241 集結する移住者たち
年が明けました。
新年を迎えた私たちは、いつもの日常の生活を過ごしています。
冬はあまり元気が出ない。
植物的にも、冬はちょっとだけ力が出ないのだ。
早く温かい春になって欲しいな。
そんな私が塔の街の移住者たちについて知ったのは、森で妖精キーリと雑談をしている時のことです。
「塔の街の、人口が、増えてるの?」
「そうみたいー。こないだ森に野菜を取りに来た冒険者がそんなこと呟いてたから、そうなんだと思うー」
私の花冠に座っているキーリがそんなことを言いました。
野菜を取りに来た冒険者というのは、おそらく元伍長のフランツさんか、ドリンクバーさんのどちらかでしょう。
私が冒険者稼業に身をやつして南の森に出張していた間に、キーリは街の人と仲良くなっていたみたい。
「ちょっと前まで街は魔王軍に攻め込まれて風前の灯火だったのに、いまでは辺境だけど安全な街になっちゃったからねー。しかも聖蜜特需で街は好景気だって領主も喜んでるらしいよー」
嘘か本当か、ガルデーニア王国の王都では私の聖蜜とアルラウネ印のシャンプーが飛ぶように売れているらしいのだ。
そのせいか、塔の街には随分前から商人が後を絶たない。
しかもそれだけではなく、他所と比べると安い値段で新鮮な聖蜜を楽しめるということで、近隣の領地からも観光客が訪れているとか。
商人や観光客、そして塔の街を新たな拠点にしようと企む冒険者たちが集まったことで、それらの人々に対する街の客商業も同時に盛んになっている。
おかげでこの冬は、塔の街は人でごった返しているみたい。
ちょっと前まで街は食糧難という危機に頭を抱えていたのに、この盛況ぶりは凄いね。
そのせいもあって、備蓄していた野菜が足りなくなって大変なのだとか。
その分は私が補填してあげているから問題はない。
ご近所さんがにぎやかになるのは、私としても悪い気はしないね。
「街への移住者も増えてるみたいだよー。なんだか昔の街に戻ったみたい」
「昔は、もっと、街に人が、たくさん、いたの?」
「いたよー。でも魔王軍の侵攻がドリュアデスの森に到達してからは、めっきり減っちゃったけどね。みんな死にたくないから、どうせ逃げちゃったんでしょ」
誰も危険な場所では暮らしたくはない。
まだ安全な王都周辺へと移住した人も多かったのかもしれないね。
「まあ妖精のあたしには関係ないけどー」
それでも、そんなことを言うキーリが前と比べると少し変わったことを私は知っています。
以前のキーリであれば、街の人間のことなんてそこまで気にしてはいなかった。
だけどいまのキーリは、知り合いの人間の名前を憶えて、積極的に仕事をこなしてくれている。
お願いすれば、街にお使いだって行ってくれる。
私が留守の間は、妹分のアマゾネストレントと一緒に森を守ってもくれた。
なんだかんだ言って、頼りになる妖精だよ。
「キーリ、お願いが、あるんだけど、この手紙を、送って、欲しいの」
「聖女ニーナと、ヴォルフガング……あの人間たちへの手紙ね。わかったわ」
キーリに頼んで、ニーナとヴォル兄に手紙を送ってもらうことにしました。
王都にいるあの二人なら、魔女王や帝国、そして王都について何か情報を知っているかもしれない。
いまは少しでも情報が欲しい。
とはいえ、返事が来るのはかなり先になるはず。
その間、塔の街に行って情報収集するのも良いかもしれないね。
「そういえば、ドライアド様がアルラウネ様に用事があるから、来て欲しいって言ってたよー」
「用事って、なにか、あったの?」
「う~ん、特に急ぎってわけでも、大問題があったわけでもないみたい。だから暇な時にでも、顔を出しておいてよ」
「わかった」
そういえば最近、ドライアド様に会いに行ってなかったね。
新年の挨拶に行ったきりだった。
キーリの言う通り、暇つぶしにドライアド様のところにお茶でもしに行くとしましょうか。
言いたいことを言い終えて満足したのか、キーリは私の花冠からトレントの頭の上へと移動します。
「それじゃちょっと行ってくるー」
キーリとアマゾネストレントがパトロールという名の散歩に出かけます。
蔓を振って二人を見送っていると、入れ替わりでお客さんが現れました。
「紅花姫様、お会いできて光栄ですぅ!」
私の狂信派である、教会のシスターさんです。
彼女が森まで来るのも久しぶりだね。
普段は街の女神の塔で私に対してお祈りを捧げているはずだけど、今日はいったいどうしたんだろう。
「本日は、紅花姫様にご紹介したいお方がいるんですよぉ!」
シスターさんの隣には、祭服を着た女性が立っていました。
黄金色の杖を手にする彼女は、無表情のまま挨拶をしてきます。
「お初にお目にかかります。ワタクシはミュルテ聖光国からやって来ました、セレネ教の司祭、パンディアでございます」
──誰かに似ている。
彼女の姿を見て、最初に思ったのはそんな感想でした。
どうやらミュルテ聖光国から新たな司祭が赴任したみたい。
しかも女性の司祭様だよ。
塔の街の前任の司祭は姉ドライアドに殺されたけど、それからは代役の方が司祭をしていました。
それから一年以上は経ったはずだけど、ついに代役ではなく正式な司祭様が決まったということかな。
「あなたが噂のアルラウネでございますか。想像以上でございますね……」
そう呟く司祭様は、私の目から見ても想像以上でした。
年は20歳くらいかな。
まだ若い女性だというのに、教会の司祭になっているというだけで、ただ者ではないのがわかる。
でもそれ以上に、彼女の体からは大量の光のオーラが発せられていた。
つまり、この新しい司祭様は光魔法が使えるということ。
しかも、ニーナや、クソ後輩であるゼルマ以上の力を感じる。
それは、一般的な聖女以上の力があるということ。
私以外にここまで光の女神様に愛された人物は見たことがない。
これだけの実力者であれば、本国であるミュルテ聖光国で聖女として名を馳せていてもおかしくないのに、どういうわけか私は彼女のことをまったく知りません。
イリスと同年代くらいのはずだけど、これまでなにをしていた人なんだろう。
「しかもここまで聖女イリスに顔が似ているとは……そちらも想像以上でございますね」
イリスのことを知っている?
もしかして、聖女時代に会ったことがあったのかな。
そんな記憶はないんだけど。
「いろいろとお尋ねしたいことはございますが、本日は挨拶で参った次第でございます。今後とも、何卒よしなに」
カツンと、司祭様が持つ杖が地面に打ち付けられました。
最後に私の体を一瞥すると、去り際に言葉を残します。
「見たところワタクシと同じように女神セレネ様に愛されているようですが、堕ちてしまってはただ虚しいだけでございますね」
パンディア司祭の背中を眺めながら、いまの言葉の意味を考える。
なんだかとても失礼なことを言われたような気がしてむかむかするけど、気になるのは女神様についてのことです。
もしかしたら彼女も私と同じように、光魔法の気配をオーラとして視認できる力を持っているのかもしれない。
となると、私がモンスターであるにもかかわらずに聖女の力を有していることが、見抜かれたかも。
それはちょっと良くない。
ついでにいえば、聖女クラスの力を持った者同士仲良くなりたいとは思うんだけど、それはちょっと難しいように感じられた。
彼女の一人称のニュアンスからは、ちょっと気取った印象を受ける。
この年齢で司祭になっているのだから、横柄な態度になるのはわからないでもない。
だけどそれ以上に、なんだか彼女から見下されているような気がする。
やっぱり私がモンスターだからなのかな。
ミュルテ聖光国の司祭様からすれば、私はそれこそ道の雑草のような存在なのかも。
私の表情を見て何かを悟ったシスターさんが、「紅花姫様、悪く思わないでくださぃ。パンディア様は、悪気があって言ってるんじゃないんですぅ!」と、フォローを入れました。
「それに無表情で何を考えているかわからないですが、どことなく聖女イリス様に雰囲気が似ているような気がするんですよぉ。だからきっと、悪い人じゃないですぅ!」
──イリスに似ている?
言われてみれば、雰囲気が少しだけ生前の私に似ていたかも。
顔はまったく違うんだけど、身に纏う雰囲気が近しいものがあったように感じた。
「パンディアさんは、以前は聖女、だったん、でしょうか?」
「詳しくは知らないんですけど、ずっとミュルテ聖光国にいらっしゃったようですよぉ!」
元聖女であれば、噂くらい立っていてもおかしくない。
余計に彼女のことが気になってきた。
ニーナに手紙を送ったばかりだけど、追加の手紙を出して情報を集めてもらおうかな。
「それでは紅花姫様、私はこれで失礼いたしますが、また聖蜜の施しを頂戴に来ますねぇ!」
パンディア司祭の後を追いかけるように、シスターさんが走って行きました。
いつものように蔓を振って見送ります。
どうやら街に移住者が増えているっていう話は、本当みたいだね。
それだけ塔の街が注目されているということでもあるのかも。
そういえばメルクだけでなく、チャラ男も街に住むことにしたみたい。
メルクは私の研究がしたいからという理由があるけど、チャラ男はなんでここに残ったんだろう。
魔族が人間の街に住む理由なんて、そうあるとは思えないけど……。
ちなみにですが、アンナとアルミン姉弟は、実家のある村へと旅立ちました。
落ち着いたらまた会いに来ると言っていたから、再会が楽しみ。
シスターさんたちの姿が見えなくなり、暇になったからドライアド様のところにでも行こうかと思った瞬間。
空から音もなく、何者かが降り立ちました。
「お久しぶりです。覚えていますか? ヤスミンのパパです」
羽が生えた悪魔の姿が目に入ります。
どうやらヤスミンのパパが私のもとに訪ねてきたみたい。
なんだか今日はお客様が多いね。
「実はですね、今日は挨拶をしに来たんですよ」
そう会釈してくるヤスミンパパの隣には、見たことのない美女が連れ立っていました。
悪魔のような羽と角が生えているから、この美女はどう見ても人間ではない。
どことなくヤスミンに似ている気がするけど、もしかして──
「はじめまして紅花姫アルラウネさん、ヤスミンのママです」
この美人さん、ヤスミンのママだ!
まさかお父さんに続いてお母さんとも知り合うことになるとは……。
それに二人とも悪魔族のはずだけど、まるで人間のような服装をしています。
もしかしたらヤスミンのように人間に化けているのかも。
それはいいんだけど、いったいヤスミンのご両親がそろって私に何の用なんだろう。
「これ、つまらないものですが」
ヤスミンパパが私に何か渡してきました。
蔓で受け取ったそれは、どう見てもタオルです。
しかも金色。
近づけてみると、包装用紙に『魔王城名物、金羊毛のバロメッツタオル!』と書かれていました。
「あのう、これは……?」
「引っ越し祝いです。夫婦そろって、この街に住むことにしました」
──え、引っ越し?
悪魔が引っ越すの??
「死んだと思っていた娘が生きていたのです。せっかくですから、家族そろってまた生活がしたいと、思い切って移住することにしたんですよ」
「そ、そうなん、ですね。お引越し、おめでとう、ございます……」
いくらなんでも思い切りすぎでしょう!
笑顔のヤスミンパパとママと顔を合わせながら、私の心の内は顔がこわばる思いでした。
どうしよう──
人間の移住者だけじゃなくて、少しずつ街に人外が増えてるんだけど!
次回、街最強のA級冒険者は拒絶不可避の契約を締結するです。







