契約書
俺は皆川に言った。
「プールのやつだな……あのな……たぶんそれの夢を見たんだわ」
「どういうこと……」
「一応聞いてくれや。あのな、中学生数人が女の子を囲んでいた。棒で叩いて沈めたんだと……思う」
「そうですか……やっぱり……これではっきりしました。警察に相談します」
はい?
ちょ、警察って?
どういうこと?
「……なんて顔をしてるんですか? 相良くんだって警察に天使の仲間の一人や二人いるでしょう? そうじゃなきゃ無罪放免になるはずが……」
正直言ってその発想はなかった。
よく考えれば当たり前だ。
神様の手駒が俺と美香だけのはずがない。
いや、俺が知らないだけで警察どころか検察、裁判所、政治家、メディアにまで神様の手下がいるはずなのだ。
やけに世界が優しいと思ったらそういうことか!
「……いないんですか」
皆川は驚いていた。
ぽくぼっちちゃん。
「……ま、まあ、我々悪魔とは事情が違うんでしょう。あははははは……」
俺ちゃんはちょっと斜めになっていた。
ぼっちという名の下に。
すると入り口のドアが開く。
「みんな久しぶり!」
やたら明るい声で出てきたのは北条美沙緒。
俺の元同級生で、自称『美香のお姉ちゃん』だ。
「お姉ちゃん!」
「美香ちゃん!」
二人はひしっと抱き合う。
百合って本当に素晴らしいものですね。
麻呂は今感動に打ち震えているでおじゃる。
俺が悟りを開いていると北条は次に吉村に抱きつく。
「吉村ちゃん久しぶりー!」
「ちょ、ちょっと北条ちゃん」
吉村は慌てる。
ちなみに北条はテレビでは凄味のある美少女キャラだ。
世間は北条がここまで人なつっこいとは誰も知らない。
なにせ北条はすぐに抱きつくのだ。
アイドルの本性見たり抱きつき魔。
吉村を堪能した北条は最後に俺にターゲットロックオン。
一気に間合いを詰める。
「光ちゃん!」
俺は無情にもアイアンクローをする。
痛くない程度の力で。
「やめんか。俺に抱きついたところを週刊誌に撮られたら一発で干されるぞ。内部リークとかも怖いんだぞ」
「そうやって思いやりがあるところも……好き♪」
もちろん軽口だ。
久しぶりに友だちに会ってテンションが上がってしまったのだろう。
とりあえず写真週刊誌の餌食になるのは回避できた。
俺はまたもや北条を守ったのだ。
「それで北条、用事ってなんだ?」
「うん、中にお母さんがいるから♪」
嫌な予感がする。
中に入ると会議室Aと書かれた部屋に案内される。
「はーい。お母さん光ちゃん連れて来たよー」
この軽い北条は信頼できる人間の前でしかしない。
それだけ俺は信頼されていると言うことだろう。
少し……少しだが……うれしい。
「はじめまして……」
部屋に入るなり俺は固まった。
北条利香子を見たせいだ。
北条利香子は前にテレビで見たときよりも……だいぶ若返っていた。
いや洒落にならないほど若返っていた。
ストレスなどがあったのだろうか?
それとも化粧をする余裕がなかったのだろうか?
とにかくありえないほど……うちの母親が見たら殺害してでも秘訣を知りたがるだろうほど一気に若返っていた。
北条美沙緒と並ぶと姉妹にしか見えない。
あ、ありえねえ……
「わ、若いお母様で……」
俺はなんとか表面を取り繕った。
ところが、まぶたは俺の意思に反してピクピクと動いていた。
「もうー♪ やっだー♪ 口がお上手ねえ!」
バシバシと北条利香子は俺を叩く。
その仕草は明らかにおばちゃんのものである。
「相良光太郎くん……ママって呼んでいいわよ♪ って、キャーッ!」
その台詞を聞いた俺は二人の血の繋がりを確信した。
なにこの同キャラ。
俺が呆気に取られていると美香が俺と腕を組んだ。
もう片方を吉村も組んだ。
なにこのマイムマイム的な配置。
もしくは囚われの宇宙人。
「あっらー。三角関係♪ リアル昼ドラ~♪ さっちゃんもぉ、うかうかしてると取られちゃうわよ~♪」
お母さん大喜び。
ここで助けてくれそうなのは一人しかいない。
「皆川ぁ~助けて~」
皆川は愛想笑いをしていた。
だがちゃんと助け船を出してくれる。
「あの……利香子さん。映像の件をそろそろ……」
「あら~ごめんね晶ちゃん。あのね、今日来て貰ったのは肖像権の事なのよ~」
「肖像権?」
「ええ。ほら、相良くんって三億回の男じゃない。だからうちで管理させてもらおうと思ってね。親御さんには先に許可をもらってるから聞いているでしょ……ってどうしたのその顔……」
聞いていない。
なんも聞いていない。
俺は美香を見る。
「お兄ちゃん。私も聞いてません」
なんてことだ……母さんめー!
「あは……あははは……聞いてなかったのね。お茶目さんね……とりあえず今すぐタレントにしようとかっていう契約じゃないから。あくまでウチに登録して権利を管理しましょうってお話だから大丈夫よ。これからはモザイクなしの動画はウチから削除申請出させてもらうからね」
俺の裸踊りは児童ポルノ認定されている。……世界規模で。特に無修正のやつ。
だからアップロードした瞬間に逮捕祭りだ。
それもウケ狙いでアップロードするバカは後を絶たない。
たまに消されないで残っているものもあるのだ。
だから俺としてもちゃんと管理してくれるなら気が楽だ。
「んじゃ、お願いします」
俺は差し出された契約書を読んだ。
日本語とは思えないほど意味不明の文章が羅列している。
頑張って読んだところ罰金などの規定はない。
それどころか動画の広告収入の一部が俺に入ってくるらしい。
今まで一銭も懐には入ってないのに。
他には読めた限りでは裁判所の場所や契約期間、守秘義務の事項が並んでいる。
一応内容を確認すると俺は軽々とサインをした。
なあに仮に俺がタレント契約を断ったとしても、男の娘としてエッチなビデオに出演する契約とかはないだろう。
ないはずだ!
未成年は守られまくっているのだ!
俺が納得していると今度は北条利香子は美香に書類を渡す。
「美香ちゃんはこっちね」
「は~い」
俺は美香を見た。
俺の方はシャレですむが、美香はシャレにならん。
着エロなぞに美香は出さぬ!
エロイ水着など着せぬ!
うおおおおおお! ゆるさんぞ!
「お兄ちゃん。心配しないで。というか思考が斜め上に飛んでます」
なぜわかった!
俺が驚いていると北条利香子が言った。
「光太郎くん。美香ちゃんも吉村ちゃんもネットや雑誌で下衆な憶測を好き放題書かれているでしょ。だから権利関係をハッキリさせておく必要があるの。それに美沙緒のお友だちは絶対に守るって約束する」
美香や吉村の目が曇った。
確かにその通りだった。
俺は何を書かれようともダメージはない。
だが北条、美香、吉村は違う。
彼女たちには辱められたという噂があるのだ。
もちろんそれはなんの根拠もない。事実無根だ。
俺はそれを悔しく思っている。
どんなに腕っ節が強かろうとも、人の名誉を守るのはとてつもなく難しい。
俺の拳は卑怯者には届かないのだ。
「はい、吉村ちゃん」
吉村もサインをした。
吉村もたいへんだった。
あれからしばらくライターを名乗る男につきまとわれたのだ。
しかもゲスな言葉を投げかけやがった。
キレた俺が半殺しにしようとしたら警察が飛んできた。
見ていやがったのに止めようともしねえ。
警察は違法行為でもなければ取り締まることは難しい。
「はい。ありがとう。今からうちの弁護士が悪い子を締め上げていくから。法務省と弁護士会もチームを派遣してくれるから安心してね」
なるほど。外堀は埋まっていた。
警察が持ちかけたのか、それとも……
いや考えるのはよそう。
役所が入るのなら悪い話ではないはずだ。
そう俺は納得した。




