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特別編⑥ 『付き合い始めの二人』(後編)

「ううっ、どうして皆さんがそのことを知っているんですか?」

 メルエーナはまだお酒を口にしていないにも関わらず、顔を真っ赤にしてパメラ達に再度尋ねるが、三人は優雅に飲み物を口にし、


「うわぁ、良い赤ワインねぇ。お姉さん、神官なのに、こんな贅沢して良いのかな?」

「個室を借りてバーベキューって時点で、今更だと思いますけれど……。あっ、このお酒、本当に飲みやすいですし、お肉に合いますね!」

「ええ。今更よね。でも、たしかにこのワインは良いですね」


 それぞれその味を口に出して喜んでいる。


「質問に答えてください!」


 恍ける三人にメルエーナは語気を強める。だが、そのタイミングで再びリーカが奥から串に刺した肉を持って現れた。


「もう、メル。せっかく皆がお祝いしてくれるんだから、そんな怖い顔をしてはダメよ。ほらっ、次はあっさりとしているけれど旨味がある『インサイドスカート』という部位よ」


 リーカの焼いてくれた肉はたしかにこの上なく美味しそうで、パメラ達……というかほぼパメラの歓喜の声が聞こえた。


「ああっ、ああっ! これは絶対美味しそう! というか、間違いなく美味しい!」

「インサイドスカートは、女性にも好きな人が多いハラミに近い味でもあるから、試してみて。あっ、パンとライスはおかわりは自由だから、好きな方を選んでね」

「ふっ。ここでパンを頼むのは初心者。敢えて、敢えてここはライス! リーカさん、私にはライスをお願いします!」

「えっ、パメラさん? お腹が膨れてしまうから、パンの方が良いのでは?」

「心配しなくても、パメラさんは私達の倍は食べるから大丈夫よ」

「はっはっはっ! お姉さん、今日はリミッター解除していくからね!」


 他の皆が盛り上がっているなか、メルエーナは呆然としていた。

 どうして、何故、自分とジェノがお付き合いを始めているのが公然の秘密とかしてしまっているのか分からない。

 ジェノが話すとは思えない。それはバルネアさんも同じだ。となると……。


「ねぇ、メル? まさかとは思うけれど、あいつと付き合い始めたのがバレてないと思っていたの?」

「えっ? あっ、その、ですが……」


 イルリアは当たり前のように言うが、メルエーナは、ジェノともう少し親密にお付き合いをしたいと思っていたのだが、その気持ちをぐっと堪えて、人前では今までと変わらない姿を見せているつもりだった。

 結果として、それにジェノの女心を理解してくれないことが加わり、メルエーナは寂しい思いをしていた。だが、それがまさか……。


「まぁ、私の場合は、先日の旅行で、あんたがあの馬鹿男を温泉に誘って二人だけで出かけた事を知っていたし、それからあんたの雰囲気が変わったから、これは一応成功したって分かったわけよ」

 リーカに肉を切り分けてもらい、イルリアはこの話は飽きたと言わんばかりに食事を再開する。そのため、メルエーナは泣き出しそうな顔で、リリィとパメラを見る。


「えっ? いや、だって、メルのジェノさんを見る目がぜんぜん違うんだもん」

「そうだねぇ。今までは、こっちに気がついてほしいなぁっていう視線だったのに、最近は無理にジェノ君を見ないようにして、でも、反応してほしいなぁってチラチラと彼に視線を向けているんだもん。

 これは、一定の進歩はあったけれど、まだ既成事実までは行ってないなぁと察するのは簡単ね」


 二人のさも当然という回答に、メルエーナはガックリと肩を落とす。

 その上、


「五日前に、久しぶりに<パニヨン>を訪れた私でも、『あっ、これはジェノ君と何かあったわね』て分かったんだから、お友達はとっくにお見通しだったはずよ」


 リーカにまでそう言われ、メルエーナは顔を真っ赤にして、恥ずかしさのあまりに涙をこぼす。


「そうですよね。それで、リーカさんが私に何があったのかを尋ねてきたので、その辺りの詳しい話を本人から聞こうという企画が、今回の飲み会なわけよ」

「そうね。ヘタレのあんたがあの朴念仁をどうやって落としたのかが分かれば、その事を武器に、あの無愛想なバカ男を誂うことができるからね」

「……ううっ、その、隠していてごめんね。でも、私も後学のために、知りたいなぁって思ってしまって」

「私もメルとジェノの関係にはやきもきしていたから、ようやく二人が一歩進んでくれて嬉しい限りなのよ! だから、私にも後で話を聞かせてね」



 メルエーナは自身の失敗を理解した。

 自分が賢明に周りに悟られないようにしていたことは全て無駄であったことを。

 つまり、ジェノと親密になれる機会をただただ減らしていただけであると。


 そして、この状況である。

 パメラもイルリアもリリィも、自分からジェノと付き合うようになった理由や現状等を聞き出すつもりなのだ。

 それを回避する方法は?


 ……ない。悲しいが、ない。

 こんな高級そうな店でお膳立てされているだけでなく、リーカが身銭を切ってこの部屋を借り切ってくれているのだ。その気持ちを無下にして帰宅することは許されないのだから。


「メル。貴女も食べて食べて」


 リーカが何も言わずに切り分けてくれた肉。食べないわけにはいかず、メルエーナはそれを口に運ぶ。

 柔らかく、噛むほどに肉の旨味が染み出してくる。

 本来、シュラスコ式のバーベキューは塩コショウのみのシンプルなもののはずだが、先程の肉も今回の肉も絶妙な味付けがスパイスにより加わっている。

 この店の名前である、<魅惑の香辛料>が表すように、もしかすると、シュラスコ式バーベキューに対するアンチテーゼなのかもしれない。

 

「味はどう?」


 懸命に現実逃避をして、肉の味だけを考えていたメルエーナだったが、その一言で悲しい現実に戻される。


「すっ、素晴らしく美味しいです」

「ふふっ、良かった。肉だけではなくて、パインやバナナを焼いたものも出すから楽しみにね」


 リーカは笑顔で言い、また厨房に戻っていく。


「さて、ライスやパンが来るまでに、そろそろ主役に語り始めてもらいましょうかね?」

「そうだね。お姉さん、メルとジェノ君のお話を聴きたいなぁ~」

「メル、ごめん。私も聴きたい!」


 そして、ついにその時が来た。

 

 退路は立たれている。


 では、どうすれば良いのか?

 悩んだが、メルエーナが取れる行動は一つしか残されていなかったのだった。




 ◇




 裏の入口近くのテーブルにランプを置き、ジェノは一人で何をするともなく椅子に腰を下ろしていた。


 夜もだいぶ更け、そろそろ日付も変わりそうだ。

 いつもメルエーナはこんなに遅くなることはないのだが、きっと今回の女子会とやらは盛り上がっているのだろう。


 明日は<パニヨン>も定休日だ。それに、いくら酔っていても、あのパメラがついているのだから問題はないだろう。……だが、どうしても心配になってしまう。

 メルエーナは何度言っても、自分が周りからどう見えているのかを理解しない。それがジェノの悩みの種だった。


 メルエーナの思いを知り、彼女から告白されて交際することに同意した。

 だが、ジェノは不安になる。

 確かに自分はメルエーナを大切にしたいと思っているし、好感をもっている。だが、これが家族に対するものなのか、異性に対する物なのかが未だにはっきりしないのだ。

 だから、毎晩考えている。自分のようなはっきりとしない気持ちで、メルエーナの真っ直ぐなそれに相対してよいのだろうかと。


 そんな事を考えていたジェノだったが、この家に近づく数人の気配を感じ、メルエーナ達が帰ってきたことを悟り、裏口の鍵を開ける。


 そして、静かにドアを開けて、メルエーナを迎えようとした。だが、月と星明かりと街灯、そしてジェノの手にしたランプに照らされたその女性は、確かにメルエーナだったが、その表情と状態が想像外のものだった。


「あっ、ジェノふぁんです。ジェノふぁぁぁん……」

 パメラの肩を借りてなんとか立っていたメルエーナが、彼女から離れて自分に向かって頼りない足取りで向かってくる。

 地面に倒れそうなので、慌ててジェノは彼女を抱き支える。


「……メルエーナ。ずいぶん酔っているようだな」

「ふっ、ふふふふっ、酔っていますよぉ~。いっぱいお肉を食べてぇ……、たくさんお酒も飲みましたからぁ」

 メルエーナは泥酔しながらも、楽しそうに微笑む。


「ああっ、ジェノさんの胸って逞しいですねぇ。どうせ夢なら、このまま独り占めしちゃいますよぉ。うふふふふふふふっ」

 メルエーナは嬉しそうにジェノの胸に頬ずりする。


 ジェノは嘆息し、メルエーナを右手で抱き支えると、パメラ達の方を向く。


「パメラさん、メルエーナをここまで運んで来てくださりありがとうございます」

「……ジェノ君。こんな時間までメルの帰りを待っていたことは評価してあげましょう。ですが、お姉さんは怒っています!」


 パメラに睨まれたジェノは、しかし何が何なのか分からない。


「パメラさんの言うとおりです! ジェノさんはもっともっとメルの気持ちを察する努力が必要だと思います!」

 

 リリィは涙を浮かべながら、ジェノに対して文句を口にする。


「鈍感な朴念仁だとは思っていたけれど、メルエーナにここまで我慢をさせていたなんて。心底見損なったわ。あんた、仮にもメルエーナとお付き合いをしているんでしょう? つまりはあんたはメルエーナの彼氏なのよ! 彼女の事をもっと考えなさいよ!」


 イルリアにも睨まれたが、ジェノには何がなんだか分からない。


「一体どういうことだ?」

「どういうことじゃあなぁい! 酔ったメルが何を言っていたのか、聞かせてあげるから、早くメルをベッドに運んで来なさい!」


 完全に酔っているパメラに指示をされ、ジェノはメルエーナをベッドに運ぶ。

 

「……ジェノひゃん……。大好きですぅ……」


 運んでいる最中に、メルエーナがそんな言葉を漏らしたのを聞き、ジェノは小さく嘆息する。

 本当に、何故こんな愛らしい女が、自分のような者に好意を抱くのかがわからない。


 万一のためにと渡されていた鍵で部屋のドアを開け、丁寧にメルエーナを彼女のベッドに横たわらせると、ジェノは来た道を戻る。

 するとテーブルの椅子に腰掛けて、こちらを睨んでいるパメラとリリィとイルリアの姿が見えて、ジェノは思いため息をつくのだった。




 ◇

 



 メルエーナはいつもと同じ早朝に目を覚ました。

 だが、記憶がなかった。

 昨日、<魅惑の香辛料>で退路を絶たれてしまった自分が、お酒に逃げたことまでは覚えている、けれど、店からどうやって自分の部屋に戻ってきたのかまるで覚えていないのだ。

 しかも服を着替えていない。


「ということは……もしかして、ジェノさんが……」


 ジェノはいつも自分が帰るまで待っていてくれるし、メルエーナは意識をして欲しくて、彼に部屋の鍵を渡していた。

 それを使って運んでくれたのではないだろうかと推測したのだ。


 メルエーナは大慌てで服を着替え、居間に向かう。

 店が休みでも、ジェノは朝の掃除と料理修行を欠かさないからだ。


「じぇっ、ジェノさん!」


 目的の人物が調理をしているのを確認し、メルエーナは上擦った声で話しかける。


「ああ、おはよう。よく眠れたか?」

「あっ、その、おはようございます。はい。ぐっすり眠りました。ですが、その、私、昨日の記憶がまったくないんです……」

「……そうか」


 ジェノはそれだけ言うと、調理を続ける。


「ううっ、メル……」

「パメラさん! あっ、リリィさんとイルリアさんも!」

 

 普段と変わらぬ様子で料理を作っているジェノとは対象的に、パメラ達三人は、屍のようにテーブルに突っ伏している。


「なっ、何があったんですか?」


 メルエーナの声に、三人はなんとか顔を上げて、


「おっ、お姉さん達が全員で一晩中女心を説いたつもりなんだけれど、ジェノ君には全然伝わらなくて……」

「メルの苦労が分かったわ……」

「ううっ、ここが<パニヨン>じゃあなかったら、魔法をぶっ放しているのに……」


 そんな事を言いだした。

 そのため、メルエーナはジェノの方を見たのだが、彼は涼しい顔で鍋をかき混ぜている。


「三人ともかなり酔っていて、先程ようやく力尽きて突っ伏したので、今、胃に優しいスープを作っているところだ」


 ジェノはそう言い、パセリをみじん切りにする。

 しかし、メルエーナには何がなんだか分からない。


 仕方なく、メルエーナはジェノの調理を手伝おうと考えたのだが、すぐに料理は完成してしまったようで、ジェノがトレーに三人分のスープを乗せてこちらに向かってくる。


「メルエーナ。その、三人ともかなり酔っていたので、何を言っているのか分からなかったが……」

「はっ、はい!」

 

 突然ジェノに声をかけられ、何を言われるのかをドキドキしながらメルエーナは続きの言葉を待ったが、それは意味不明この上なかった。


「俺が鈍感なことだけは何となく分かった。だが、それでも流石に手順というものはあると思うんだが……」


 ジェノは心底言いづらそうにそう口にすると、メルエーナの横を通り、三人にスープを振る舞う。


「やかましい! メルの気持ちを考えなさいよ、この朴念仁!」

「そうですよ! メルだって年頃の女の子なんですから、それくらい普通です!」

「そうそう! お姉さん達はメルの味方だから安心して!」


 パメラ達が自分の味方をしてくれている事は分かるが、明らかにジェノは引いている。


「あっ、あの、皆さん。わっ、私、昨日の記憶がまるでないんですが、……何を言ったんでしょうか?」


 申し訳無さそうにメルエーナが尋ねたのだが、何故か皆が彼女から目をそらす。あのジェノさえも。


「えっ、えっ? おっ、教えてください! 私は何を言ったんですか?」


 メルエーナは涙目で尋ねるが、パメラ達は、『大丈夫、それくらい普通だ』としか言ってくれない。

 そして、結局誰も話の内容を教えてくれないため、メルエーナは一人悶々とした休日を過ごすこととなった。




 そして後日、バルネアを尋ねてきたリーカから全てを聞き、流石にあれは少し端ないと言われ、メルエーナはその日は一日中部屋から出てこなかったのだった。 


 メルエーナが何を口走ったのかは、彼女の名誉のために、それ以降は秘密になったことは言うまでもないだろう。

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