日報 新米聖女は塔の上から下界を見下ろす 後編
引き続き、新米聖女ニーナ視点です。
あたしは新米聖女のニーナ。
聖都にある塔の上層階で“女神の巫女様”と一緒に外の景色を眺めていたら、なぜかアルラウネの話が出てきました。
アルラウネの正体が、イリス様であることは秘密です。
そのせいで、あたしの心臓が跳ね上がりました。
でも、ここはミュルテ聖光国。
外を眺めていたはずの“女神の巫女様”がなんの脈絡もなく、遠く離れた場所にいるアルラウネの話をするとも思えない。
だってさすがに、ここからはアルラウネがいる場所は見えませんからね。
アルラウネの話に思えるけど、別の人の話なのかもしれません。
というか、そうであって欲しい……。
“女神の巫女様”は、窓の外を眺めながら呟きました。
「噂の紅花姫アルラウネが、まさかあそこまでとはのう。あれでは魔女王キルケーが破れるのも納得がいくというものじゃ」
やっぱりアルラウネの話だった!
蜜がエリクサーになったり、根から体が再生して何度も蘇るとか、イリス様ことアルラウネしかいませんよね。
そんな規格外が他に存在するとは思えませんもの。
「あれほどの力を持つアルラウネが、もしも人類の敵に回ったら、少々厄介なことになりそうじゃのう」
「……アルラウネは人間に友好的でした。敵に回るとは思えません」
「たしかに人間に友好的なうえに、魔王軍や魔女王とも敵対しておる。一見するとこちら側に立っているようにも思えるが、あのアルラウネの側には魔女の娘がいる」
魔女の娘──きっとルーフェのことだ。
塔の街で蜜売りをしていた子供の正体は、魔女だった。
あたしとルーフェの付き合いは、あの子が街で蜜を売り始めた時から。
でも、アルラウネとルーフェが強い絆で結ばれていることを、あたしは知っている。
植物モンスターのアルラウネとなってしまったイリス様が、森で一人で必死に生き延びていた時、ルーフェと知り合ったと話してくれた。
だから、ルーフェが魔女だという理由ではなく、ただ単にルーフェだから、イリス様はあの子と一緒にいるんだと思う。
とはいえ、そうは“女神の巫女様”に言えないので、ここは黙っておきます。
「アルラウネは魔王軍と敵対しているように見えなくもないが、本当に敵対しているかは怪しいのう。なにせアルラウネは、あの憎き邪竜と親しい関係にいるようじゃから」
「……邪竜?」
「ニーナも聞いたことがあるじゃろう。500年前に世界を焼き尽くした、人類の敵じゃ」
「それなら教会の歴史書で習いました。でも、大昔のことですよ? その邪竜とやらは、まだこの世に存在しているのですか?」
「生きておる……あやつは魔女王よりも厄介な存在じゃが、魔女王ほどの野心はない。もしあの邪竜にその気があれば、人類はすでに滅びていたかもしれぬ」
そんな恐ろしい邪竜が存在していたなんて……。
もし顔を合わせてしまったら、あたしではひとたまりもありませんね。
そんな邪竜とイリス様は、いったいどこで知り合ったのでしょうか。
しかも親しい関係だなんて、信じられませんね。
「あの邪竜とアルラウネが手を組んだ日には、それこそ人類は滅亡する。その兆候がないか、監視役を送り込んだのじゃが……」
──監視役。
そのことは、覚えておりますとも。
以前、イリス様にお送りした手紙に、あたしはその情報を記載していたのです。
『イリス様のもとへ、ミュルテ聖光国から調査員が向かうかもしれません!』
そう書いた手紙をイリス様に送って、事前に忠告をしていた。
あれからまだ手紙は返って来てないけど、どうなったのでしょう。
「監視役として送り出したパンディアから、アルラウネの報告を受け取っていた。じゃが、ある日突然、アルラウネに関する情報が一切書かれなくなった」
「パンディア?」
その方が、アルラウネを監視するために送られた、調査員なのでしょうか。
聞いたことがない名前です。
「パンディアは、女神セレネ様の使徒のお一人じゃよ。魔物嫌いじゃったが、アルラウネに情でも移ったのかもしれぬのう」
「前に手駒を送ったとおっしゃっていましたが、その人がそうだったんですね」
──女神セレネ様の使徒。
セレネ教会において、女神様の使徒とは、『天使』のことを指します。
天使は、1000年前に女神セレネ様と共に地上へ降りてきたとされています。
ですが、実際に天使を目にした人はいません。
大昔の人は“見た”と書物に記載していますが、1000年も前のことなので、よくわかっていないのが現状です。
おそらく昔は存在したのかもしれませんが、きっともうお亡くなりになっているのではないかと、あたしは思っています。
きっとパンディアという人は、天使と呼べるくらい、セレネ教会で位の高い人なのでしょう。
“女神の巫女様”が手駒と呼んでいるくらいですし、部下なのかもしれません。
「せっかく送り出した手駒が懐柔されたとなると、困ったのう。他の手駒を送りたいところじゃが……今はそれよりも、ガルデーニア王国の王都がきな臭い」
「魔王軍が迫っているんでしたっけ?」
「そちらの防衛が先か……いや、むしろあのアルラウネが王都で功績をあげでもしたら、それこそ厄介。むふ、迷うのう」
“女神の巫女様”が、窓から視線を外す。
そしてあたしと目を合わせながら、こう呟きます。
「そういえばアルラウネの側には、白髪の少女がいるようじゃな。魔女王キルケーにそっくりな、魔女の娘が」
「よ、よくご存じで……」
「魔王軍を一掃したあの力は、魔女王キルケーに匹敵する。となるとあの娘は、すでにヘカテに目をつけられているのかもしれぬ」
「ヘカテ?」
また知らない人の名前が出てきた。
「先ほど目にしたあの闇の魔力……間違いなくヘカテは一度、あの娘の体を手にしておる。完全に憑依するのは失敗したようじゃが、あれほどの器じゃ。また狙うに違いない」
「……え、どういう意味ですか?」
「いや、ニーナは知らなくていい。お前はそのままでいるがよい」
なにか変な話をしているというのは、わかる。
でも、相手は教会の真の最高権力者である“女神の巫女様”。
おいそれと、話を深掘りできる方ではないのです。
仕方なく、窓の下をへと視線を向けてみます。
塔の下には、商人の馬車が列をなしていました。
あれらの馬車には、すべて聖蜜が積まれています。
「聖蜜をあんなに輸入して、どうするんですか?」
「民を助けるために集めておるのじゃ」
アルラウネの聖蜜は、女神セレネ様が創ったエリクサーと同じ効果があります。
どんな傷や病の者も、たちまち癒やすことができるのです。
大量に聖蜜を抱えたくなる理由は、とてもわかる。
わかるけど──。
「あんなに大量の聖蜜を買い込む必要は、ないと思うんですけど……」
「大陸中の国や教会からの上納金が、聖都に集まってくる。その金を使って民を助ける準備をするのは、我らセレネ教会の役目のひとつなのじゃ」
「そう、なのですか……」
あれらの聖蜜は、すべてこの『月の女神の塔』に運ばれる。
それら塔に持ち込まれた聖蜜は、転移陣によってどこかへ移動する。
あれだけの量の聖蜜がどこへ行っているのか、あたしは知りません。
「あの蜜が、あのイリス似のアルラウネから出ているというのは、不思議じゃのう。噂以上にあのアルラウネは、聖女イリスにそっくりじゃった。ニーナもそうは思わぬか?」
「そ、そうですね……」
「しかもモンスターであるのに、光魔法のオーラを身に秘めている。人間の女にしか使えない光魔法をじゃ」
「な、なぜなんでしょう……?」
「女神セレネ様が、あのアルラウネに力を与えたとは思えぬ。となると、なんらかの方法で、光魔法を使う人間から力を奪ったと考えるのが妥当じゃろう」
「…………」
「あの顔を見るからに、誰から力を奪ったのかは考えるまでもない」
“女神の巫女様”は、アルラウネが聖女イリス様から光魔法の力を奪い取ったと思っているようです。
間違ってはいないけど、完全に正しくもない。
当たらずとも遠からず、というところでしょうか。
「とはいえ、あのイリスが植物モンスターごときに後れを取るとは想像できん。それこそ1000年間待ちわびた、最高傑作じゃったというのに」
「……最高傑作?」
「最高の聖女、という意味じゃ。もしもイリスが死なずに生きておれば、万事解決じゃったというのにのう……」
どういう意味なんでしょう。
何か隠しているように思えますが、この聖都は隠し事のほうが多い。
ただの平民出身の新米聖女が知れることなんて、たかが知れているのです。
そういえばあたしは、“女神の巫女様”の名前すら知らない。
このお方の存在自体が秘匿されているとはいえ、あたしは“女神の巫女様”のことを何一つ知りません。
知っていることというと、“女神の巫女様”の顔が、とある方にとても似ていること。
イリス様の話から話題を変えるために、あたしはその話をすることにします。
「“女神の巫女様”は、初代聖女ネメア様に顔が似ていらしていますよね」
1000年前にセレネ教会を作った初代聖女ネメアの肖像画は、この聖都で何度も目にしている。
その顔は、“女神の巫女様”にそっくりでした。
「初代聖女ネメアには、子供がいたのじゃよ。その血を受け継いだ者が、ミュルテ聖光国やガルデーニア王国には大勢おる」
そういえばガルデーニア王国の王族は、初代聖女ネメアの血が流れているらしいです。
王族の傍系であるエーデルワイス公爵家のイリス様も、初代聖女ネメアの血が流れている。
そういうこともあって、イリス様は初代聖女ネメアに似た雰囲気を持っています。
“女神の巫女様”も、イリス様と同じで、初代聖女ネメアの子孫ということみたいです。
しばらくすると、“女神の巫女様”は机の引き出しから、封筒を取り出しました。
「聖女の力を持つアルラウネに、ヘカテの寵愛を受ける娘、か……。これほどの案件じゃと、ただの人の手には余る。ここは直接、検分するとしよう」
「……あのう、これは?」
“女神の巫女様”があたしに、封筒を差し出しました。
封筒には、ガルデーニア王国の王家の紋章が入っています。
「開けてみよ」
「では、失礼します……ええと、王都で行われる結婚式の招待状ですか?」
「ガルデーニア王国のトゥルムブルク伯爵と、グランツ帝国のフロイントリッヒェ第一皇女の結婚式じゃ。教皇宛てに届いたもので、いつも通り代理を送ろうと思っておったのじゃが……」
あたしが前に赴任していた『塔の街』の領主であるマンフレート様と、帝国の皇女の結婚式。
知り合いの結婚式が行われるということで、できれば参列したいなと思っていました。
「この結婚式に参列するついでに、あの二人の様子を直に見極めるとしよう」
「……え?」
“女神の巫女様”は、聖都から離れることはない。
そうであるはずの御方が、「結婚式に参列する」と言ったように聞こえました。
あたしの気のせいですよね……?
「あのう……まるで“女神の巫女様”が結婚式に行かれるように、聞こえたのですが?」
「そう言ったのじゃ。わらわはガルデーニア王国の王都へ行くぞ。ニーナも一緒について参れ」
というわけで、久しぶりのニーナ視点でした。
王都に色んな人が集まるようです。
次回、ルーフェの成長です。







