日報 新米聖女見習いと躍動する王都 前編
新米の聖女見習いのニーナ視点です。
あたしの名前はニーナ。
塔の街から王都に戻ってきた、新米の聖女見習いです。
冬が終わって春になり、ぽかぽかした陽気の日が増えました。
植物モンスターのアルラウネとなったイリス様も、きっと気持ちの良い毎日を過ごしていることでしょう。
あたしはというと、朝から女商人のメルケルさんの食堂でお手伝いをしています。
貧民街の孤児たちへの食事の準備をしているのです。
一通りのしたくが済んだところで、裏口から一人の少年が店に入ってきました。
「聖女の姉ちゃん、今日の分の聖蜜はこれでいいのか?」
「はい、みんなに行き渡るように、平等に配ってくださいね」
あたしから聖蜜を盗んだ少年は、今や貧民街の子供たちのリーダー格となっていました。
少年には聖蜜を王都の貧困層に広め、病人を治癒し、孤児たちの飢えを満たすためのお手伝いをしてもらっています。スリだった少年は、心を入れ替えて立派に仕事をこなしてくれているのです!
そんな少年の帽子に、黄色い羽根が刺さっていることに気がつきます。
「その羽根はどうしたのですか?」
「へへっ、いいだろう? 聖女の姉ちゃんの真似してみたんだ」
あたしは聖母様の勧めにより、魔王軍四天王を倒した功績を世間に広めるため、四天王ガルダフレースヴェルクの黄色い羽根を髪飾りにしています。
あたしを慕ってくれている少年たちのおかげで、黄色い羽根とともにあたしの名前は王都でも知れ渡るようになりました。感謝しなければならないですね。
ですが、お礼の気持ちを伝えたいのは、なにも少年たちにだけではありません。
食堂に訪れる常連客の皆さんとも良い関係が築けていました。
だいたいは聖蜜パンケーキの話題で盛り上がるだけなのですが、そんな皆さんの口コミのおかげで王都にいる大商人の耳にも聖蜜のことが伝わったのです。
大商人へ聖蜜の一部を売却する契約を結んだことで、メルケルさんは両手を上げて大喜びをしていました。
王都の外れで発信された聖蜜が、王都の貴族たちにも広がろうとしているのです。
五年前に亡くなられたイリス様が再び王都で認められたみたいで、あたしはとっても嬉しいですよ。
このことをイリス様にお教えしたら、きっと喜んでくださることでしょう。
「ニーナ様、そろそろお出かけのお時間ではないですか?」
「そうでした、今日は大事な会議があるから遅れるわけにはいかないのでしたね。メルケルさん、後はよろしくお願いします」
開店前の食堂前で大行列を作るお客さんたちの横を通り過ぎ、外で待機させていた馬車へと乗り込みます。
今日は聖女大聖堂の聖母様と一緒に、王城で行われる重要な会議に出席しなければならないのです。
途中で聖母様と合流したあたしは、国の中枢である王城へと初めて足を踏み入れます。
会議室に到着すると、そうそうたる顔ぶれがそろっていることに気がつきました。
国の宰相に大臣と大貴族たち、王都の騎士団長や、宮廷魔導士長。
それに加えて、聖女大聖堂から聖母様とあたし、教会から大司教様と教会幹部の方々が出席されています。
ですが、勇者様と灯火の聖女様のお姿が見えません。
どうやらあの二人は会議には呼ばれていないようですね。
「国王陛下、ご入場!」
衛士の声が耳に入り、急いでその場で起立します。
国王陛下が会議室へと入られ、一段高い場所につくられた上座へとお座りになられました。
その陛下に続いて、一人の若い女性が上座に腰を下ろします。
「灯火の聖女様……!」
驚きのあまり、そのお方の名前をつい声に出してしまいました。
灯火の聖女様は第二王子である勇者様とご結婚されて、王族になられています。
国王陛下と一緒に上座に座られたということは、聖女大聖堂の聖女としてではなく、王族としてこの会議に出席されるということなのでしょう。
さっそく会議が始まると、予想通りの議題が上がりました。
司会役である宰相様が、「塔の街を支配した魔王軍の新たな四天王について、今後の対策と情報共有を行わせていただきます」と、陛下にお声をかけてから話を始めます。
「先日、魔王軍のハーピーによって、王国の主要都市にとあるビラがばら撒かれました」
従者たちによって、会議参加者それぞれに一枚の紙が配られます。
魔王軍が配ったというその紙には、要約するとこう書かれていました。
『魔王軍の新たな四天王である紅花姫アルラウネが、ガルデーニア王国を滅ぼすべく準備している。一方的に虐殺されたくなければ、かかってこい』、と。
ななななな、なんですかこれぇええええええ!?
紅花姫アルラウネって、イリス様のことではないですか……!
宰相様が「これは新たに魔王軍の四天王となった紅花姫アルラウネによる王国への宣戦布告のようなものでしょう」と、ビラの説明をします。
い、イリス様が魔王軍の四天王に?
まさか…………信じられません。
いったい何がどうなっているのでしょうか。全く見当がつきませんよ。
「この紅花姫アルラウネと実際に遭遇した証人を連れてきています。彼を中に」
宰相様の言葉によって、会議室に一人の男性が加わります。
驚くことに、その男の人はあたしの知り合いだったのです。
「彼は塔の街で騎士団長を拝命していました。ですが紅花姫アルラウネが街を支配したことによって、命からがら情報を伝えようと王都へと単身で落ち延びてきたようです。騎士団長、話してくれ」
「かしこまりました。人食いアルラウネ……紅花姫は恐ろしいモンスターです。塔の街の住人を植物の力で洗脳し、街を支配しています。狡猾で残忍、そして植物だからこそ人間をただの栄養としか思っていないとても危険な存在です」
「ちょっと待ってください騎士団長、それは誤りです!」
怒りのあまり、あたしは声を荒上げてしまいます。
紅花姫アルラウネというのは、イリス様のことのはず。
イリス様はたしかにモンスターになってしまいましたが、人間に敵対するような危険なお人ではありません。
ですがあたしの言葉は、誰にも届きませんでした。
宰相様に「お前はたしか平民の聖女見習いだったな。発言を許した覚えはない。口を慎みなさい」と冷たい言葉を浴びせられます。
あたしは聖母様に頭を押さえられながら、「申し訳ありませんでした」と謝罪させられてしまいます。
あとで聖母様にお叱りを受けることは間違いないでしょう。それでも、イリス様の名誉のためにも、我慢できなかったのです。
騎士団長は知り合いであるあたしが会議に出席していることに気がついたようで、「聖女見習いは騙されている。なにせ紅花姫の正体はアルラウネではなく、ドライアドだったのだから」と、話を続けました。
「塔の街の大工たちの証言によれば、紅花姫はアルラウネではなくドライアドだったそうです。おそらく魔王軍四天王である精霊姫フェアギスマインニヒトの仲間なのでしょう」
騎士団長の話を聞いて、「塔の街というと、50年前に勇者が精霊姫フェアギスマインニヒトに討たれた場所か」「新たな四天王がドライアドというのは、信憑性がある話だな」と、会議に参加している貴族たちがざわつきます。
その反応に満足した騎士団長は、力強く拳を掲げながら叫びます。
「既に塔の街の領主様を始め、街の住人どころか教会のシスターまでもが人食いアルラウネに洗脳されています。きっと人食いアルラウネは洗脳した住人たちをエサにするつもりなのでしょう。住人たちを助けるためにも、一刻も早く奴を駆除すべきです!」
貴族出身である騎士団長の発言は、会議の参加者の心を大きく動かしました。
対して平民出身の聖女見習いであるあたしは、発言さえ許されない。
身分社会に生きる身としては重々承知していたことでしたが、自分の無力さが悲しいです。
せめてあたしがイリス様のように国を代表する聖女であったなら、もう少しは発言力があったかもしれないのに……。
騎士団長の発言を受けて、再び宰相様によって会議が進められます。
「紅花姫アルラウネによる侵攻は既に始まっています。先日、塔の街の東側に存在していたフライハイト大平原が地図から消えました」
宰相様は会議場に掲げられた王国の地図へと視線を向けます。
「フライハイト大平原は冬の間に広大な森へと姿を変えていたのです。どうやら塔の街にあるアルラウネの森がフライハイト大平原を飲み込んでしまったようです」
このまま森が広がれば、近隣の街も森に沈む危険性もあるようです。
そんな大事になっているなんて知らなかったので、あたしは動揺してしまいました。
イリス様が王国を攻めたなんて信じられません。
ですが、実際にフライハイト大平原が森に沈んでしまったのも事実。
あたしが知らないだけで、もしかしてイリス様には王国を攻撃する理由があるのでしょうか。
会議参加者の間で様々な意見が飛び交うなか、「皆様、静粛に」という灯火の聖女様の鋭い言葉が議場に響き渡りました。
「植物系のモンスターは夏場になると力を増します。春のうちに駆除しておいたほうが良いでしょう」
灯火の聖女様の言葉によって、好戦的な貴族たちが一斉に立ち上がります。
「ガルデーニア王国が誇る王国騎士団を中心とした大軍を送り込んで、四天王を殲滅してやりましょう!」「いや、植物の四天王は人を操るのだろう。大軍を送るのはかえって危険では?」「まずは先遣部隊を送るべきだ」「ならいっそ、精鋭を送って、撃破したほうがいいのではないか」「そういえば灯火の聖女様は勇者様とともに魔王軍の四天王を討伐した経験がありましたな」「でしたら再び、勇者様と灯火の聖女様のお力をお借りさせていただきましょう」
会議参加者の視線が灯火の聖女様へと注がれます。
だというのに張本人である灯火の聖女様は、やる気がないといったようにおっとりした口調で返しました。
「わたくし、そんな面倒なこと嫌ですよ。王城を離れるつもりはございません。それは夫である勇者も同じこと」
「ですが、他に魔王軍の四天王と渡り合える人物はおりません。是非ともお願いいたします」と、宰相様が灯火の聖女様にご進言されます。
「それならわたくしでなくとも、ちょうど良い人材がそこにいるじゃない。ねえ、ニーナ?」
いきなり自分の名前を呼ばれて、心臓がドクンを大きく跳ね上がりました。
「ニーナ。あなた、魔王軍の四天王を倒したのですってね。すごいじゃない」
「お、恐れ入ります……」
「実力もあるようだし、塔の街に赴任していたニーナなら土地勘もあるから最適よね。ニーナ、あなたには紅花姫アルラウネの討伐の責任者になってもらうわ」
灯火の聖女様はいったい何を言っているのでしょうか?
あたしにイリス様を討伐する責任者になれと言ったようですが、そんなの絶対に嫌に決まっています。
「あたしは下賤な平民出身の聖女見習いです。そんな大役を仰せつかるには、ふさわしくありません……」
「それなら、あなたを正式に聖女に推薦するわ。王都の民からも聖女様と呼ばれてたいそう慕われているようだし、問題はないでしょう?」
王族である灯火の聖女様の発言を、あたしが拒否することは不可能です。
なんとかしてくださいと聖母様の方へ振り向くと、頼みの綱であるあたしの上司は黙ったまま下を向いていました。
そこであたしは理解してしまいます。
あたしに慈善事業を勧め、後ろ盾となる貴族を用意してくれたのは、全てあたしを新たな聖女にするためだったのですね。
信じられないことですが、あたしがこうなることは既に内々で決定していたことのようです。
灯火の聖女様は楽しそうに笑みを浮かべながら、あたしに命じます。
「国に聖女が二人もいると、呼ぶ時に困るわよね。ですからあなたは今日から、『黄翼の聖女』と名乗りなさい」
「黄翼の聖女、でございますか?」
「ええ、あなたを慕う王都民が同じように黄色い羽根を身に着けていることは、既に存じております。それにあなたが後ろ盾になってあげている食堂の名前も、たしか黄翼食堂というのでしたよね?」
実は女商人であるメルケルさんが、恩人であるあたしから名前をいただきたいと言って、勝手に食堂の名前を『黄翼食堂』と名付けてしまったのでした。
そのことまで知っているなんて、灯火の聖女様はあたしのことを事前に調べていたようですね。
「ニーナ、国の窮地を救う重要な任務です。四天王の討伐、期待していますよ」
「かしこまりました……」
あぁ、どうしてこんなことに。
イリス様、申し訳ありません。
あたし、イリス様を討伐する隊の責任者になってしまいました。
あたしは会議の参加者に見えないよう、うつむきながら顔を隠します。
いったいどうすればいいのでしょうか……。
助けてください、イリス様!
そう心の中で唱えながら、あたしは水筒に入ったイリス様の聖蜜をこっそりと飲むのでした。
新米聖女見習いのニーナ視点でした。
前回のニーナ視点の続きでもあります。
次回、新米聖女見習いと躍動する王都 後編です。







