特別編① 『その言葉を貴方と』
冬の寒さにすっかり体温を奪われてしまった体に、注文して運ばれてきたお茶が活力を取り戻させてくれる。
予定の二時間も前に、待ち合わせの喫茶店に入って長時間滞在することを申し訳なく思ったメルエーナは、一時間ほど近くの店をあれこれ見て回った。だが、流石に寒さに耐えられなくなり、こうして一人喫茶店で休む事にしたのだ。
甘みの強いミルクティーを口にして、メルエーナはようやく人心地がついた。
しかし、まだ待ち合わせの時間まで一時間近く残っている。どうしたものかとメルエーナは思案する。
「……ねぇ、見てよ、あの娘」
「ああ。あの、いかにも私は可愛いですって、言いたい感じの……」
割と広めの店内には、何人かのお客さんが席について話をしていたが、メルエーナの席よりも奥の席からの声が彼女の耳に入ってきた。
当初は誰のことを話しているのか分からなかったが、
「何よ、あの栗色の髪。ただストレートにしているだけで、飾り気がまったくないじゃない」
「それに、見てよ、あの地味な格好。今日がなんの日かも分かっていないんじゃあないの?」
「そこまで言ったら、流石に可哀想よ。たとえ事実でもさ」
「そうだよね。垢抜けしてない感じだし、まだこの街に来て日が浅い田舎者なんでしょうし、少しは大目に見てあげないといけないかしらね?」
ヒソヒソとした感じで喋っているものの、聞えよがしな悪口の対象が自分であることに、メルエーナは気づいてしまう。
周りを見渡しても、栗色の長髪は自分しか居ないのだから。
早く待ち合わせの時間にならないかとそわそわしていたメルエーナだったが、心無い陰口に、気持ちが落ち込んでしまう。
田舎者だと言うことは事実だし、この髪も手入れは欠かさないものの、特段変わったことをしているわけではない。だから、それは別にいい。でも、この服装を馬鹿にされるのは悲しかった。
今日という日のために、親友のイルリアに頼んで選んでもらった。
この白を基調とし、淡い色で纏めたカジュアルなコーデは、メルエーナ自身も大いに気に入っていた。
特に、洋服店で一目惚れをした淡いグレーのニットスカートが良いと、自分でも少しばかり思っていた。
「あんたは元がいいんだから、小手先の技術はいらないわ。大丈夫よ、これなら」
そう言ってくれたイルリアの言葉に、メルエーナは勇気を貰い、こうしてその時を楽しみにしていたのに……。
まだ店に入ってほとんど時間が経っていないのに、なんだか居たたまれなくなってしまう、メルエーナ。
やはり、自分などでは駄目なのだろう。
そんな弱気な気持ちに心が支配されそうになった時だった。
「待たせてしまったようだな」
そんな男の声が、待ち人の声が聞こえたのは。
メルエーナの元に歩み寄ってきたのは、黒髪の若い男だった。
彼の名は、ジェノ。
メルエーナと同じ屋根のもとで暮らす家族であり、彼女の想い人でもある人物だ。
ジェノが店にやってきたことで、多くの視線が彼に集まる。
やや長身のスラリとした体型と非常に整った顔貌に、誰もが目を奪われていた。
服装は黒を基調にしたシンプルなもので、他の者が真似をすれば地味な印象しか与えないだろうが、元があまりにも良いため、なんの過不足も感じることはない。
「済まなかった。予定よりも早くに着いたつもりだったが……」
ジェノはそう言うと、メルエーナの向かいの席に座り、我先にと駆け寄ってきたウエイトレスの一人に、飲み物を注文する。
「いいえ。私が早く来すぎてしまっただけですから」
メルエーナの言葉に、ジェノは「そうか」とだけ口にする。
「ジェノさん、その、すごくお似合いですね、その服装」
メルエーナの素直な感想に、しかし、ジェノは表情を何も動かさない。
けれど彼は、こう続けた。
「特段、どうということはない格好だ。それに、俺よりもお前のほうが似合っている」
それは控えめな賛辞の言葉。
けれど、その一言だけで、メルエーナは全てが報われたと思い、涙が出てきそうになってしまう。
「店の予約は六時だったな。それまで、この店で時間を潰すというのは退屈だろう」
「いえ。私はこうしてジェノさんと話しているだけで、楽しいですよ」
感激のあまり、つい調子に乗って本音を口にしてしまったことに気づき、メルエーナはどうしたものかと思ったが、ジェノは相変わらず、「そうか」と答えるだけだった。
けれど、その瞳がいつもよりも優しげなのをメルエーナは感じていた。
もしかすると、ジェノさんも二人だけの食事を楽しみにしていてくれたのかもしれない。
もちろん、そんなことはないとは思いながらも、そうだったら嬉しいとメルエーナは思う。
「くっ……」
「こっ、この……」
ジェノと話していると、後ろの席に座っていたと思われる、自分と同じくらいの女の子二人が、店を出て行く際に、すごい形相でメルエーナを睨んだ。
だが、メルエーナはそれに満面の笑顔を返す。
「……俺の連れに、なにか用があるのか?」
ジェノにそう言われ、メルエーナを睨んでいた二人は脱兎のごとく去った。
「あっ、ジェノさん。言い忘れていました」
「んっ? 何をだ?」
ジェノの問に、メルエーナは嬉しそうに微笑む。
「メリークリスマス。ジェノさん」
「……ああ。そうだったな。メリークリスマス。メルエーナ」
メルエーナとジェノは、そう、この日のためだけの挨拶を交わすのだった。




