⑳ 『思いもよらない再会』
金髪の少女――フレリアとその友達だという男の子、更にその男の子のお母さんの三人と一緒に、メルエーナとバルネアは村外れに向かって歩いていた。
「フレリアちゃん。レミィちゃんはこんな村はずれにいるの?」
メルエーナが尋ねると、フレリアは振り返ってにっこり微笑んだ。その笑顔がこの上なく愛らしくて、思わずメルエーナとバルネアの相好が崩れる。
「うん。もう少しで着くよ。楽しみにしていてね」
悪戯っぽく微笑むフレリアは、とても嬉しそうだ。
メルエーナ達は、男の子のお母さんであるバニアーリさんにレミィという人物を知っているのか改めて尋ねもしたのだが、彼女もなにか気がついたのか、「まぁ、あの娘は嘘を言っていませんよ」と苦笑するだけだった。
結局、バニアーリさんは息子の手を引きながら歩き、バルネアさんと世間話を始めてしまったので、メルエーナが必然的に、先頭を歩こうとするフレリアの手を握って歩くことにする。
メルエーナがフレリアに「手を繋いでも良いかな?」と尋ねると、やはり彼女は嬉しそうに頷いて微笑んだ。
「あれは……」
あと少しで目的の場所に着くらしいのだが、そこでメルエーナの視界に、見慣れた黒髪の男性の姿が入ってきた。そして、そこにはイルリア達も皆居る。
道はどうやら合流してから一本道のようなので、ジェノ達も自分達と同じ場所に向かっているのではないかとメルエーナは推測する。
「あっ、メル!」
こちらに気がついたイルリアが、遠くから声を掛けてくれる。
メルエーナは手を小さく振り、フレリアの歩く速さに合わせてゆっくりと進む。
結局、向こうが道の合流地点で少し待ってくれて、メルエーナはジェノ達と再会した。
「どうした、メルエーナ。こんな村はずれに何故お前たちが居るんだ?」
「はい。実は……」
メルエーナは簡単にこれまでの経緯を話す。
ただ、バニアーリさん達を待たせるわけには行かないので、歩きながらになったが。
「……そうか」
ジェノは短くそう応えただけだったが、そこで思わぬ声があがる。
「うわぁぁっ。お兄ちゃん凄く格好いい! お姉ちゃんの彼氏さんなの?」
ジェノを見たフレリアがメルエーナの手を引っ張りながら、嬉しそうに尋ねてくる。
「なっ、何を!」
メルエーナは思わず頬を赤らめてしまうが、ジェノは一言「違う」とだけ言う。
あまりに迷いのないその一言に、メルエーナは悲しくなる。
「どうやら目的地は同じようだ」
ジェノはそんなメルエーナに何のフォローもない。
「本当に女心ってものがわからないのね、あんたは」
イルリアがジェノを窘めたが、彼は「行くぞ」とまた一言だけ口にして先頭を歩く。
しょんぼりとするメルエーナだったが、彼の歩みがいつもよりもずいぶんとゆっくりなことに気づいた。そしてそれは、子どもが居ることを考慮した速度なのだと理解する。
(今、ジェノさんの中で一番配慮する相手が、フレリアちゃん達、つまり子どもだというだけです。負けません!)
メルエーナは自分にそう言い聞かせ、ジェノの後ろをフレリアと一緒に歩く。
でもそこで、
「お姉ちゃん、頑張ってね」
とフレリアにまで言われてしまったことに、メルエーナはそんなに自分の感情は分かりやすいのかと更にショックを受けることになったのだった。
◇
少し進むと、小さな小屋が視界に入ってくる。そしてその近くには、大きな地裂が、洞窟の入口らしきものまで見えた。そこで、フレリアがメルエーナの手を離れて走り出す。
メルエーナも慌てて後を追うが、ジェノも同じように足を早める。幸い、フレリアは転ぶことなく小屋の入り口までたどり着いた。
メルエーナが後ろを振り帰ると、他の皆も軽く早足で歩み寄ってくる。
皆が集まるのを待っていたのか、フレリアはにっこり微笑み、小屋の入り口のドアを叩いた。
すると、すぐに外開きのドアが優しく開けられる。
そこに立っていたのは、朴訥そうな、気の良さそうな若い男性だった。金色の髪を短く切りそろえた彼は、二十代前半くらいに見える。
「お父さん、ただいま」
「ははっ、おかえり、フレリア。でも、ここは家じゃあないんだから、ただいまを言わなくてもいいんだよ」
「もう、駄目! お母さんが言っていたもん。帰ってきたら、必ず『ただいま』って言いなさいって」
「そうか。それもそうだね。……あれっ? フレリア。バニアーリさんとクエン君以外に、ずいぶんたくさんの人がいるみたいだけれど、どうしたのかな?」
男性は不思議そうにメルエーナ達を見つめてくる。よほどこの場所に人が来るのが珍しいのだろう。
「私は、冒険者のジェノと申します。失礼ですが、キレースさんでよろしいでしょうか?」
「ぼっ、冒険者? いや、その、すみません。あまりにも聞き慣れない言葉だったので。その、はい。私がキレースです」
そう名乗ったキレースの後ろにフレリアは回り込み、トタトタと小屋の中に入っていってしまう。
「どうか突然の訪問をお許しください。我々は、ここから見える洞窟への入場の許可を頂きたく、ナイムの街からやって来ました」
「ナイムの街から? わざわざ洞窟を見学しに、ですか?」
キレースは年若いジェノに対しても柔らかな言葉遣いをしてくれる。メルエーナはその事で、このキレースという男性の評価が上がった。
「キレースさん。それとは別に、こちらの女性二人は、レミィと言う女の子を探していると言っていましたよ」
「えっ? レミィって……」
バニアーリさんの説明まで加わり、キレースは更に困惑する。
こんなにいろいろなことが起こっては、確かに混乱するだろうとメルエーナは思う。しかし、更にそこに追い打ちで、
「それと、こちらの金髪の女性は、国王様から『我が国の誉れである』とまで言われた料理人のバルネアさんです」
そう言われ、キレースは「ちょっと頭を整理させてください」と言って、頭痛を堪えるように額に手をやる。
「……ええと、まず、そちらのジェノさん達が洞窟にはいる許可が欲しい冒険者の方で、そちらのバルネアさんとお嬢さんが、レミィに会いたがっているということですよね?」
「はい。そうです」
みんなを代表して、年長者のバルネアが答える。
「うん。一つずつ片付けて行きましょうか。まず……」
キレースがそう言ったところで、小屋の中からトタトタとした小走りのフレリアが出てきた。
「はい、おまたせ。レミィを連れてきたよ」
そう言うフレリアの隣には、状況が分かっていなさそうな若い女性が立っている。
「こらっ、フレリア。お母さんをそんな風に呼ぶんじゃあありません」
ポン、といった感じで優しくフレリアの頭に拳を乗せて、その女性は叱る。
「大変失礼を致しました。この娘の母で、レミリアと申します」
その言葉に、メルエーナは言葉を失った。
あの夢で見た幼い女の子と同じ紫の髪をした美しい女性がそこに立っていたのだから、それも仕方がないだろう。
そして、レミリアという名前を短縮して呼ぶのならば、一般的にはレミィだ。
「だってぇ、このお姉ちゃん達が、レミィを探しているって言うから……」
フレリアの言葉に、レミリアと名乗った女性は苦笑する。
「もう。それでも駄目。きちんとお母さんと呼ばないと、夕食を抜きにするわよ」
「えっ! やだっ! ごめんなさい、きちんとお母さんって呼ぶから許して!」
親子の朗らかな会話が続いていたが、メルエーナはそれを聞いている余裕はなかった。
目に見えないが、確かに繋がっているレイルンから強い悲しみの感情が伝わってきたことから、メルエーナはこの女性があの夢で見たレミィに間違いがないことを理解したのだった。




