㉖ 『別荘』
木々のおかげだろう。夏の暑さが和らいで心地が良い。
馬車に揺られてたどり着いたのは、山中の別荘。
流石は貴族の別荘ということもあり、非常に大きい。
それでも、招待客はすでに到着している人間だけでも五十人を軽く超えているようなので、誕生会は庭を使って行われるようだ。
マリアの家の使用人に案内をされて、ジェノとリニアは指定の席に着く。
とはいっても、いざ宴が始まれば、どの席に移動しても構わないのらしい。
招待客は同じ席になった人達と談笑し、宴の始まりを心待ちにしている。
だが、その中に……。
「あの女性と子供は、なぜ剣を携えているのでしょうか?」
「商家の人間が帯剣するとは、分不相応ではないですかな。ましてこのようなめでたい席で無粋な」
「大丈夫ですわ。いざとなれば当家の護衛があんな下賤な者共など……」
「ははっ、そうですな」
一部の人間だが、そんな、明らかにジェノ達を揶揄する発言が聞こえよがしに囁かれている。
腹が立ったが、隣にいるリニアに、
「ジェノ。笑顔、笑顔」
と言われ、ジェノは彼女の方を向く。
「でも……」
「君があまりにも格好いいから、嫉妬しているのよ。だから、笑って許して上げなさい」
リニアはそう言って、ジェノの頭を撫でる。
「……そうだね。あの女の人より、先生のほうがずっと綺麗だもん」
ジェノは軽口のつもりで言ったのだが、口に出したら恥ずかしくなってしまい、プイッとリニアから顔を背ける。
「おおっ、嬉しいこと言ってくれるわね。でも、それを恥ずかしがらずに言えないと、まだまだだぞぉ~」
リニアは言葉とは裏腹に、すごく嬉しそうだ。
だからジェノは、笑うことが出来た。
「おっ、ジェノ!」
「本当だ、ジェノだ!」
今到着したのだろうか? おめかしをしたロディとカールが、ジェノ達を見つけて歩み寄ってくる。その後ろには、護衛と思われる男の人が二人立っていた。
「ロディ! カール!」
「おお。同じ席みたいだな。良かったぜ。知らない大人ばかりだったらどうしようかと思っていたんだ」
「そうそう。ロディったら、柄にもなく緊張していたんだぜ」
「うるせぇ、それはお前も同じだろうが」
ロディとカールの軽口を聞き、ジェノもホッとする。
「こんにちは、ロディ君、カール君」
微笑ましげに見ていたリニアが、二人に挨拶をする。
するとロディ達は頬を赤く染めて、『こっ、こんにちは、リニアさん』と緊張した面持ちで挨拶を返す。
去年のマリアの誘拐未遂の際に、リニアの実力の一端を目の当たりにした彼らは、彼女を尊敬するようになったらしい。
それに、リニアが今日はドレス姿だということもあり、その美しさに目を奪われているようだ。
「…………」
ジェノは、『どうだ、この人が僕の先生なんだぞ』という誇らしい気持ちと、ロディとカールが先生を見てデレデレしているのが腹立たしく思う、よく分からない気持ちが湧き上がってくるのを感じていた。
つい、不機嫌な顔になってしまいそうで、ジェノは慌てて笑顔を作る。
「ジェノ、それ本物の剣なのか?」
目ざといカールが、ジェノの腰の鞘に気づいた。
「うん。でも、ごめんね。見せるわけには行かないんだ」
「ええ、なんでだよ?」
「そうだぜ。お前ばっかり狡いぜ。せめて、少しだけでもみせろよぉ」
カールとロディが不満を言うが、ジェノは首を横に振った。
「こんなに人がいる中で、剣を突然抜いたら取り押さえられちゃうよ。だから、ごめんね。今度、僕の家に遊びに来てよ。先生が一緒のときなら、見せてあげられるから」
「残念だけど仕方ないか。それじゃあ、今度家に招待してくれよ」
「ああ。絶対だぞ」
二人に念を押されて、ジェノは困ったような笑顔で、「わかったよ」と応える。
それからしばらく、ジェノはロディ達と話をした。
いつもの友人との会話はやはり楽しく、周りの嫌味も気にならなくなった。
「皆様、本日は娘の誕生祝賀会にお集まり頂き、誠にありがとうございます」
不意に、大きな声が会場に響き渡った。
皆が声を発した主に視線を映すので、ジェノもそれに倣う。
声を発したのは、豪奢ではないが品の良い衣装を身にまとった中年の金髪の男性。彼がマリアの父親なのだろう。
「初めて見た、マリアのお父さん」
「なんか、威圧感があるね」
ロディとカールが声を上げるので、ジェノは「静かにしたほうがいいよ」と小声で注意する。すると、二人は慌てて口を押さえて黙る。
「我が娘マリアも、今日で九歳になりました。ここまで成長できたのも……」
しかし、長話が続くにつれて、ロディもカールもだんだん退屈になったのだろう。「早く、うまい飯が食べたい」などとヒソヒソ話を始めてしまう。
ジェノは困った顔で二人を見ていたが、すぐに彼らの視線は話し手の方に向くことになった。
その理由は簡単で、今まで護衛の影に隠れていたマリアが姿を現したのだ。
マリアは純白のドレスを身にまとっていた。
その愛らしい姿に、ロディとカールの視線は釘付けになる。
「ふふっ。マリアちゃん、可愛いわね」
「うん。そうだね」
リニアの言葉に同意すると、彼女は嬉しそうに、うんうんと頷く。
「いい傾向よ、ジェノ。君はもう少し異性に、女の子に興味を持ちなさい。もちろん、女の子のことばかり考えるようになってもいけないけれど、君はストイックすぎるからね」
「……別に、僕だって……」
ジェノは心外だと言わんばかりに口を尖らせる。
だが、そこで思いもよらぬ事が起こった。
「さて、本日は娘のたっての願いで、今日一日、娘をエスコートする騎士役をお願いしたい者がいる。ジェノ君、前に出てきたまえ!」
マリアの父親が、不意にジェノを指名したのだ。
「えっ!」
ジェノは驚き、助けを求めるようにリニアに視線をやるが、彼女も珍しく驚いていた。
まずい。自分は誰かに狙われている可能性がある。だが、貴族であるマリアの父の決定を拒否する選択肢がないことくらいはジェノにも分かる。
「なんで、平民であるジェノに……」
リニアはそう口走ったものの、すぐに冷静さを取り戻し、ジェノの背中を押してくる。
「これは完全に予想外だけど、大丈夫。先生がついているわ」
そう掛けられた言葉を胸に、ジェノは意を決して前に足を進めるのだった。




