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Zero  作者: 山名シン
第3章
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神官の考え《サケルドーサー》

つるぎというのはその名の通り、鋭利な刃物の事を指す。しかし剣は、1つ1つ丹念に作られるものだ。つまり、全てに無駄がない、ということ。

 いいか、剣? お前は俺の息子だ。そして、最高の戦士だ!!」


 父から贈られた言葉で、唯一はっきりと覚えている事があった。

 カシラは、剣の事をいつも気にかけていた。


         * * *


 赤い灼熱の炎を纏い、太陽神ヘリオスのけんの力を引き出す事に成功したつるぎ

 彼は、兄とは違いあらゆる面で才能に満ち溢れていた。しかし、次男だというだけで、兄よりも強い剣が、剣山家の名を語れなかったのだ。それに怒り、絶望し、家を抜け出した。まだ、9歳の頃だった。

 雷の夜に出会った1人の医者、薬膳メディスのおかげで一命をとりとめ、デンとリンの兄妹と共に新たな人生を築いていた。


「いつか必ず、兄を討ち取りおれが剣山家の跡取りになってやる!」


 丹念に込められた願いは今、『始まりのタウン』で始まろうとしていた。


         * * *


 笠を被った40前後の男が、ある少年をみてニヤリと笑う。すると、背中にかけていた巨大な槍を手にし、少年の方へと駆けた。笠の影から顔ははっきりと見えないが、怪しく光る緑が、陽炎のように揺れる。

 男の槍は特別だ。柄がない。円錐形の尖った槍の中に取っ手があるからだ。生々しい傷跡の残る腕をちらつかせながら、腰を低く構え突進していく。


 剣は背後から押し寄せる殺気を感じ、咄嗟に太陽剣を引き抜き男に向けて抜刀した。

 ガギンッ! という鈍い音が響き、火花を散らす。男がフッと小さく笑った途端に、第2撃目が繰り出される。

 樹力を上げて、太陽剣を降り下ろす。男の槍により軽くあしらわれると、体勢を一瞬崩してしまった。剣はしかし、笠の男を決して見逃さない。男の槍が頭上から来るのを感じ、前方へ転がりそれを避ける。地面に罅が入り、土煙が散った。


「ははは。なかなかやるなぁ。じゃあ……」

 笠の男は、槍を持ち直し真っ直ぐに突いてくる。突くごとに威力を増していき、風が鳴るのが聞こえる。

 剣はその真っ直ぐに押し寄せる槍を防ぐのに、精一杯だった。なかなかの速さであり、真っ直ぐだけというのが逆に威圧感を覚え手が出ない。樹力で身体能力を向上させていても、徐々についていけなくなる。

 剣の後ろに、1羽の小鳥が舞い込んだ。

 ついに、完全に槍の速さに置いていかれた。だが、剣は目で追えていないが、体で反応し槍についていった。反射だ。自分の死を薄く感じているので、殺られまいと躍起になっているのだろう。

 体の赴くままに反応し、全ての槍を防いだ。


 しかし次の瞬間、男の槍は奇妙に遅く感じたのだ。剣は太陽剣を構えるも、その剣筋は既に貫いた後だった。

 後ろを飛んでいた1羽の小鳥が、羽根をばたつかせ突然に倒れ、痙攣を起こして地面に伏せてしまった。

 

         * * *


「あんた何者なんだ? 今のは一体?」

「わしか? プロセウス。槍使いだ!」


 プロセウスと名乗った男は笠を外し、槍をおさめた。

 40前後の男。腕には歴戦で培った生々しい傷跡の数々。逞しい肉体の持ち主だが、衣服はかなり高貴なものに見える。無精髭を生やしているが、それもまた味があって似合っている。

 背はかなり高いだろう。つるぎは見上げなければ男の顔を見ることが出来ない。


「にしても、ははは。こりゃまるでカシラさんそっくりだな。ほぉ……よくもまぁここまで似れるもんだ」

 そう言いながら、プロセウスは剣の顔をまじまじと見続けた。そして髭を1度なぞると、よし、と頷き場所を移そうと提案しだしたのだ。


 この世界では誰もが共通の概念を持っている。それは__


『強者に従うこと』


 特に争いの絶えないこの世界では、1度負けた相手は勝者の言うことを大小はあるが、必ず従わなければならないという考えがある。

 全タウンの共通のこの考え方が、後に創造を生み、想像を生んだとも言われている程だ。




「<キリョク>、<ジュリョク>、<タツキリョク>。樹力(きりょく)とは、主に3つに分けられる。己の持つ瞳の色に、そうだなぁ……薄い膜をはったように、樹力は緑色に輝き、その変化を見てとれる。

 そして、樹力の本髄は自然を操る事。自然というのは万物全てを指す。それは神の所業といっていい。だがな、それらは全て『人である限り』必然の事なんじゃよ」

 プロセウスは槍使いであり、世界中を旅して回る探検家でもあった。そして彼の本職は槍職人。全タウンにテントをはり、誰かが槍を買いたいと注文が入れば、急いで駆けつけその場で槍をつくる。そうやって暮らしをしている。


 ここはそんなプロセウスの商売どころでもある、第35『グングニルハウス』である。

 剣はいずれ来る戦いを、この<タウン>が出来るまでの歴史を聞いた。そして、より強くなるために修行をする事になる。

 だがその前に、樹力の使い方と、人々がどのように樹力を使ってきたのかを知る必要があるといい、槍の並ぶグングニルハウスの中で、ゆっくりと話を聞いているのだ。


「その辺は全部ダークに聞いた。だが基本ぐらいだ。もっと何かがあるのか? 樹力はそんなに奥が深いものなのか?」

 剣は壁に立てかけられている槍の数々を見ていった。商品であるために安易に触ってはいけないだろうが、プロセウスは別に気にしない風だ。

「まぁ、深いと言えばそうなのかもしれん。じゃあお前は、日々の暮らしの1つ1つが、深いものだと考えた事はあるか?」

「ん? いや、ないな」

「樹力もそうだ。万物の力を極自然に操るだけにすぎない。まぁいい。まだ2()()もある。今から話す内容をどこか、頭の片隅にでも置いておいてくれ」


         * * *


「あぁそういえばまだわしの事を話しておらなんだな。まぁ別にどうでもいいことだが、わしは『神官の考え(サケルドーサー)』だよ。

 お前の父カシラとはずっと飲み仲間でな、色んな話をしたもんよ。わしを含めて8人での旅は楽しかった。もう、あんな楽しかった日々は送れんのじゃろうが。アイツが死んでもうたからな」

 徐々に訛りが強くなるプロセウスを、剣は横目で捉えながら、父の事を考えていた。しかし、父との思い出はあまりにも少ない。だから、考えるのを止めた。


「さて、樹力の事じゃったな……よし、話そうか」




 まず、神と人のこれまでの関係についていうならば『境界線』がある。これを守る者には神から未来永劫の至福を得られるだろう。天界と下界の境界線は決して越えてはならない。つまり、人は神に逆らってはいけないのだ。

 これまで多くの神話で<創世記>と<新世紀>の逸話を聞かされてきた人々にとって、この境界線は極普通の事であり、それを問い詰める者など有り得ないことだ。

 しかし中にはこの神話を疑う人々も当然現れる。神プロメテウスが『神官』を作った時、1つだけ付け忘れた能力がある。


 それこそが『天敵』の存在である。


 何故天敵が必要なのか? その存在がいることによって、同じ種の考え方を統一させる事が出来るからだ。多くの物事を考えるのは神々だけでいい、それが神の考え方であり絶対的理念であった。

 人間に天敵がいない、と言うことは神をも恐れぬ強い力を持てる、ということ。天敵の必要性はお互いにお互いを引き寄せ、互いの境界線を無くすことが出来るからだ。そうしていがみ合い、戦っている所へ神が現れる。するとその争いは止まる。そして、神の威厳が保たれる。

 大雑把にいえば、これらが神の当初の狙いである。

 



 人々が暮らしの中で得た能力があった。これが後に『樹力きりょく』と呼ばれるようになり、万物の神々の力を操るきっかけとなった。

 神に祈り忠誠を誓う事で得られる樹力を用い、人々は()()()()()をしてきた。


 樹力の本髄は自然を操ること。しかし、それは戦いの為のすべであり、暮らしで使うことはまた別だ。

 『生活』に使う樹力の事を【樹生(きしょう)】といい、『戦闘』に使う樹力の事を【樹災(きさい)】という。


 樹生は樹力から生命いのちを貰うこと。

 樹災は樹力から災害さいがいを与えること。


 人々は遥か昔から樹力を使い、生活してきた。まだ言語も話せない頃から、岩を操り鋭利な刃物に変え獣の皮を剥ぎ、肉を食らう。

 木を操り、雨風を凌ぐ住みかを作り安住を営む。

 獣と違い毛がないので、体温を保つ為に服を着る。毛皮や虫の糸を操り寒さを凌ぐ。

 人間も生き物である以上子孫を残す必要がある。性をも樹力は操り子を育む為に用いられるのである。


 神への忠誠心が高ければ高いほど、自然は人に力を与えようとする。 

 同時に樹力は万物全てを操るので、神への忠誠心『(こう)』が強ければ樹力が自然を取り込む力も多くなる。

 <樹力(きりょく)><樹力(じゅりょく)><樹力(たつきりょく)>という3つに孝は反応し、人々に生命と災害を()()のだ。しかし皮肉なことに、これらの代わりに失うものが生命と災害であるから樹力はやはり神の所業である。


 人間が容易く扱っていい力ではないのだ。


 自然の力を樹力を通して【借りる】事で人間では到底不可能な力を得られる。

 そして借りたままの自然を己の生命を削る事で力を【返す】。こうして普通の人間に戻る。


 神とは、それを際限なく全てを扱える、いや、支配しているから神なのだ。


         * * *


 <<キーン>>


 グングニルハウスの外で、鉄の擦り合うような鈍い音が聞こえた。

「おっ? ちょうどいい時に来たのぉ」

 プロセウスは話を切り上げて、颯爽とテントの外へ出る。剣は1つ唾を飲み込み、冷や汗をかきながらついていった。


 剣はこの男を知っている。つい先日に負けた男だ。常に不敵な笑みを浮かべ、相手を嘲り楽しむその男の放つ鈍い音は、聴覚を潰してしまう。

「フフフ……」

 大和はプロセウスに向けてけんを振り落とした。だがこれは、先に見たプロセウスの技にそっくりだった。奇妙に遅い攻撃が飛んだと思いきや、それは既に攻撃が繰り出された後なのだ!

 剣が目にした光景は驚くべきものばかりだ。


「い、いつ槍を抜いたんだ……? それに大和も、何故あの速さについてこれる?」

 まるで雷と同じ。光が先に見え、音が後から続いているようだ。残像だろうか? それが衝突すると数秒後に音が続き、火花を散らすのだ。

 しかし、決着はすぐについた。突然大和の剣が宙に飛び、地面に刺さった。そしてプロセウスが鳩尾みぞおち、両肩を超高速の突きで貫いたのだ。

 が、大和には1つも傷はない。そして、小さく痙攣を起こして体が硬直してしまった。


「ふぅ……。全く。大和、お前は何も変わっていないな」

「フ、フフ……さ、流石プロセウスさんだ。全然敵わないや」


 プロセウスは槍をおさめ、大和の体を指で突いた。今度は両肩、鳩尾の順で軽く触れる。すると、大和はせきが切れたように、前のめりになりプロセウスの胸板に飛び付いた。

「ひっ! おっと、フフフ失礼」

「う~む……何もそこまで嫌がるもんかのぉ」

 剣は後ろから2人を見ていたが、まだ足が震えて何も出来ないでいた。

 しかしそんな剣を置いておいて、プロセウスと大和は大袈裟に笑った。


「いやぁ、久しぶりだなぁ大和! もう何年経つのか? 神孝ゴッズで呼ばれた時はもう、飛び上がるぐらい嬉しかった! もっと早く呼べばいいのになぁ」

「フフフ。まぁ色々とあったのさ。それよりプロセウスさん、全く衰えていない所を見るとやっぱりカシラさんの言い付けを守ってるんだね?」

「ん? あぁ、まぁな。で、わしを呼んだ訳は?まさか、それもカシラさんの命令か?」

「いや、違うよ。君を呼んだのは剣君を鍛えて欲しいと思ってね」

12/22(火)修正しました!

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