殺人事件
夜になって俺は美香を部屋に呼んだ。
「お兄ちゃんどうしたの?」
「ああ。神様の指令の件でな」
「あー……なんだ……そっちか……」
美香はうなだれた。
なに?
なんなの?
どうしたってのよ!
俺はどうしていいかわからなかったので話を続けた。
「あのな、皆川な……」
「晶ちゃんがどうしたんですか? あ、ガン見してたおっぱいの話したらマジで殴りますから」
お前は何を言っている……ちょっと待て!
ガン見してたのが全てバレていた……だと……
俺は驚愕しながらも顔に出さないようにした。
クソ! 女の子ってのはエスパーなのか!
「違う。皆川は悪魔だ」
一瞬間違えて「皆川のおっぱいは悪魔だ」と言いそうになったが、正気に戻ってちゃんと言えた。
俺偉い。
「……は?」
美香の目が点になる。
「皆川は悪魔だ」
「……殺人鬼ですか」
美香は少しだけ不機嫌だった。
いや不機嫌なのを押さえ込んでいた。
美香は人殺しが大嫌いだ。
それは当たり前だろう。
美香は記憶がないと言えども両親を殺人鬼に奪われているのだ。
「違う……と思う。俺たちと同じで悪魔に任命されただけらしい。社会の害になる悪魔を追っているってさ。悪魔たちは組織のトップになれる人材が欲しいんだとよ。殺人犯は悪魔にとっても迷惑なんだそうだ」
「……妙に説得力がありますね」
「だろ? それで今皆川は命を狙われる憶えがあるらしい」
俺は皆川に言われたことを美香に言った。
そう、俺は皆川の言葉を頭から信じていたのだ。
なんという愚か者だろうか。
美香も同じだった。
信じてしまったのだ。
「それで……どうするんですか?」
「守る。神様は関係ない」
俺は言い切った。
過信があったわけでも、神様に頼り切っているわけでもない。
気分が悪いのだ。
知り合いが傷つくのは。
たとえ悪魔でもだ。
すると美香はため息をついた。
「はあああああああぁ。仕方ないお兄ちゃんですね。でも……そういうところがお兄ちゃんらしいんですが」
「お、おう」
なんだか不穏だ。
「わかりました。私も手伝います!」
「はい?」
君はなにを言っている?
「何を言ってるんですか? 私たちはバディでしょ。一心同体一蓮托生です」
美香はさもそれが当然といった具合だった。
俺は危ないことはして欲しくないのだが……
「それじゃあ、皆川に美香も天使だって教えておくか?」
「いいえ。それはしないでください。お兄ちゃんは皆川さんと捜査」
「お、おう。じゃあ美香は」
「私は皆川さんを調べます」
俺は「その発想はなかった」と手を打った。
なるほど。確かにまずは皆川を調べるのが手っ取り早い。
そのためには天使がもう一人いることを秘匿した方がいい。
存在を知られなければ美香は安全だ。
それに交渉するとことになっても俺にはカードが一枚少ないと思わせておく方が有利だ。
心理戦は情報を隠した方が勝つものなのだ。
「わかった。頼む」
俺は格好つけていった。
「それじゃあ打ち合わせも終わりましたし寝ましょう」
「おう」
俺はストレッチでもしようと立ち上がる。
すると美香が言った。
「じゃあ私は枕持ってきますね」
「はい?」
お前、また俺と寝るつもりか。色っぽさの欠片もない意味で。
「いいじゃないですか。減るもんじゃなし。ずっと一緒にいたから近くにいないと不安なんですよ! 逆に聞きますがなにか問題でも?」
問題は伸びた手足とやたら造作のいい顔だ。
言うと調子に乗るから言わないが。
「ま、まあいいけど」
ここで断るのは負けのような気がする。
いいだろう!
俺の有り余る理性を見せつけてくれる!
俺はベッドに敷いた布団に入るとふて寝する。
美香は枕を持ってくる。
そのまま俺の横に滑り込む。
そして慣れた動作で室内照明のリモコンを操り、照明を落とす。
「お兄ちゃんお休み♪」
「あいよ」
美香はすぐに寝息を立てる。
恐ろしく寝付きがいいようだ。
俺も目をつぶった。
羊が一匹……羊が……
……おっぱいがいっぱい……おっぱいがいっぱい……
「きゃああああああああああッ!」
おどりゃふごれごびゃ!
それは美香の悲鳴だった。
俺は混乱しながら飛び起きた。
「な、なんだ! 大丈夫か!」
美香は汗だくだった。
よほど恐ろしい夢を見たのだろう。
「お兄ちゃん……」
美香は俺を見た。
「お、おう。どうした」
「お兄ちゃん。よく聞いてください」
美香は真剣な顔をしていた。
俺もごくりとつばを飲み込んだ。
「いま、人が殺されました」
「被害者は誰だ?」
俺は聞いた。
なぜなら美香は被害者に特徴があるからあんなに焦っていたのだ。
例えば子どもとかだ。
「よく聞いてください……ネリウムのタケルさんです」
……マジかよ。
最悪だ……知り合いはやめてくれ。どうしても精神に来るから。
俺は豆腐メンタルなんだよ!
俺が一人で理不尽にキレていると、俺の部屋のドアが激しい勢いで開いた。
「美香ちゃん! 大丈夫!」
「あ、おばさま」
ママンだ。
ママンは美香を見る。
そして俺を見た。
そして顔が一気に真っ赤になる。
「光太郎あんた!」
「違う! そうじゃない! 俺は無実だ!」
俺は必死に言い訳をする。
そりゃね。ママンも怒るわ。
第三者から見れば完全に事後ですよ。
「おばさま。違うの」
「うん。わかってるわ美香ちゃん。今コイツ殺すから」
「ちょ、おま、人の話を聞け!」
俺は必死に言った。
だがママンはまるで世紀末救世主のごとくボキボキと拳を鳴らす。
困ったときは腕力。
親子の血という繋がりを感じざるを得ない。
ボクちゃんの信用のなさに乾杯!
「お母様。怖い夢を見ただけなんです! お兄ちゃんには時々怖い夢を見るから添い寝してもらっていたんです!」
お母様。
その言葉を聞いたママンの表情が菩薩に変わる。
お母様と呼ばれたかったらしい。
……このクソババア!
「そうなの美香ちゃん。光太郎ちゃんごめんね」
手の平返しやがった!
クソ、やっぱり俺の親だ!
「美香ちゃん怖かったらお母さんと寝る?」
上機嫌である。
「あ、あの、このままお兄ちゃんと寝ます。一番落ち着くので」
美香は顔を赤くした。
「お、おう……」
俺も照れる。
親は上機嫌で去り、俺たちはまた寝る。
中途半端な時間に起きてしまい目が冴えていた。
だからポツポツと俺たちは雑談をした。
まず俺は言った。
「二段ベッド買おうか」
二段ベッドがあれば、こういうトラブルはなくなるだろう。
俺の精神衛生上も良い効果があるはずだ。
「嫌です」
あっさり却下でやんの。
ジャブを華麗にかわされたところで、俺は事件の話をする。
決してごまかしたわけではない。
「タケルさんは誰に殺されたんだ? 男? それとも女?」
「わかりません。顔は見えませんでした。でも体型は中肉中背です。死因は……」
美香は言葉に詰まる。
俺は余計な事を聞いてしまったと少し後悔した。
「悪かった……とにかく皆川に連絡するぞ」
俺は夜中だというのに皆川に電話する。
なぜ通話なのか?
それは簡単だ。
通話が一番匿名性が高いのだ。
通話の記録は残っても、通話の内容は記録されない。
さすがに俺を誰かが盗聴してるなんてことはないだろう。
その点、メールやSNSのメッセージでは会話内容までログが残ってしまうのだ。
あとで警察に痛くもない腹を探られるのは嫌だ。
数回のコールで皆川が出た。
「……はい。皆川……です」
声が低い。
怒っているらしい。
そりゃこんな夜中じゃ怒るわな。
だが俺にも理由があるのだ。
「悪い。神様からメッセージが送られてきた。ネリウムのタケルが殺されたらしい」
俺は抗議もなにも聞かず要点を簡潔に言った。
夢を見たのは美香だし、メッセージではなく悪夢なのだがそれは伏せておく。
皆川は黙った。
俺の言葉が信頼できなかったのかもしれないし、寝起きで頭が働かなかったのかもしれない。
それは俺にはわからない。
だが事実として少しの間を置いて皆川は大声を出した。
「……ちょっと待ってください! それは本当ですか! ただの悪夢じゃ……」
「本当だ。警察に悪魔の仲間がいるんだろう? 頼むから様子を見に行ってくれ」
「……わかりました。私たちの方で処理します」
どうやら皆川は俺を信用することにしたらしい。
よかった。
「すまねえな」
俺は謝意を伝えた。
皆川がダメだったらカウンセラーの遠藤さんを動かそうと考えていたところだ。
かなりえげつない方法でな。
それでもダメだったらネットで殺害予告してやろうと思っていた。
だが両方ともあとが面倒だったのだ。
「ただもう遅いので連絡は明日になりますが大丈夫ですか? たぶんテレビのニュースの方が早いかと……」
「気にすんな。できれば明日会おう」
「そうですね。わかりました」
「じゃあな」
俺は通話を終了した。
三分ほどすると皆川から電話が掛かる。
「おう、どうした?」
「相良さん。今、警察が向かいました」
「ずいぶん早いんだな……」
びっくりだ。
中坊の意見をここまで素直に聞いてくれるなんて。
「相良さんが神様のメッセージを受け取ったと言ったら素直に聞いてくれましたよ」
俺は警察の中でどういう立ち位置になっているのだろうか?
「なので一時間ほど起きていてください。連絡が来るはずです」
「わかった。起きている」
俺はわざとそう言った。
起きているってのは真っ赤な嘘である。ただ単にもう寝られないだけだ。
だが恩に着せるかのように言った。
これも心理戦ってやつだ。
だが俺はこの選択をたった一時間後に後悔するはめになるのだ。




