特別編② 『先輩と後輩と特別稽古』(前編)
昼間こそ太陽の熱で温かいものの、夕暮れとなってその恩恵が薄れてくると、秋の風が身に染みる。
けれど、いや、だからこそ、美味しい料理というものもある。
「これは脱帽ね。美味しいわ。すごく美味しい」
「本当に。体もとても温まりますし」
料理を口にして、嬉しそうに微笑むバルネアに、メルエーナも同意する。
ここはエルマイラム王国の首都ナイムの街の繁華街の外れ。
申し訳程度の街灯に照らされた屋台の前だ。
そこで、メルエーナ達は至福のひとときを過ごしていた。
けれど、そんな女性陣とは対象的に、男性陣は、なんとも言えない顔をしている。
一人は、三十代後半くらいの男性で、この屋台の主。
今、目の前で自分の作った料理を食べている女性が、この国の国王様から、『我が国の誉れである』とまで讃えられた凄腕の料理人であることを知り、不安な表情だ。
料理の最初の一口を褒められて少し安堵しているが、いつ何か文句を言われないだろうかと冷や汗をかいている。
あとの二人は黒髪で茶色い瞳の若人。ジェノと、彼の通っている修練場の先輩であるらしい、二十歳手前のシーウェンという男だった。
顔は全く似ていないが、彼もなかなか精悍な面持ちをしている。武術をかなりやっているらしく、ただ座っているだけでも品がある。
それと、『シーウェン』という名の響きは独特で、このエルマイラム王国ではあまり聞かない名前の構成だ。ジェノに以前聞いた話によると、何でも生まれは東方の別大陸なのらしい。
「あぁ。俺たちの安らぎの場所が……。ひどい話だよな、ジェノ」
「…………」
シーウェンは聞こえよがしに文句を言う。ジェノは相変わらず無言だが、小さく頷いたのをメルエーナは見逃さなかった。
「もう、ジェノちゃんもウェンちゃんも、こんなに美味しいお店を私達に教えてくれないなんて酷いわよ。私が問いたださなかったら、ずっと秘密にしておくつもりだったんでしょう?」
「バルネアさんの言うとおりです。ジェノさん。どうして教えてくれなかったんですか?」
こっそりと先程頷いていたジェノに、メルエーナが不満そうに問い詰める。
こんなに美味しい料理を自分達だけで食べて、仲間はずれにするなんて酷いと思う。
「……すまん」
「待った。ジェノを責めないでくれ。男には、気心の知れた男仲間とだけ楽しめる場所が、隠れ家が必要なんだよ。それと、この店を黙っているように言ったのは、俺だ。文句は俺に言ってくれ」
無言のジェノに代わって、シーウェンがメルエーナに答える。
男同士の連帯感を見せつけられ、メルエーナはそれ以上文句が言えなくなってしまう。
バルネアは、「もう、仕方ないわね」というと、食事を再開し、具材一つ一つをしっかりと吟味するように丁寧に咀嚼する。
「このトッピングもいいわね。シンプルそうに見えて奥が深い料理だわ」
美味しそうに食べるバルネアを見て、メルエーナも食事を再開する。
味が落ちる前に食べなければもったいない。
「親父さん、俺達にもいつものを出してくれ。ジェノ、今日は、お前も大盛りでいいだろう?」
「ああ、それで頼む」
相変わらず言葉少ないジェノだが、その表情が家にいるときと少し違うことにメルエーナは気づく。
なんと言うか、普段よりも砕けていると言うか、張り詰めている感じが薄い気がする。本当に些細な違いなのだが。
屋台は一列に並んで椅子に座る形式なので、屋台に向かって左から、バルネア、メルエーナ、ジェノ、シーウェンの順番なのだが、ジェノはもっぱらシーウェンと店主に視線を向けている。
それが少し、メルエーナには寂しい。
「ああ、そういえば、もう一年くらい前だな。お前をこの店に連れてきたのは」
「そうだな。それくらい前だ」
「いつもは、バルネアさんが料理を作ってくれているからって、お前は小盛りばかりだったからな。一年経って、ようやく腹いっぱい親父さんの飯を堪能できるわけだ」
そんな取り留めのない会話を交わす、年の近い男同士。
それは、なんとも言えない気楽さと楽しさが見て取れた。
メルエーナも、友人たちと食事をしているときは女同士、気軽に会話を楽しんでいるが、なんとなくだが、自分達の、女の会話とは何かが違うように思える。
何と言うか、距離が近いと言えばいいのだろうか?
とにかく違う気がする。
これも、以前に聞いた、男女の違いによるものなのかもしれないと、メルエーナは絶品のスープを口に運びながら思う。
「そうか、あれから随分とお前も腕を上げたもんだな」
「まだまだだ。何より、一度もお前に勝ち越せたことはないだろうが」
「そりゃあそうだ。俺もまだまだ後輩に抜かれてやるつもりはないさ」
そう言ってシーウェンとジェノは鋭い眼光をぶつける。
もしかして喧嘩になるのではと危惧したメルエーナだったが、それは全くの杞憂だった。
シーウェンは楽しそうに笑いだし、ジェノも口元を緩めたのだ。
やはり、男の子の思考というものはよく分からないとメルエーナは思う。
「だが、ジェノ。最近、またお前はあの時の様になりつつあるぞ。そこだけは気をつけておけ」
「……そうか。忠告、感謝する」
今度は急に真剣な表情をしだした二人は、また自分達だけが分かる内容を口にする。
やっぱり、メルエーナには分からない。
男の子というのは、複雑なようだ。
「ウェンちゃん。一年前って言うと、ジェノちゃんが少し鍛錬に身を入れすぎていた時期よね? もしかして、ウェンちゃんが助けてくれたの?」
バルネアが、物怖じせずにシーウェンに尋ねる。
「そんな大げさなことではないですよ。ただ、無愛想だけど、俺にとっては可愛い後輩なんでね。少しおせっかいをしただけです」
「シーウェン。その話はしなくてもいいだろう」
「おっ、柄にもなく恥ずかしがっているようだな。だが、あれは誰もが通る道だ。それは決して恥ずべきことではないぞ」
「バルネアさん達に話す話でもないだろうが」
ジェノが抗議の声を上げたが、メルエーナもその話とやらがすごく気になり始めた。
メルエーナがバルネアに視線を向けると、彼女はニッコリと微笑んでくれた。
「ジェノちゃん。ウェンちゃん。その時のお話を聞かせて頂戴。こんなに素敵なお店を隠していたんだから、私のお願いを聞いてくれてもいいわよね?」
バルネアのその言葉に、二人はお互いの顔を見て、仲良く嘆息した。
「……ジェノ、すまん」
「……仕方ない。それに、お前に助けてもらったのは事実だからな」
こうして、観念したシーウェンの口から、メルエーナは過去のジェノの話をまた知ることとなるのであった。




