白い理由赤い結果
《私を許せ…………》
《何も知らぬは怖い者、何か知っても怖い者》
《研ぎ澄ました技は研ぎ澄ました精神を作り研ぎ澄ました精神は研ぎ澄ました肉体を作る》
《本当に成長したな。少しだが、お前に会えて嬉しかった。ありがとう》
零は、あの日アイスマウンテンでダークで戦った時の記憶を思い出していた。
『ありがとうと言われた時、俺は、嬉しさと怒りと悲しさで、泣いたんだ』
「戦いというのは実に無意味なものなのだ。権力者が互いにいがみ合い痺れが切れたところで戦いが起こる。だが、その尻拭いをするのはいつも、いがみ合っていた者ではなく、『全く関係の無い者』なのだ。関係の無い者が関係の無い者を呼び、戦いは知らず知らずに大きくなるが、その真意を知る者は極少数なのではないだろうか?零、今お前に訊こう。私たちが戦う理由は一体何だ?何のために戦う?」
ダークの言葉には一言一言に重みがあり、彼の気持ちをありありと示している。
全く嘘をついていない、紳士な男が何故、今、戦うのかと、訊ねてきたのだ。
「何故………それは幻獣を復活させた罪を償ってもらう為。そして………」
零は言葉に詰まった。
具体的に『何故』と問われれば、それ以外に答えがないからだ。
「そして、何だ?フフフ。まぁ良い。それはそれで大罪に値するもの。それは償おう。だが、お前達ではない。『私たちが』何故、戦わなければならないと、その理由を知っているのか、と訊いている!」
その瞬間に何かが弾けたような思いが零の胸に突き刺さる。
「彼らは一体どうして、戦うのか?」
「零よ、お前は、いや、お前達は、あの少年の想いをお前達の勝手で潰そうとしているのだ。彼らはまだ、お前達に『何もしていない』。彼らはただ、父親と母親が愛したモノを守る為だけにうごいているのだ!!」
ゲーラ一族とは、元々世界中から異端な一族として蔑まれ、呪われた一族と呼ばれていた。
『生け贄』と呼ばれる、貢物を一年中繰り返している異様な風俗を批判され、それの為に命まで投げ出す人もいるというのに、それを無視し、特権階級をつけるというから、倫理を重んじない最低の一族だと、噂が広がり、ウォールタウンを始めとして、イナズマ、ヒール、クールタウンにまでそれは広がっており、『ゲーラ一族の呪い』は1000年以上も渡り恐れられてきた。
だがそれでもゲーラ一族は『生け贄』を辞めなかった。
その異常なまでの執着心と深すぎる愛情により、未来永劫に語り継がれる事を夢見て、ゲーラは生き続けた。
その成果もあってか、ゲーラ一族の信仰する創造神の力は、全大陸に住む人々に、想像と創造の力が加わり、そのおかげで人々は神を信仰するだけで、神から力を借りれるようになったと言っても言い過ぎでないかもしれないのだ。
どれ程嫌われようと、どれ程避けられようと、決して母が愛した一族を、父が愛した母の想いを、カーラとマーラは守ろうとしたのだ。
紋章にしても、悪魔にしても、幻獣にしても、彼らは両親が命を張って守ったものを自分の側に置いておいて、「守りたかった」だけだった。
「神は言ったのさ。その想いは必ず実り、天より御両親が誉めてくれる、と」
ダークは語った。
カーラとマーラの1000年の生き様を。
いや、二人が背負ってしまったゲーラ一族の生き方を。
言い終えたとき、戦闘体制に構えてダークは零に向き合った。
「私は、私の為に彼らに協力しているのさ」
拳を握りしめ零に向かう!
「……………」
零も迎え撃つ覚悟が出来ると、樹力を上げて[雅王拳]を使う。
覚えたての雅王拳だが、それだけで充分過ぎるほどの力を解放出来る。
[雅王拳…馬…ブラーク‼]
(皮肉なものだ。伝説系の雅王拳は身体に負担がかかるとはいえ、ブラークはビーストの中でも一、二を争う伝説。そして、ダークさんの本名にもブラークが入っている。[天馬]ブラーク。いつもダークさんが言っていた、唯一天の世界を駈ける馬だと)
零は思う。
雅王拳を使ってしまえば、すぐに勝敗はつくかもしれない。
だが、本気を出さずに負けてしまえば、死んでしまった兄弟子「シュウ」に申し訳ない。
ダークが渾身の正拳を放つ。
零は咄嗟に羽根をはやし、飛ばす。
雅王拳である限り、この羽もまた、当たれば灰に変える力をもっている。
しかしダークはそれらを避けようとはせず、正拳を放った!
ドンッと直線に一閃が敷かれ、羽を貫いていく。
だが、その先には既に零の姿はなく、横から回り込み、逆立てた髪の束を、三本に生やし白い雷を纏った「灰雷」を放つ!
だが、ダークの体に灰雷が吸い込まれていく。
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、繰り返し攻撃を出すが、ダークは全ての技を吸収し、極めた武術で応戦する。
(強い…!!やはりダークさんは恐ろしく強い‼)
雅王拳で勝てると見込んでいたのだが、ダークは追い詰められるどころか、徐々に零を追い込んでいく。
自分の技の完成度、威力、過信しない強さ、弱点に成りうるであろう長髪を巧みに操り零の目眩ましに使う度胸、白装束とは武道の基本を忘れぬ為の初心の心得、雅王拳の者と戦うのは初めてであろうがしかし、その戦法を即座に見極め逆に利用する応用力。
ダークという男は、そもそも闇の力などに手を染めずとも相当な実力者であり、相手を確実に圧倒出来る武術を持つ天賦の才の持ち主なのだ。
それでもやはり、死の恐怖は拭えないだろうから、あえて闇に力を染めて死の恐怖を無くす事で得た捨て身の覚悟!
零が一瞬優勢になり、ダークの顎に一撃を入れるその刹那、「返すぞ…」、零の脳裏に[死]が浮かび手を止めてしまう。
そして、みぞおちを突いた衝撃と、闇の力による、ダメージを「返す」能力が重なり零は吹っ飛んだ!
これにより、ダークに蓄積されていたダメージの一切を零に全て「移した」事になる。
しかしーーーーーーー。
(……俺は案外、卑怯なのかもしれないな……)
ダークが突然に膝をついた。
「すまないな……」
油断していた訳ではない。
ちゃんと注意していた。
来る事も分かっていた。
雅王拳の灰にする能力によって、ダークの闇の力に吸収された「灰」が、ダークの身体を支配したのだ。
つまり今のダークの体の中は所々に灰が詰まりボロボロになりかけている。
「技を磨けば、精神が磨かれ、精神を磨けば、肉体が磨かれる……」
徐々に前進しダークに近付いていく。
「ダークさん。修行の成果、見ていて下さい。」
「あぁ、見ているさ。零、分かっているな?」
ダークは起き上がり、右拳をしっかりと握りしめ、構えた。
零も同じく右拳を構えて、ダークを見据える。
『磨閃一閃突き!』
(…………………………。)
ダークの右腕が全て吹き飛び、出血多量によりその生命に、静かに終止符を打った。
「ダークさん、俺は、やっとあなたを越えたでしょうか?」
静かに眠るその優しい人からは、答えはいつまで経っても還ってこなかったが。
《私を許せ…………》
「ずっとあなたは、許して欲しかったんだ…………自分自身に…」
零は満面の笑みで眠る師匠の目をそっと伏せてやった。
養父よ、養母よ、私はあなた達の教えに従って生と死の糸を紡いできたつもりだ。
人生とは不思議なものだな……人は何故必ず「死ぬ」というのに、そうまでして「生きよう」とするのだろうか?
親がいて、師がいて、友がいて、私がいる。
大人は子供の越えられるべき存在として常に頂点に立ち続ける。
子供は大人を越えるべき存在として常に追い続け求めている。
師は弟子を育て、弟子は師を越える。
そんな風に、人は成長していくのだろうか?
追い続け追い付き追い越し、追い抜いていく。
そして今度は若き芽を育む為、待ち続け成長を楽しんでいく。
私はこれまでに何を知り、何を学び、何を得たのか?
どれほど悪に染まっても、染めきれないものがある。
養父へ、養母へ、私を拾いあなた達は幸せでしたでしょうか?
少なくとも私は、「幸せだった」




