大和の考え。
11/25(水)修正しました!
今宵は満月を背景に、神話という肴と共に果実を頬張った。かつて、マルムという医者が独り占めした、禁断の果実を零達は口にしている。
『黄金の果実』『生命の果実』『森羅万象の果実』……そして『不老長寿の果実』と呼ばれたこれは、遥か昔に語り継がれた古の果実であった。
が、当然の如くこんなものを食したところで、不老長寿になれるはずがないのは<新世紀>に生きる人ならば承知の事だ。
雅王の戦士"獅子"のライアンから聞かされた、神話の事実とこれから戦うべき相手。そして、原始の人間『彦五十狭芹一族』と、原始の生物『雅王の戦士』の存在。
これらの事を聞いて、零は、今、何を思う?
父を殺され、己の非力を恨み旅にでた。そして、仇と戦い敗北し、自然神の継承者となった。さらに師匠の起こした事件をきっかけに、戦いは『始まりの大陸』へ。
白大樹に囲まれた石畳の上に草を敷き詰めて、寝袋代わりにして寝るも零は全く、寝付けなかった……。
* * *
《目覚めよ、雅王の戦士達よ。そして決起の時は来た。長きに渡り戦い抜いてきたお主らの力を、解き放とうではないか》
この声は零を除く、3人の雅王の戦士の夢の中に届いた声だ。
これより2週間後、最後の雅王の戦士を含めた4人の猛者が、幻の島に集結した。
* * *
『ウォールの尾』 ここはウォールタウンの南南東。元々龍の形をしていたらしく、その尻尾の部分をウォールの尾と呼んだのだ。そこに古くから住む一族がいた。とっくの昔に滅んだその一族は『創造の神』を信仰し全タウンに【想像】と【創造】の力を与えた。
この為に、風、雷、水、火という基本4大万物の力を自在に操る事が可能になった。
【ウォールで始まりウォールで終わる】
【世界の始まりはウォールに通ずる】
この2つの諺が全タウンに広まった敬意は数あれど、少なくとも彼らがいなければ、人間は非力なままだった。
『ウォールの尾』に住み着き全タウンの人間に想像と創造の力を与えた彼らの名は……ゲーラ一族。
創造の神と善神の2柱を信仰している彼らは、同時に世界中の神々をも創ったと言われている。
善の神と悪の神の2つを同時に扱っているというのは、いささか問題であり、神を重んじる<タウン>の人々にとって、それは異端であった。
人々に全てを与え続けてきたゲーラ一族は、そうやって『呪いの一族』として恐れられてきたのだ。
人は強い力を持った者を蔑み、妬み、恐れ、突き放す。そして野蛮な者を廃除しようと攻撃する。
この闇の力は強くなかなか消えてはくれない。
そうゲーラ一族は、約1億年前に生きた<創世記>の時代より、人々から侮蔑な態度をとられ、蔑視され、軽蔑され続けてきた。そして、ウォールの尾という隅っこに、追いやられたのだった。
しかし彼らはそれでも人々に全てを与え続けた。いずれその日が来る、その日を信じて。
善神【アフラマズダ】が、悪神【アーリマン】に勝ち、もう一度世界を太陽の光で包むその日まで……。
「--という話なんだけど理解出来たかな?」
龍牙大和は石牢の中にいる鬼伝龍鬼に言った。不敵な笑みを浮かべながら飄々と喋る大和の話を、龍鬼は親身に聞こうとしたが、鉄を擦り合わせたような、鈍い音に顔をしかめずにはいられず、まともに話を聞けなかった。
「はぁ……あぁ、分かった。なるほど。いい話をありがとう」
そう言うと龍鬼は、石牢の隙間から見える月の光を見つめたまま言った。
「出来ればその錆びた剣。おさめてから話してくれたらもっと感謝するんだがな」
皮肉混じりにそう言うと、大和は笑顔を見せるだけでいっこうに剣をおさめなかった。
<<キーン>>
大和は耳障りな音をものともせず、剣を振り回した。そして、地面に剣を押し付けると、グッ……と力を込めた。
小さな呻き声を出して気合いを入れると、なんと剣が地面に食い込んだのだ。ズンッと音を立てて罅が入る。鈍い音は益々威力を増して、それに比例するように地面はどんどん、罅割れていくのだった。
ちょうど、石牢の柵についていた地面が罅割れ、穴があいているようになった。
「フフフ……やっと成功した。さて、聞きたい事があるんだけど、君の角は本物かい?」
やっと剣をおさめた大和は、唐突に質問をする。
「聞けば君たち、鬼の血を引いてるっていうじゃないか。まぁなんで僕がここまで知ってるかって事は置いておいて。鬼の一族について聞きたいんだ。まぁ嫌だったら話さなくてもいいよ? それはさっき、彼と話し合って決めた事だからね」
しばらくの沈黙のあと、石牢の側にあった蝋燭の火が揺れた。隙間風が入り込んだからだ。今宵は満月、よく風が吹く。
「俺たちイナズマタウンの民は、約8分の1が鬼の血を引いている。物心つく前に普通は角を切り取るんだが、鬼伝一族だけは特別だ。
俺の一族は、鬼の血を絶やさないように、後世に伝える必要がある。俺たちを追い込んだ、桃の一族との戦いに備えてな。
そして、鬼の力は悪魔の力とも言われている。<創世記>の時代より前、混沌とした世界の中で生きていた生物がいた。
その生物こそが、冥界の民『悪魔』だ。俺たち鬼は、当時鬼ヶ島と呼ばれたイナズマタウンに住み、自由に暮らしていたんだ。悪魔の生活に嫌気がさして逃げたのさ、悪魔の群がる大陸からな……。それからヒールタウンが神官に制圧されて、冥界に掟が出来た。1000年に1度だけ、下界に上がってきても良い、という掟だ。
まぁ俺たち鬼には関係のない話だったんだが、やがて<創世記>が始まる約1億年前に、もう1人の神官--桃の一族--が鬼ヶ島にやって来た。そいつらが平和に暮らしていた鬼を殲滅したんだ。男も女も関係なくな。鬼ヶ島では、普通の人間も暮らしていたし、誰にも何にも危害は加えておらず、むしろ友好的に人間と接していたんだ。だがその神官は、生き残りの悪魔を--俺たち鬼を--滅ぼした。大陸ごとな」
* * *
《大和、お前は何故彼らにつく?》
《つく? あぁ、仲間にって事か。違うさ、僕は誰の下にもならない。僕はただ、歴史を知りたいだけさ。全ての》
「神考を使ってプロセウスさんを呼んでくれるかい? 合わせたい人物がいるんだ」
黒長髪で、白装束を身に纏った男は頷いた。そして彼は、懐に潜めた円形の物を取り出すと、真ん中を指で強く押した。
『神官』と書かれた金バッジに、男は心の中で呟いた。
(神官の考えの偉大なる槍使い『プロセウス』よ、我が同士のもとへと参られよ)
ある鍛治屋に作って貰った金バッジ。これを持っている者なら誰でも、念じるだけでこちらへ呼ぶ事が出来るという優れもの。
『神官』と書かれた金バッジは、神考と呼ばれこれは、世に名高い『神官の考え』の証なのだ。
「君をこのまま逃がすけど、僕もしばらく姿を消す。ブラークさん、後の事は君に任せるさ。それと龍鬼君、君は2度とこの地へ訪れない方がいいかもしれない。少なくとも、日蝕が来るまではね」
* * *
(フフフ……光を失っても面白いものは見れる。見えないものがあっても、見えてくるものがある。アミカス、君はいつも僕を見ていてくれたんだろう?)
「また、あの丘の上で、君と語らいたかった。今はもう叶わない夢だとしても、もう一度。君と2人で何も話さずに1日中……」
男達の怒号が聞こえる。
今、彼らは戦争中である。南に剣山家がいるならば、今度の相手は北にある。
竜虎相搏つの如く戦う彼らを止める術は、どちらかが折れる以外にないだろう。だが、宿敵同士の戦いである為、どちらも引くという事を知らない。
龍牙家と剣山家、この両家の争いが目立つが、実は、最も激しい戦いをしているのは剣山家との戦いではなかった。
龍牙家の北に位置する彼らの名は『彪爪家』 龍の牙が勝つか、彪の爪が勝つか、両者の争いはクール大陸中が注目する一大決戦であった。
『龍の牙が襲えば剣が鳴る』という剣龍合戦が歴史の表舞台に立つ公的な争いならば、彪爪家との戦いは歴史の裏舞台である。人知れず行われるこの戦いの名がある。
『龍彪大戦争』 どれ程争っても決着が着かない最高最大の戦い。それだけに、彼らが小競り合いとはいえ、小さな争いをするだけで周辺に住む諸一族は、どちらの下につくか、そしてどちらを攻めるべきかが決まる。
* * *
「おい! 大将! ここは俺に任せてお前はゆっくりしとけ馬鹿。連戦で疲れてんだろ?」
赤い馬に跨がり、軽い甲冑でかためた男は馬を止めた。
彼の口癖である「馬鹿」というのは、相手を気遣い信頼している証拠。そして大将に馴れ馴れしく話す男は親友であり幼馴染みでもある。だからこの様な口調が許される。
さらに彼の存在は、龍牙家には絶大なるものだ。龍牙家の騎馬隊長でもあり戦略家でもある。仲間からの信頼度も高く、誰にも気兼ねなく接せられるので悩み相談なども、彼がやっている。
「分かった。じゃあ任せるけど、アミカス、死ぬなよ? お前が死んだら僕は……」
「何言ってんだ馬鹿! 俺を誰だと思ってんだ。劉の蹄の称号を授かった英雄だぜ? まぁ心配すんな、お前は明後日に大事なもんがあんだろが。仕方ないから俺がお前に、ダサい冠かぶせて馬鹿にしてやるよ」
アミカスは大和の頭をポンポンと叩いて大袈裟に笑ってみせた。そして、突然に険しい表情になりつけ加えた。
「お前こそ死ぬなよ……?」
そう言うとアミカスは、満面の笑みを見せ、馬を蹴ると戦地へ駆けていった。大和は目が見えなかったが、親友の背中を見送って安堵した。
明後日、大和は龍牙家第12代目の就任式があるのだ。それに出席するのは、龍牙家の15人の隊長達。大和の祖父以来、当主のいなかった龍牙家にとって大和、は絶対になくしてはならない人物なのだ。だから、いくら宿敵の対決であろうと、大和だけは死なせる訳にはいかなった。
ちなみに劉の蹄というのは、1000年前に生きていた「劉」という男の名をとったものであり、龍牙家にとってはとても価値のある称号なのだ。これを手にした者は英雄扱いされる。
* * *
彪爪家との小競り合いの勝者は、龍牙家に軍配があがった。これにより、数多くの戦利品と名だたる一族を手下にする事が出来た。
勝利の余韻に浸っている間、大和はアミカスを探していた。しかし、いくら探しても彼の姿はない。
そして誰かが戦死者の報告をした。その中に、彼はいた。
「アミカスが……死んだ……?」
いくら戦いに勝利したとはいえ、争いである以上戦死者が出るのは仕方のないこと。
だが、そうとは分かっていても、大和はそれが真実であるとは信じられなかった。15歳の誕生日に彼と共に歳を取り、共に祝った。あの日がもう遠い過去の事だとは信じられなかった。
* * *
1ヶ月前、龍谷林にある小高い丘。特に名前はないが、ここから見える景色が好きで、大和は何かあればいつもこの丘に来ていた。そこで静かに15歳の誕生日を迎えていたのだ。
この丘に大きな木が1本だけ立っている。樹齢は分からないが、少なくとも1000年以上はある、巨大な木。その木にもたれ掛かり、空を見ていた。神官の考え時代に両目と左腕を失って以来、恐ろしい程の鍛練の末に、視覚以外の感覚器官が研ぎ澄まされ、匂いや音などで物事が分かるようになっていた。
「よぉ。またこんな所にいたのかお前は」
彼だけは気づかない。アミカスは足音を消せる術も持っている。それに今、仮に気づいたとしても、そっとしておいて欲しかった大和は、親友の言葉を無視した。
すると溜め息と共に、脇腹へ蹴りがきた。爪先で少し触れただけだが、大和は大袈裟に顔をしかめて言った。
「痛いなぁ、どうして君は僕を蹴るんだい?」
「お、やっと振り向いたな。よしよし。じゃあこれ食え、ほら。いいから食えよ」
渋々受け取ったパンを一口かじる。モチモチの食感が口の中に広がり、ほんのり温かかった。アミカスは大和の隣に座ると、木にもたれ掛かった。そして同じ景色を眺めると、深呼吸する。
「まぁ、何があったかなんて聞かねえけどな、そう1人で抱え込むんじゃねえよ。何の為に俺がついてると思ってんだ」
声を潜めていう親友の顔を横目で見ると、目頭が熱くなる。しかし、このまま熱いものが流れてしまえば、どれ程楽になるのだろう? という考えが頭をよぎり、大和はパンをもう一口食べた。
「そうだ! 大和! 本読むか? 頭畑英三郎って作者知ってるか? 俺の最高に尊敬する人でさ。50年もかけて作った『一つの欠片』って本が不朽の名作でよ……」
そうやってアミカスは延々と話し続けた。時折笑いを含ませて必死に彼の尊敬する人の事を語り尽くした。つられて笑う事もあったし、武勇伝などを聞かされて、鳥肌が立つ事もあった。
アミカスの話をずっと聞いていた。全てがくだらない話だったが、それでも楽しかった。
「フフフ……もう英三郎さんの話はいいよ」
「え? 何でだよ! まだまだあるぜ? そうだな、あれは英三郎さんが42歳の時に……」
軽く拳を握り、アミカスの肩を殴った。そして、2人で夕日を見ながら大袈裟に笑った。
いつまでも、いつまでも、2人で笑っていた。
今年は最高の誕生日だ。大和はこの時の思い出を一生涯大切にする事を誓った……。
* * *
第12代目当主就任後、大和はあの丘へ行き、木にもたれ掛かると、空を見上げた。
「俺はずっとお前を見てるからな……。フフフ。アミカス、君はいつも僕の事を見ていたんだな。どうしてそんな事までってことも全部君は知ってた。面白い奴だよまったく……」
瞑っていた目を開けると、太陽の光を感じた気がした。そして彼と共に語り合った光景が、目の前に見えた気がしたのだ。
「フフフ、不思議だね。僕はもう、目を閉じたと言うのに、君はまだ、僕に光を見せようとするんだね? なぁ、アミカス。
君は本当にいい奴だった。ありがとう。そして、さようなら。大好きだよ……僕の唯一の親友」




