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Zero  作者: 山名シン
第4章
32/60

剣山カシラ

~修正中~

 剣山(けんざん)カシラ15歳、マリア14歳。

 龍牙(りゅうが)マシラ15歳。

 敵ながらに親友であった彼らが出会ったのは満月の夜。家をこっそりと抜け出し、月見をしていたある日だった。




 玄人山くろうとやまを少し越えた所に、剣山の武器庫(けん)物置小屋がある。今は使われていない廃屋に、カシラとマリアはよく忍び込んでは、夢を語っていた。

 深夜、皆が寝静まった頃にこっそりと抜け出し、ほんの2、3時間歩き彼らは週に1度、玄人山を登るのだ。父であるゲリラの目を盗んで出掛けるのは、とても興奮し楽しかった。

 カシラの語る夢を聞くのが、マリアのもう1つの楽しみでもあった。マリアは兄を深く尊敬していたし、カシラは妹を深く愛していた。それだけに、兄妹の絆は固く頑丈に結ばれている。


 今宵は満月だ。そして、この時期は超獣猪が冬眠しているから、襲われる事もない。冬の夜空に囲まれて、2人は永遠にも思える星を眺めていた。


 「俺は絶対に家を出ていく! もう仕来たりや掟に縛られて生きるのは嫌なんだ。剣山の跡も継ぐ気はねぇ。父は、俺の事をまるで理解していないのさ……俺は、あの満月のように自由に輝けるようになりたいなぁ……」

 カシラは掌を満月にかざし、掴む仕草をした。そうしてグッと拳に力を入れると言った。

 「マリア、俺が出ていく時、お前もついてきてくれるか?」

 カシラは妹の綺麗な顔を見て言った。

 たとえるなら……ユリの花。妹は、どこまでも純真で、しかしどこか威厳のある姿は、どんな御仁も魅了するのだが、誰も寄せ付けないような、力強さを醸し出していた。


 「また言っているわお兄様。私はいつでも、どこへでも、お兄様のもとを離れないと、先週も言った覚えがあるのですが?」

 白というのは、純真そのもの。初心の表れ。決して隙のない証。彼女はいつも、白を貴重とした服を着ていた。肩まである黒髪は、月の光に照らされ、蒼く聡明に煌めいていた。


 「……そうだったっけ? まぁいいさ、何度でも言うよ。俺はお前さえいてくれれば、それでいいんだ。

 もっと色んな所を見てみたい! 色んな事を学びたい! 色んな物を見つけたい!

 もっと、もっと、もっと………!」

 月を見ながら語る兄の顔は、輝いていた。マリアはそんな兄の顔を見るのもまた、楽しみの1つであったのだ。


 そう、もっと色んなモノを、カシラといっしょに……。










 ずっと剣山の敷居に囲まれて、適当な男に嫁ぎ適当な子供を産み育てるだけの人生なんてまっぴらだ。

そんな事をするぐらいなら、どんな境地に陥ったとしても、兄と、カシラと一緒に過ごせれば、どれ程幸せか。

たとえ、その事で死んだとしても本望だ。


カシラと一緒にいれるなら、一生子供を産めないとしても全く構わない。


それほど、兄を愛していた。

カシラもまた、妹マリアを愛していた。

しばらく、月見を楽しんでいると遠くで奇妙な唄が聞こえてきた。


《まだ小さな猫だった小さな小さなその猫はやがて獅子になり王となる生死を司る死神となってこの世に織り成す天へと変わるまだ小さな猫だった頃から天を架ける龍へ我らは龍に選ばれし爪人(つめびと)なり真の丘にて舞い降りる神を生涯護る我らは龍牙神の牙を持つ龍牙》


龍牙家の宗教の唄だろう。

その唄は、この月夜には相応しくないほどの野蛮な歌詞でカシラ達は逆に聞き入っていた。

歌声がする方へ赴こうとカシラが立ち上がり、マリアもそれについていく。

「誰だろうな。こんな夜中に大声で。面白い奴には違いない。」

カシラは少し楽しそうだ。

確実に敵である龍牙の者が潜んでいるが、いくら龍牙と言えどこんな夜中に家を出て良い筈がない。

それにこの辺は、剣山の領地だ。

簡単に入ってきていい場所ではない。

小山を降りていき、ナートゥーラシルウァの近くにある、武器庫兼物置小屋へと辿り着き、唄を歌っていた主を見た。


腕に龍の爪の入れ墨が彫ってあり、背丈はカシラと変わらないだろう。

龍牙家にしては、静かな雰囲気で先程の歌声の主とは思えぬほど痩せていた。

肩から腕を出し、秋風を受けながら深く深呼吸をして月を見ている。

男にしては髪が綺麗で風になびいて、端から見ればおなごのようにも見える。

濃い青色の服を着ていて月明かりが彼を照らすと、チラチラと青い肌のように見える。


「おい、ここで何してる?」

カシラが妹を一歩後ろへ下げ、訊いた。

だが、男は振り向かない

風が強くなってきた。

声が聞こえなかったのか、今度は声量を上げて言った。

「聞いているのか?ここで何している?」

すると、ゆっくりと振り返り男はカシラを見た。


男は、泣いていた。


無表情だったが、目から大粒の涙を流していたので、何か悲しい事でもあったのだろうと、それ以上何も聞く気はなくしばらく見つめ合うと、カシラはその場を立ち去ろうとした。

「すまない。迷惑だったか?弟が死んでしまったもので、唄を歌っていた。まだ3つにもならない小さな弟だが、立派に生きていたんだ。龍牙の家ではここまで大声で歌えないからな。危険を承知でここまで来たんだ。フフフ、でも迷惑だったようだね。君らは上の山でゆっくり月見をしていたのにね。本当にすまない。もう帰ろうとしていたんだ。もうここには来ない。それでは、失礼するよ。」

「………」

男がカシラを避けて、帰ろうとすると、後ろにいたマリアが我慢できず笑ってしまった。

「フフフ。可笑しい。何してるって訊いただけなのに、そんなにペラペラ喋るなんて。フフフ。」

「……マリア、いいじゃないかそれぐらい。こちらが聞く手間が省けたってもんだろう。色々話してくれる方が有難いじゃないか。……」

だが、カシラもマリアにつられて、ククク、と笑ってしまった。

男は顔を赤らめた。

こんな恥ずかしい思いをしたのは初めてだと言わんばかりに、赤くなった。

「ククク 、あぁ、いや、悪い悪い。笑って。弟さんに失礼だな。ククク。」

「フフフ。赤くなってる。可愛いですね。フフフ。」

男はしばらく顔を上げる事が出来なかった。


しばらくして、三人は、また小山へ登り、先程の岩場へ座り、共に月見をした。

今宵の満月は、これまで以上に綺麗な満月に思えた。

男はやはり、龍牙の者だったがもはや三人にとって家柄などどうでも良かった。


「宜しくな、マシラ!こっちは妹のマリアだ。ん?そう言えばお前ら、名前が似てるなぁ。クククこりゃいいぜ!くっついちまえよ?お前らさぁ。」

カシラの突拍子もない発言で、マリアとマシラはどちらも目を見る事が出来なかった。

二人とも顔を真っ赤に染めて、黙り混んでしまった。

「ククク………」

その中、カシラだけはずっとニヤニヤと笑っていた。

その日よりマシラと会う日は決まって満月の夜だった。

それまでの間は、カシラの目を盗んでマリアがマシラと出会っていた事は知っていた。

それを知りながら、毎月満月の夜にマリアを連れてあの廃屋へ行くのだ。

どうみても親密な関係のマリアとマシラを見ていて、カシラは徐々に距離を置き後ろで微笑んでいるだけにしていた。

(……いずれ、二人はかけおちするだろうな。マシラはいい奴だ、妹を任しても全く問題ない。そろそろ俺は邪魔物になるのかな?ククク。)

妹の目は、兄を尊敬し慕う目から、一人の男を愛する乙女の目に変わっていった。

マシラと喋る時、カシラには見せない笑顔で、声の調子を上げている妹を見て、やっと女の顔になったな、と微笑ましい気持ちになる。

妹がカシラを好きでいた事は知っている。

その為に、剣山の適当な男を選ばなかった理由も知っている。

この御時世、女は15になれば嫁の貰い手を探す。

その為に14までに花嫁になれるべく修行を積む。

そして、もう一つは、親の選んだ男に嫁ぐ事が決まっていた。

ほとんどの女は全ての人生を予め決められて産まれてくる、まだまだ身分が低いのだ。

しかし、15を過ぎても結婚しない女は厳しく問い詰められて無理矢理でも結婚させられる場合も少なくない。

あるいは餓えた男が、独り身の女を襲い、強姦し子を孕ませる事件もこの御時世では珍しくなかった。

それでもごく少数だが、好きな者同士で結ばれるカップルもまれにいる。

昔から幼馴染みだった者がお見合いで偶然出会う、というのもまた少なくなかったからだ。


だからこそ、家柄は違えど、妹マリアと親友マシラがくっつく事はこれほど微笑ましい事はないと考えていたのだ。


自分の事は棚に置き、好きな二人を結ばせたのだ。

二人が結ばれるのにそうそう時間はいらなかった。

しかし、家柄の問題はやはり深刻だった。

マシラの父メイソンは、龍牙家第11代目当主のガリラの側近だった。

ガリラは温厚な性格で、積極的に剣山と交流も深めようと熱心になっている。

それは、剣山の現当主剣山ゲリラと親友だというのもあったからだ。

だが、メイソンはガリラの思想に嫌悪を感じており、ちまたではいつクーデターが起きても不思議ではない程緊迫しきっていた。


数年後、マシラとマリアは結婚し龍牙へ嫁ぐ事を許されたらしい。

そうして子供二人産んだ。

初めは男の子。

二人目は女の子だ。

名前は、男の子が「大和(やまと)」、女の子が「飛鳥(あすか)」だ。

しかし、マシラとマリアが自分達の子供の顔を拝む日は無かった。

マシラの父メイソンによって、産んで直ぐに離別させられたからだ。

その後、半月もしない内にメイソンによって、マシラは殺されマリアは家を追い出され行方不明になってしまう。


カシラはまだその事を知らされていなかった。

いや、厳密には知っていた。

だが、決して二人に何が起きたとしても助けてはいけない、とそれを約束して父ゲリラやその他の者達の合意の元、妹のマリアをマシラに嫁がしたのだ。


「助けてくれ!カシラ!頼む!」

剣山の檻を抜けてカシラの寝室付近、裏庭にマシラの姿が見えた時、カシラは初めてその深刻な状況をしった。

この日は雲が濃く、月が全くない暗闇の夜だった。

「マリアを助けてくれ!お前の力が必要なんだ!だから!頼む!でないと殺されちまう!」

「………………帰ってくれ。」

「な、何故だ!カシラ!頼むお前だけが頼りなんだよ!」

カシラは顔を上げなかった。

友の言葉に耳を貸してはダメだとそれを破れば、[マリアを敵とみなし龍牙に戦を挑む]と脅されているからだ。

どうする事も出来なかった。


「だから、だからあれほど、三人で家を抜けて、小さいながらひっそりと暮らそうと言ったんだ。だが、その後は俺は邪魔者になる。それでいい。それで良かった。俺は、念願の自由の身だ。これほど幸せな事はない。妹は好きな人と結ばれて俺は夢を叶える事が出来る。その為に色んな敵が来るのなら、俺が二人を守ってやる。俺は強い。俺は誰にも負けない自信があったからこそ、二人を一生この身を賭けて守り抜く。そんな人生で良かったんだ。」


震えていた拳を俺に向けてくれたなら、幾分かは楽だったろう。

だが、マシラは俺を殴る事はしなかった。

だから俺が殴ってやった。

「マシラ!いいか!!俺はお前をもう親友とも何とも思っちゃいねぇ!だから帰れ!二度とその面を俺に見せるな!分かったか!」

言ってしまった。

俺は鬼のように怒っているつもりだったけど、マシラの奴には多分、泣いているようにしか見えなかっただろう。


(でも、それでもマリアとお前を敵として、戦に巻き込みたくなかったんだ。)


カシラには、マシラを殺せない。

マシラにも、カシラを殺せない。


俺たちはその夜、喧嘩別れをして、二度と会う事はなかった。

次にマシラに出会ったのは、無惨にも切り傷が彼を覆いもはや誰か分からないぐらいだった。

見せしめとして、龍牙は、いや父メイソンは、息子の死体をあちらこちらに見せ付けて回っていた。

完全に腐りきるまで、辺りを回ったあと、吐き捨てるように言っていた。

「こんな外道を世に貪らしてしまった不運。家を大切に想うなら、血を絶やしてはならない。こいつのようになりたくないならな。」


牛舎で引きずられるマシラの死体を見ながら、カシラは姿を眩ました。


カシラは、剣山家を出ていった。

消えた(マリア)を探す為に、カシラはまるで霊にとり憑かれるように歩いていた。


修行僧や、武装人、仙人と呼ばれる者に何人も出会った。

色んな事を訊いた。

色んな事を学んだ。

色んな事を見つけた。

色んな事を体験した。


その中で自分の哲学を信じ、己が「神官(サケルドース)」だと確信した。

探検家である、オーズ・ヒューズ夫妻に出逢ったのはそんなある冬の日だった。

そうして後に、世界最高の探検家として名前を轟かせる事になった。

それこそが、「神官(サケル)(ドーサー)え」だった。

~修正中~


-----------------------

世界最高峰探検家集団

【サケルドーサー《神官の考え》】


一年目

オーズ・ヒューズ夫妻(?歳)

カシラ(20歳)

プロセウス(19歳)

ドゥーコ=ブラーク(15歳)[養子]

~初期~


五年目

大和(9歳)

~中期~


七年目

メディス(20歳)

ヘラクレス(14歳)

~後期~


十年目

ナデシコ(5歳)

~解散~


~※~

八年目、カシラ(28歳)結婚

第一子「(ぜろ)」誕生

九年目、カシラ(29歳)

第二子「(つるぎ)」誕生



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