日報 新米聖女は森のダンジョン攻略に臨む 後編
引き続き、新米聖女のニーナ視点です。
あたしは新米聖女のニーナ。
まだあたしが見習いだった頃からの憧れの聖女様であったお人と、久しぶりの再会を果たしました。
四天王討伐パーティーの前に、巨大な植物の塊が鎮座しています。
人間を丸呑みできてしまうような大きな口がある球根、そしてマントよりも広い緑色の葉っぱに深紅の赤い蕾。
人の姿は蕾の中に隠れているようですが、間違いありません。
この植物こそ、あたしの憧れる聖女イリス様の現在のお姿なのです。
ですが、一つ気になることがあります。
イリス様の蕾が閉じてるのです!
たしか、アルラウネの体だと、寝ている間に花粉をつけられないためにも花を閉じて就寝するとイリス様がおっしゃっていた気がします。
蕾になっているということは、イリス様はお休み中ということなのでしょう。
就寝の仕方が人間と全く違う。
改めて、イリス様は植物モンスターになってしまったのだなと認識してしまいます。
聖女として活躍されていた時と違ってイリス様はもう人間ではなくなってしまいましたが、いまでもあたしの大切なお方です。
モンスターとなったイリス様のことをみんなが信じなかったとしても、あたしだけは最後までイリス様の味方でいますからね。
リーダーであるヴォルフガング様が、「やはりあの小さなアルラウネを倒しても、本体までは倒せなかったのか」と呟きました。
あたしとしては、イリス様のご無事の姿が確認できて、逆に安心してしまいましたよ。
そう思ったところで、先ほどのトレントとの闘いで負傷した騎士団長のホフマン様が吠えるように叫びます。
「こいつだ! こいつこそが街を襲った悪しき元凶である人食いアルラウネだ!」
あたしは我慢できずに騎士団長を睨みつけます。
イリス様の悪口は許せません。
こんな方が塔の街の騎士団長をしているなんて、絶対にどうかしています。
いっそのこと、領主様に直訴して他の方に変えてもらいましょうか。
騎士団長の言葉を受けて、傭兵のディーゼル様がくくくと笑いながら懐から何かを取り出します。
「どうやらアルラウネは眠っている様子。退治するならいまが絶好の機会というやつですぜい」
あれは、火炎瓶!
以前、フランツ様から炎魔法で作った火炎瓶をいただいたことがあったのですが、その時の物と似ていたのですぐにわかりました。
あの時はアルラウネであるイリス様に火炎瓶を使ってしまったのですよね。
いまとなっては恥ずかしい思い出です。
「それじゃリーダー、いきますぜい?」
「ああ、やってくれ」
ディーゼル様が火炎瓶をイリス様目掛けて投げようとしています。
こ、これはマズイですよ!
「ちょ、ちょっと待ってくださいー!」
あたしはイリス様の壁になるように、両手を広げながらディーゼル様の正面へと移動します。
「聖女様、またですかい。まさか今度も敵と決まったわけではないから様子を見ようと言い出すわけじゃないですよね?」
「ち、違いますよ! ただ、もう少し慎重に行動したほうがいいと思いまして……」
「慎重にですかい。相手は四天王なわけですし、それはもっともな意見ですね」
ディーゼル様が腕を下ろしてくださいます。
あたしの言葉を受け入れて、火炎瓶を投げるのを止めてくれたようです。
「ありがとうございます。わかっていただけて、嬉しいです」
「…………なんて、あっしが言うと思いましたかい?」
──え?
「相手は無防備。こんな絶好の機会、もう二度とやって来ませんよ!」
驚くことに、あたしが安堵したのを見計らってディーゼル様が火炎瓶を投擲しました。
弧を描きながらあたしの頭上を通過していく火炎瓶。
このままだと、イリス様に火がついてしまう……!
「聖光障壁」
あたしは咄嗟に、イリス様の前に光魔法の障壁を作り出しました。
火炎瓶による魔法の爆発は、あたしの光魔法によって完璧に防ぐことができたのです。
ふぅ……危なかったですね。
「聖女様、いまのはいったいどういうわけですか?」
気がつくと、ディーゼル様だけでなく仲間たちの不信がる視線があたしに注がれていました。
ど、どうしましょう。
もしかしたらあたし、やってしまったかもしれません。
この場を切り抜ける上手い言い訳がまったく浮かんできませんよ。
ディーゼル様に続いて、リーダーのヴォルフガング様がこちらを警戒しながら一歩ずつ近づいてきます。
「黄翼の聖女様はなぜアルラウネを守ったのですか?」
「そ、それは……」
ヴォルフガング様の狼のような鋭い眼差しが怖い。
外面だけでも聖女らしくしようと虚勢を張っていましたが、その中身は平民出身のただの新米聖女見習い。
あたしの力だけでこの場を乗り切れる自信がありません。
あぁ、緊張で喉が……。
懐から黒い筒を取り出して、あたしはイリス様の聖蜜を体に補充します。
これで筒の中の聖蜜は空になってしまいました。
ですが、あたしの背後にある蕾から至高の甘い香りが漂ってきます。
そう、なくなったのならまたいただけばいい!
早くイリス様とお話がしたい。
そのためにも、この場をどうにか切り抜けないといけませんね。
そうあたしが決意したところで、「あれ? おかしいですね」と、ディーゼル様が口にします。
「そこのアルラウネの方から漂ってくるこの甘い匂い、あっしには嗅ぎ覚えがあります。たしか黄翼の聖女様が薬を飲むとき、同じ甘い香りがしてきましたねえ?」
「……な、なんのことだか…………あたしは初めて嗅ぎました。ずいぶんと甘い香りですね」
「いやいやいや、初めてだなんて、そんなことはないですぜい。実はここに来る途中の町で、こんな物を買ったのですが」
ディーゼル様はそう言うと、見覚えのある筒を取り出してあたしに見せつけてきます。
「これは珍しい花の蜜で、聖蜜というらしくてですね、なんでも舐めれば切り傷にも難病も効くようで、味もこの世のものとは思えないくらい美味らしいですぜい」
──ごくり。
あれは間違いなく、イリス様の聖蜜です。
まさかディーゼル様が聖蜜のことをすでに知っていたなんて、予想外ですよ。
「もしかしてその花ってのは、そこのアルラウネのことなんじゃないですかねえ?」
魔剣使いのアンナが剣を抜き、重騎士であるリュディガーが斧を構えました。
みんながあたしのことを警戒しているのがわかります。
臨戦態勢になった討伐部隊に一人で立ち向かうような状況になってしまい、自然と足が震えだしました。
「塔の街では四天王のドライアドによって、街の人間が洗脳されていたと報告にあったようですが、もしかして似たようなことが起きているのではないですか?」
「まさか、あたしが洗脳されていると疑っているのですか?」
「ええ、その通りですよう。トレントをかばい、アルラウネを光魔法で守ったあなたは、モンスターに味方しているようにしか思えませんからねえ。それとも、洗脳されているのではなく自分の意志で動いているということなら、余計にたちが悪いですが」
イリス様に洗脳されている。
もちろんそんな事実はないのですが、ここであたしがアルラウネに洗脳されているフリをすれば、あたしのいまの地位と身の安全だけは守られるかもしれません。
──でも、そんなことをあたしがするはずないですよ!
ポケットの中に忍ばせている白色のハンカチをこっそりと握ります。
これはあたしが10才の時にイリス様から預かった、大切な宝物です。
イリス様は聖女見習いであったあたしの心の支えであり、憧れの人でもありました。
それは、イリス様がモンスターになったいまでも変わりません。
ですから、あたしはイリス様を裏切るような行為をするつもりはありません。
だって、なにがあってもイリス様の味方でいると決めたのですから!
「ディーゼル様、二つ教えてさしあげましょう」
あたしは聖女の杖を構えて、胸を張りながら笑顔で話します。
「あたしは紅花姫様に洗脳されているわけではありません。そして、このアルラウネは敵ではないと思っております」
「正体を現しましたねえ……やはり黄翼の聖女様はアルラウネに寝返っていたようですぜい」
「寝返っていたわけではありません。そして、皆さんと敵対するつもりもないです」
「裏切り者には制裁を。それがあっしの雇い主から受けている命令でもあるんですよ。悪く思わないでくだせい」
「ま、待て!」というヴォルフガング様の制止を振り切り、ディーゼルが火炎瓶をあたしの方へと投擲しました。
続けて、ピィーというように口笛を吹きます。
あたしは聖光障壁で光魔法の壁を作って、火炎瓶を防ぎます。
ですが次の瞬間、森の上空から数十羽の鳥が舞い降りてくるのを目にしました。
器用なことに、その鳥たちは火炎瓶を足で掴んでいるようです。
そういえばディーゼル様は自分のことを動物使いだと言っていましたが、あれは本当のことだったようですね。
鳥の狙いはイリス様の本体に違いありません。
「やらせませんよ!」
あたしはイリス様の元へと駆け寄ろうと思いましたが、不思議なことに足は動かず、なぜか視界がゆっくりと斜めに傾きました。
そのままバタリと地面に倒れてしまいます。
──いったいなにがおきたの!?
なんで足が動かなかったんだろうと視線を足元に向けると、あたしの足に大きなヘビが噛みついていました。
「その子もあっしのペットでしてねえ、特殊な神経毒が出せる良い子なんですよう」
このヘビもディーゼルの動物。
いったいどこから……まさか服の内側に潜ませていたの?
「もう魔法を発動することもできないでしょう。これで聖女様の光魔法は封じさせてもらいましたよ」
イリス様の上空を飛ぶ鳥たちが、一斉に火炎瓶を離しました。
あぁ、そんなあ。
地面に這いつくばったまま、火炎瓶がイリス様の人の姿に落下するのをただ見ていることしかできないなんて。
植物であるアルラウネは、炎が苦手です。
燃えてしまえば、イリス様は再起することは不可能でしょう。
……イリス様、ごめんなさい。
あたしはイリス様をお守りすることができませんでした。
「ニーナ、そこで、なにを、しているの?」
声に反応して、あたしはそこでやっと気がつきました。
いつの間にか、アルラウネの蕾が開いている!
でも、喜ぶのはまだ早いです。
なぜなら、イリス様のすぐ上には、十数個の火炎瓶が落下してきているのですから。
寝起きのイリス様はまだ火炎瓶の存在に気がついていないはず。
なんとかお教えしないと。
──イリス様、上です!
神経毒のせいで、あたしは声にならない悲鳴をあげました。
たとえ火炎瓶に気がつくことができたとしても、植物であるイリス様がそれを避ける術はありません。
「ニーナ、教えて、くれて、ありがとう」
イリス様がそう言うと、瞬く間に球根から無数の蔓を伸びていきます。
蔓の先端には、二枚の葉のようなものからなる口が生えていました。
その植物の口が、次々と火炎瓶をパクリとくわえていきます。
結果、すべての火炎瓶を植物の蔓で捕獲してしまいました。
とんでもない早わざです。
最後にイリス様とお会いした時よりも、植物の成長スピードが速くなっている気がしますよ。
「もしか、して、怪我を、している、のですか」
イリス様の蔓があたしの体に巻きついてきました。
そうしてイリス様のお側まで運ばれ、蔓で口を無理やり開かされます。
イリス様が両手をお椀のようにして、蜜を準備してくださっているのがわかりました。
「これを、飲んで、ください」
イリス様に聖蜜を注がれます。
体が温かい光に包まれていくのがわかりました。
まるで光回復魔法を受けた時のような、心地よい感覚です。
ですがそれ以上に、あたしは喜ばずにはいられませんでした。
イリス様に直接聖蜜を飲まさせていただく日が来るなんて、あたし感激です!
普段の何倍も甘く感じるそれを飲み干したところで、あたしは再会の言葉を継げます。
「……お久しぶりです。ただいま戻りました」
「ええ、ニーナ、おかえり、なさい」
こうしてあたしは長い王都での生活を経て、イリス様と再会することができたのでした。
長らくお待たせしてしまい、申し訳ありませんm(_ _)m
少しずつ更新を再開していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
次回、領主の館にて情報収集です。







