世界の人々の動向ー其の三ー
12/9(水)修正しました!!
鳥を、見ていた。1羽の大きな、大きな鳥を……。
僕はその鳥に向けて言ったんだ「そこは……そんなに気持ちいいのかい?」って。そしたら、まるで僕の気持ちを察したように、その鳥は、空を駆け抜けていった。
僕は、あの鳥のようになりたい、と強く願った。
* * *
『蜥蜴の戦い』、剣龍合戦の第2戦の名前は後にこう呼ばれるようになった。これの由来は、お互いの大将がいない事にある。
剣山家の当主剣山零と、龍牙家の当主龍牙大和のいないこの戦いは、互いの人員を無駄に減らすだけの、無意味な戦いに変わった。零が抜けて3週間と余日。同じく大和も、あの時零と戦い勝利した後、忽然と姿を消してしまったのだ。その後、一旦休戦になったのだが、幻獣による『サンタウン』と『アイスタウン』の崩壊をきっかけに、龍牙家がまた、動き出したのだ。
それを阻止するべく、疲弊している戦士を連れ、剣山家及び支配一族もこれに加算。先の龍谷林での剣龍合戦で、お互いの主力とも呼べる戦士が倒れてしまったのは、不幸中の幸いかもしれない。
しかし、それでも剣山と龍牙は長年戦ってきた好敵手。どんな状況に陥ろうとも、お互い一歩も後を引こうとはしないのである。
* * *
《一番下手な! ワースト! ワースト! ワースト!》
『風の村』第8集落にて生まれたこの少年は、風神の継承者である。最年少で風神様の力を手に入れた彼は、それを誇示しようとは思わなかった。むしろ、風神様の力を毛嫌いしていたのだ。
「いいか、ワスト。お前は必ず強く、逞しく、慎ましい青年になるんだ! お父さんがお前に、素晴らしい力を与えてやる。これで村の者から馬鹿にされることもないぞ? 喜べ、ワスト!」
ワストと呼ばれた少年は、父であるベストの顔をしっかりみて頷いた。だが、彼の目は……生気を失っているような眼差しをしていた。
* * *
腕に龍の爪の刺青をした男たちが、龍谷林を飛び回る。竹の反動を用いて速度をあげた、刃の一撃は龍の爪が襲っているようにも見える。白く光る雷が、猛威を振るう。
獣の遠吠えと共に、龍の鉤爪がワストを襲った!
しかし、ワストの目の前に現れた男は、煙を吹き出しながら、干からびてしまった。
ワストは咄嗟に風の力を使い、敵の体の水分を蒸発させ、身体中の穴という穴から風を吹き荒し、殺した。一撃。否、手は、出していない。『敵が、ワストを襲ったから、風が勝手にワストを守った』だけである。
「……また、やってしまった。ど、どうして、僕ばっかり!」
彼は戦いを好む性格ではない。しかし、この戦乱の世の中、戦わざるをえない状況はもはや、日常的にある。女子供は関係ない。
『戦える者が正義だ。そして、生き残った者が勝者だ』
この世界に絶望していた。戦い、戦い、戦い。どこにいても、何をしてても、己を鍛える為、そして守る為に戦いをしなければならない、この世界に。
「僕は、こんな力で、強く逞しく、慎ましい人になりたいわけじゃなかったのに。僕は、僕のやり方でゆっくりでもよかった。皆より、遅れていてもよかった。何でだよ……父さん」
* * *
蜥蜴の戦いは、互いの大将がいないまま始まり、激しさを増していく。被害はしかし、然程のものではなかった。多くの優秀な戦士達が倒れたいま、まともに戦える者はほとんどいないに等しかったからだ。
だが戦況が激しくなった理由は他にある。
『巨大竜巻』という大災害が突然、起こったのである。
龍谷林の奥、名もない丘の側で起きた巨大竜巻はありとあらゆる木々を吹き飛ばしていく。人も岩も大地も、全てを呑み込みさらに巨大化していくその巨大竜巻の正体は、『ワスト』だ。
* * *
2年前、ワストがまだ5つだった頃。ベスト一族の掟に従って、『ベストの契約』をした。
ベストの契約とは、ベスト一族の<唯一神>『ハイベスト』という神に忠誠を誓い、一生涯自身の名を『ベスト』にするという契約だ。これにより、ベスト一族は男も女も皆、『ベスト』という名前に統一されており、其々の微妙な発音の差を見抜いて、お互いを確認している。ちなみに、ベスト一族で間違って他人のベストさんを呼んだ事は1度もないらしい。
しかし、ワストはこの契約を拒み、ベスト一族では最低の位の名である『ワスト』の名を継いでしまったのである。
「一番下手なワースト」、彼をそう呼び苛める者がどれ程いたことか? 5歳のワストにとってこの記憶は、消し去りたい過去である。そして決して消えない傷であった。
ある日、ワストは風の村の若者達による強化訓練に参加していた。主な内容は風を操る事。風神様の力を借りて、風を操ることが出来るようになれば、風の戦士達と共に組手を交えて特訓する権利が得られる。
このように、風の村では幼い頃から戦いの為に、風神様を信仰し、風を操り誰でもいつでも、戦えるように日々、鍛えているのだ。
これは村の掟であり、今までこの掟を破ったものは、1人もいない。だがワストはこの掟を破り、自ら戦いを避けたのだ。
「なんで、こんな事をしなきゃいけないの? なんで戦わなきゃいけないの? 風神様は、僕たちを守ってくれるんじゃなかったの? ねぇ! 誰か教えてよ!」
この問いかけに、誰も、父親でさえ、答える者はいなかった。
「いいか、ワスト。男はな、強く生きねばならんのだ。ベスト一族の中でもお前は才能に恵まれている。風神の継承者なんて、そうとう才能がなければ得られない能力だ! ワスト、お前がベストの契約を拒んだ事は、父さんは何も気にしてはいない。だがな、強く逞しく、慎ましい男に、お前はなれると俺はそう、信じている」
父、ベストの口癖は、強く逞しく、慎ましい男になれ、だった。そんな父親の言葉に嫌気がさしていた。
『どうして強くならないといけないのか? どうしてそうまでして、強くいないとならないのか?』
具体的な事を、父の口から聞いた覚えはない。父親のベストは、ベスト一族の中では落ちこぼれと言われていた。だが、風神様の継承者になった途端、皆は手のひらを返したように、父の実力を認め始めたのだ。
仲間に認められている父の事を、ワストは吐き気がするほど嫌だと思っていた。そんな成り上がりで認められて、何が嬉しいのだろうか? ワストは父親の事を憎んでいたのだ。
5つの時に風神の継承者になってから、風の村の人々は、父と同じように手のひらを返して、ワストを認めだした。今のいままで、「一番下手なワースト」と蔑んでいたくせに、今頃謝られたところで、この怒りは鎮まることはない。
戦いを望まないワストと、戦いしか望んでいない村の人々と父親。そして、風神の力を得てしまった為に狙われる日々。
やりたくないのに、勝手に死んでいく敵。いつもワストには、戦いの醜さと、干からびた死体という惨い景色を見なければならなかった。
どれ程拒み、孤独に生きようとしても所詮子供の浅知恵では、生き残る手段も方法も知らない。
従わなければならない運命と、心の気持ちはどんどん離れていくばかり。
色んな葛藤に悩まされたワストは、1羽の大きな鳥に出会った。
* * *
巨大竜巻は勢いを増していき、ついには、龍谷林の全体を包み込むほどの、強烈な爆風に変わっていた。
数分後、ある1人の女の手により、巨大竜巻はおさまり剣龍合戦は終わりを迎えることになる。
その女の名は、『剣山マリア』。剣山カシラの、妹である。
結論からいえば、マリアは樹力硬直により、息絶えてしまった。
名もなき丘の上、竜巻を樹力で操り、ワストを抱き締める事で、止めることに成功した。しかし、竜巻を操るとは自然の力を【借りる】量が多すぎて、すぐにバテてしまう。
樹力を簡単に説明すれば、水をためる桶のようなものだ。1杯すくえば1杯分の水が。2杯すくえば2杯分の水を得られるように、樹力というのは自然から力を借りれば借りるほど、重くなる(この場合瞳の色が薄緑から濃緑になることで変化が分かる)。
「お兄様、マリアもすぐに、そちらへ行きたいと思います」
ただ一言、彼女は呟いた。そして、笑っていた、涙を、流しながら……。後に、この名もない丘は、こう呼ばれるようになる。
『輝きの丘』
竜巻が晴れて、丘の上の大樹は、太陽の光を浴びて、まるで神の御告げを伝えに来た、天使の輝きそのものだ。
--こうして、剣龍合戦第2戦『蜥蜴の戦い』は終結したのだった。
自然の森の奥にある、自然の社の中にはある男が無限地獄を味わっている。しかし、普通の人間には、その男の姿は見えない。
何故なら彼は、既に他界しているからだ。
自然の森をくぐり抜け、自然神のいる社へ入った1人の女性。彼女は世間から『神官の英雄』と呼ばれている。彼女は、その男の妹である。
樹力の使い手でいえば、兄である剣山カシラよりも劣るがしかし、並の使い手が何人束になろうと、決して彼女には敵わないだろう。
『全身発光』という、自然神の継承者でも出来ぬ技を彼女は悠々と使いこなすのだ。瞳の色が緑色に輝くだけでなく、全身が蛍の光のように、発光し、自然の力を並の100倍を操ることが出来る。
これは神官であるカシラも同じこと。だが、それでも、神には勝てなかったが。
「お兄様! いますか? 私です。マリアです!」
世界三大美女の一人、ヘレナに似ているとも噂されるほどの美貌の持ち主。マリアはカシラの刑罰を半分にする契約を、自然神と交わす為にここまで来たのだ。
そして、自然の神はこう仰った。
「ならば、救ってみせよ。何をとは言わぬ。それにみあうだけの何かを、救ってみせよ」
ただそれだけいうと、自然神は姿を消した。その後一瞬だけだが、兄の顔を見た。霧のようにぼやけていたが、彼女にははっきりとカシラの顔が見えたのだ。
「お兄様! 私です。マリアです! 私は生きていましたよ? ごめんなさい心配をかけてしまって。そして、私も近々そちらへ行きますから、待っていて下さいね?」
そうして、カシラは完全に消えた。兄の一瞬の温もりを感じた。相変わらず、笑顔の下手な人だと、思った。




