⑩ 『普段と違う朝食』
夜が明けて、朝食の時間になった。
メルエーナを気遣い、朝の掃除や食事の用意はジェノとバルネアが行ってくれた。だが、そこで……。
「ふふふっ。レイルン君。こっちのサラダも食べてみて」
バルネアは嬉しそうに、自分の隣に座る愛らしい二頭身の妖精にサラダを勧める。
「ううっ、わかったよ……」
レイルンは困った顔で木のフォークをがっしり握り、サラダをソレに刺して口に運ぶ。けれど、すぐにレイルンの顔がパァーッと笑顔に変わった。そして彼はせわしなくフォークを動かし、サラダを口に運び続ける。バルネアの料理は、どうやら妖精の口にもあったようだ。
レイルンと繋がりのあるメルエーナには、それが伝わってくる。
「いやぁ、流石バルネアの料理だね。この妖精の坊やも虜にするなんてさ」
「それはそうですよ、お師匠様。こんなに素晴らしい料理なら、人間以外だって美味しいと思うに決まっていますよ!」
エリンシアとリリィの師弟も美味しそうに食事に舌鼓を打っている。だが、メルエーナはそんな二人に恨みがましい視線を無言で向ける。
「もう。メルったら。そんな顔しないでよ」
「リリィの言うとおりだよ、メル嬢ちゃん。この妖精のお願いを叶えるには、こうするのが一番なんだよ」
リリィ達は笑顔でいうが、むぅっと不満そうメルエーナは眉の根を寄せる。
「お二人の仰っていることは分かります。でも、先に説明してくれても良かったのではないですか!」
「もう、そんなふうに膨れるもんじゃあないよ。召喚士以外の人間が妖精を従えるなんて、そうそうあるもんじゃあないよ。むしろ貴重な体験だと思っておくといい」
まだ不満げなメルエーナに、エリンシアがそう言って宥めてくる。
昨晩、エリンシアに無理やりパスと言うものを繋げられてしまったメルエーナは、馴染みのない感覚に戸惑ってしまった。
自分の体と少し離れた所に体の一部があるような感覚は、いまだに慣れない。けれど、それもレイルン君の願いを叶えるまでだと自分に言い聞かせて、こうして朝食を食べている。
レイルンは妖精であり、エリンシアから魔法の力を分けてもらっているので食事は必要ないらしいのだが、食べた分は微弱だが魔法の力の足しになるとのことだった。
それに加えて、エリンシアさんから説明を受けたバルネアが、ぜひレイルンに会ってみたいというので、メルエーナはリリィの指導の元、彼を実体化させた。そして、バルネアはレイルンの愛らしい姿にすっかり魅了されてしまい、一緒に朝食を食べましょうと半ば強引に誘われ、今に至るのである。
レイルンとのやり取りで、深夜に大きな音がしたはずなのだが、バルネアさんもジェノも部屋を訪ねては来なかった。それは、エリンシアが音を外に漏らさない魔法をメルエーナの部屋にかけていたかららしい。
それはそれとして……。
メルエーナはいつも以上に寡黙に食事を続けるジェノに視線を移す。エリンシアの説明を聞いたジェノは、再度メルエーナの身に危険がないのかを確認していた。
その気遣いは正直嬉しかったメルエーナだったが、何故かそれからジェノの機嫌があまり良くない気がする。それに、どうしてかレイルンもジェノの側には行きたがらない。まるで、何かを恐れているかのように。
(ジェノさん、妖精にも勘違いされてしまっているんでしょうか?)
本当はとても優しい性格なのに、寡黙で愛想がないため勘違いされるのはもったいないとメルエーナは思う。
「ごちそうさまでした」
ジェノは食事をいの一番に終えると、レイルンを愛でるみんなを尻目に台所に食器を運ぶ。
「あら、ジェノちゃん、もういいの?」
「十分頂きました」
バルネアに短く答え、ジェノは自分の食器をさっさと洗い、「少し部屋に戻っています。開店準備の時間には戻りますので」と言い残して部屋に戻って行ってしまった。
「う~ん。メルちゃんにいきなりこんな可愛いお友達ができたから、ジェノちゃんてば少し複雑なのかしら?」
パンも美味しそうに食べているレイルンの頭を撫でながら、バルネアが不思議そうな顔をする。もしもそんな風に自分のことをジェノが意識してくれているのならば嬉しいが、メルエーナにはそんな浮ついた話ではないように思えてならなかった。
そして、レイルンという一時だけの家族が増えたものの、時間はあっという間に過ぎ、いよいよ旅行当日となったのだった。




