106 復讐の聖女見習いと聖女の忘れ物
私、聖女イリスを食い殺した植物モンスター娘のアルラウネ。
そう勘違いされた私は、私の仇を討とうとしてくれているニーナにいままさに仇討ちの対象として討伐されそうになっているの。
「あたしは聖女見習いのニーナ。イリスさまの命を散らした人食いアルラウネは、後輩であるあたしが成敗します!」
ニーナ、やめてー!
私の復讐をしようとしてくれるのは嬉しいけど、その相手であるモンスターは実は私なんだよー!
「話を、聞いて、私はイリスを、殺して、ないの」
「うぐぅ……なんて忌々しいことを。その顔でイリスさまの名前を口にするなんて、侮辱にもほどがあります」
ち、違うのぉおおおお!
イリスは私の名前なんだよぉおおおお!
「人食いアルラウネ、イリスさまをこれ以上穢さないでください!」
うぅ……。
自分の名前を口にしただけでこんなに恨まれるなんて、思いもしなかったよ。
このままだとニーナと殺し合いになってしまうかもしれない。
できればニーナとは争いたくないの。
そうなるくらいなら、もう本当のことを言ってもいいのかもしれないね。
──うん、決めたよ。
ニーナにこれ以上憎まれるくらいなら、真実を話しましょう。
そのせいで私が大変な目にあったとしても、私はニーナを憎みません。
それにここまで私のことを慕ってくれているのなら、私が聖女イリスだということを秘密にしてくれるかもしれないよ。
その一途の望みに、全てをかけましょう。
「ニーナ、待って。驚くかも、しれないけど、私が、イリスなの!」
ピタリとニーナの動きが止まりました。
よし、この調子だよ!
「この顔を、見て。植物の、モンスターに、取り込まれて、こうなって、しまったの!」
「驚きました……」
に、ニーナ!
やっとわかってくれたのですね!
「アルラウネというモンスターは、ここまで策をめぐらせるモンスターだったんですね……」
「え?」
「そんな嘘、あたしが信じると思っているの、人食いアルラウネ? そうやって人間を惑わして餌にするのが、アルラウネというモンスターだということもわかっています!」
あぁああああああ!
これ、なに言っても信じてもらえないパターンだよぉおおおお!
「あたしは、イリスさまにずっと会いたかった。またニーナと呼んで欲しかった。それが、まさかこんな形で叶うなんて…………」
ギロリと私を視線で刺しながら、ニーナは憤怒の形相になってしまう。
あわわわわわわ!?
私の正体を告げたら、余計に怒らせてしまったみたい。
もうどうやっても信じてくれなさそうだよ!
たしかにアルラウネは人の姿で人をおびき寄せるモンスターです。だからあながち間違ってはいないのだけど、そのせいで余計に疑われているみたい。
どうしましょう、せっかく真実を打ち明けたのに信じてもらえなくなっているよー!
もう、アルラウネの生態のバカー!!
私が悶々としていると、ニーナの後方に控えている冒険者の男性から声がかけられます。
「ニーナさま、待ってください!」
「フランツさま、止めないでください。このアルラウネはあたしにとって仇なんです」
後ろにいる冒険者の制止を振り切って、ニーナは杖を弓のように構えて光魔法の攻撃を放ちます。
七色に輝く光の矢が私に飛んできました。
でもねごめんなさい、ニーナ。
光魔法は私には通じないの。むしろ元気になってしまうんだよ。
「虹の矢が効かない。それなら……!」
攻撃が弾かれたと勘違いしたニーナは、再び杖を構えます。
「閃光」
杖からフラッシュのような強烈な光が放たれます。
目くらましの光魔法だね。
でもね、私は目が見えなくてもある程度の動きを察知することができるの。
この地面には私の蔓が張り巡らされている。
だからニーナがどこを走っているかなんて、蔓の触覚を伝ってすぐにわかるの。
ニーナを捕まえようと、蔓のムチを差し向けます。
けれども、私の動きを予測していたかのうに、ニーナは蔓を次々と避けていきました。
おぉ。凄いじゃんニーナ!
ここまで動きが良いとは思わなかった。
ニーナも成長していたんだね。
魔法で杖を光の槍へと変質させたニーナは、そのまま私に突っ込んできました。
どうやら遠距離攻撃が効果ないとみて、接近戦で私を倒そうとしているみたい。
「くらえー!」
成長したとはいえ、ニーナはまだまだだね。
私に攻撃してくる瞬間は隙ができていますよ。
ほら、こうやって蔓を地中から生やせば、簡単にニーナを捕まえちゃった。
「うぐっ……は、離せ化け物!」
そんなに暴れても無駄ですよ。
ニーナの力では私の蔓から逃げることはできません。
危ない杖はその辺に捨てちゃいましょうねー。
そうだ。せっかくだし、もう少し近くで顔を見せてちょうだい。
ニーナを蔓ごと私の目の前までご招待です。
あぁ、やっぱりニーナだね。
近くで見るとよくわかるよ。本当になつかしい。
「……人食いアルラウネ、イリスさまみたいにあたしも食べるつもりなの?」
「そんなこと、しませんよ」
「嘘言わないで。だってほら、アルラウネはイリスさまにそっくりのお顔。髪の毛の色は違うけど、目の色まで同じ」
ニーナったら、私の容姿をよく覚えてくれていたんだね。
もう4年も経っているというのに、なんだか嬉しいよ。
「やっぱり、この人食いアルラウネがイリスさまを食べて、体を乗っ取ったに違いない。こうなったら…………」
ニーナが大きな決断をするかのように、ゴクリと生唾を飲み込みました。
そうして決死の覚悟をしたような目つきで、私を見据えます。
そうして自らの懐に右腕を入れながら、祈るように優しく喋りだしました。
「イリスさま、いまあたしもそちら側にいきます。待っていてくださいね……」
「えぇっ!?」
まるでこれから死ぬつもりだというようなニーナの言葉を聞いて、焦ったせいか喉の奥から蜜が飛び出てしまいそうになったよ。
でもそのおかげか、ニーナの動きが一瞬止まりました。
「この香りってあの蜜の……なんで」
ニーナが不思議そうに小さく呟きながら、懐から何かを取り出します。
手には炎魔法の紋章が描かれた瓶が握られていました。
「でも蜜なんていまはどうでもいい…………覚悟っ!」
ニーナがその瓶を勢いよく私に投げようとしてきます。
──その時です。
「あっ…………」
ニーナの懐から、一枚の布がひらひらと落ちていきました。
どうやら瓶を取り出したときに、誤って一緒に出てきてしまったみたい。
「これって……」
白いハンカチは、私の球根に落ちました。
私とニーナの視線が、ハンカチに釘付けになります。
可愛らしいレースのついたハンカチ。
それには金色の刺繍で『イリス』と書かれている。
私はこのハンカチに見覚えがありました。
「私のハンカチ、まだ持って、いたのね」
蔓でハンカチを拾いながら、私はニーナと初めてであったときのことを思い出します。
なにを隠そう、これは私のハンカチだ。
現物を見るまで忘れていたけど、これは私が4年前にニーナに渡したままになっていたハンカチなの。
まさか、いままでずっと持ったままだったなんて、驚きだね。
でも、私以上に驚いていた人が、ここにいたの。
「…………いま、なんて?」
信じられないものを見たというような表情で、ニーナがハンカチから私に視線を移します。
「な、なんで、アルラウネが、ハンカチのことを…………」
ニーナは震えるような言葉を発します。
「ま、まさか、本当に……イリスさま、なの…………?」
私とニーナの視線が、再び重なり合いました。
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次回、あの時のハンカチとあの時の伍長さんです。







