意味を持つ。


 神という存在が実在しており、司法ではなく世界の法、神の法が与えられた世界こそが異世界である。それによって“権利”は、本当の意味での権利となる。


 受付嬢が持ってきた羊皮紙は特殊な作りになっており、紙から特殊な魔力の流れが感じ取れる。これを『契約紙』と呼び、世界で最も多く使われる“契約”を行う道具として使われる。


 こちらに書かれた契約を交わした場合、その契約は絶対なものとなり、違反した場合、書かれたペナルティもしくは、書かれていない場合は直接的な“死”というペナルティが与えられる。


 羊皮紙にアインス(イヴ)は素早く条件などを書き込んでいく。さらに、別の完成された羊皮紙を五枚ほど受付嬢が手に持っている。それらは現存する権利の契約紙と思われる。


「はい。こちらの内容を確認して~」


 ギルド長は急いで内容を確認する。


 すぐに納得したように「はい! この通りで構いません!」と大きく頷いた。


 アインス(イヴ)から羊皮紙を前に持ってこられサインを促された。サインは実名じゃなくてもいいので、『ダーク』という名前でサインを書く。


 続いてアインス(イヴ)は羊皮紙をギルド長の前に持って行き右手だけを自由にさせると、男はすぐにサインをした。


 羊皮紙から淡い光が灯り、俺と男だけに見える小さな光の玉がお互いの心臓に入っていく。


 契約は初めての経験だが、体に異常は見当たらない。


「さ、さあ! 契約が結ばれた! 助けてくれ!」


「いいわよ~このままじわりじわり血液を抜いて殺すつもりだったけど、それは(・・・)止めてあげるね」


 受付嬢が持っていた五枚の羊皮紙の中身を確認したアインス(イヴ)は俺に渡してきた。


「では、私たちの用事は終わったのでごきげんよう。あとは――――貴方の好きになさい」


 アインス(イヴ)は最後に受付嬢に笑みを送る。


「お、おい! すぐに助けてくれ!」


「…………」


「どうしたんだ! 早く助けろ!」


「…………私は貴方を一生許さない」


「ま、待て! ご、誤解だ! 何が欲しい! お金か!」


「返して。私の時間を。私の人生を」


 俺達が屋敷を出るまでギルド長と受付嬢の会話が続いた。


 アインス(イヴ)が交わした契約はあくまで『アインス(イヴ)及びそれに連なる者は、ギルド長の命を奪わない』というもの。連なる者というのは俺とフィーア(ルナ)の計三人のみ。そこにあの受付嬢は入っていない。


 ギルド長がこのあと、どういう目に遭うかは俺達に知ったことではない。生きようが死のうが――――全ては今までの彼自身の行い次第だ。

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