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Zero  作者: 山名シン
第3章
19/60

大和の考え。

11/25(水)修正しました!

 今宵は満月を背景に、神話というさかなと共に果実を頬張った。かつて、マルムという医者が独り占めした、禁断の果実を零達は口にしている。

『黄金の果実』『生命の果実』『森羅万象の果実』……そして『不老長寿の果実』と呼ばれたこれは、遥か昔に語り継がれた(いにしえ)の果実であった。

 が、当然の如くこんなものを食したところで、不老長寿になれるはずがないのは<新世紀>に生きる人ならば承知の事だ。


 雅王の戦士(がおうのせんし)"獅子(しし)"のライアンから聞かされた、神話の事実とこれから戦うべき相手。そして、原始の人間『彦五十狭芹ひこいさせり一族』と、原始の生物『雅王の戦士』の存在。




 これらの事を聞いて、零は、今、何を思う?




 父を殺され、己の非力をうらみ旅にでた。そして、かたきと戦い敗北し、自然神の継承者となった。さらに師匠の起こした事件をきっかけに、戦いは『始まりの大陸(タウン)』へ。


 白大樹に囲まれた石畳の上に草を敷き詰めて、寝袋代わりにして寝るも零は全く、寝付けなかった……。


         * * *


 《目覚めよ、雅王の戦士達よ。そして決起の時は来た。長きに渡り戦い抜いてきたお主らの力を、解き放とうではないか》

この声は零を除く、3人の雅王の戦士の夢の中に届いた声だ。


 これより2週間後、最後の雅王の戦士を含めた4人の猛者もさが、幻の島に集結した。


         * * * 


 『ウォールの尾』 ここはウォールタウンの南南東。元々龍の形をしていたらしく、その尻尾の部分をウォールの尾と呼んだのだ。そこに古くから住む一族がいた。とっくの昔に滅んだその一族は『創造の神』を信仰し全タウンに【想像(イメージ)】と【創造(クリエイト)】の力を与えた。

 この為に、風、雷、水、火という基本4大万物の力を自在に操る事が可能になった。


 【ウォールで始まりウォールで終わる】

 【世界の始まりはウォールに通ずる】


 この2つのことわざが全タウンに広まった敬意は数あれど、少なくとも彼らがいなければ、人間は非力なままだった。

 『ウォールの尾』に住み着き全タウンの人間に想像と創造の力を与えた彼らの名は……ゲーラ一族。


 創造の神と善神の2ちゅうを信仰している彼らは、同時に世界中の神々をも創ったと言われている。

 善の神と悪の神の2つを同時に扱っているというのは、いささか問題であり、神を重んじる<タウン>の人々にとって、それは異端であった。

 人々に全てを与え続けてきたゲーラ一族は、そうやって『呪いの一族』として恐れられてきたのだ。


 人は強い力を持った者をさげすみ、ねたみ、おそれ、突き放す。そして野蛮な者を廃除はいじょしようと攻撃する。

 この闇の力は強くなかなか消えてはくれない。

 そうゲーラ一族は、約1億年前に生きた<創世記>の時代より、人々から侮蔑な(ぶべつ)態度をとられ、蔑視(べっし)され、軽蔑(けいべつ)され続けてきた。そして、ウォールの尾という隅っこに、追いやられたのだった。

 しかし彼らはそれでも人々に全てを与え続けた。いずれ()()()が来る、その日を信じて。


 善神【アフラマズダ】が、悪神【アーリマン】に勝ち、もう一度世界を太陽の光で包むその日まで……。




 「--という話なんだけど理解出来たかな?」

 龍牙大和(りゅうがやまと)は石牢の中にいる鬼伝龍鬼(きでんりゅうき)に言った。不敵な笑みを浮かべながら飄々(ひょうひょう)と喋る大和の話を、龍鬼は親身に聞こうとしたが、鉄をこすり合わせたような、鈍い音に顔をしかめずにはいられず、まともに話を聞けなかった。


 「はぁ……あぁ、分かった。なるほど。いい話をありがとう」

 そう言うと龍鬼は、石牢の隙間から見える月の光を見つめたまま言った。

 「出来ればその錆びた剣。おさめてから話してくれたらもっと感謝するんだがな」

 皮肉混じりにそう言うと、大和は笑顔を見せるだけでいっこうに剣をおさめなかった。


 <<キーン>>


 大和は耳障りな音をものともせず、剣を振り回した。そして、地面に剣を押し付けると、グッ……と力を込めた。

 小さな呻き声を出して気合いを入れると、なんと剣が地面に食い込んだのだ。ズンッと音を立ててひびが入る。鈍い音は益々威力を増して、それに比例するように地面はどんどん、罅割れていくのだった。


 ちょうど、石牢のさくについていた地面が罅割れ、穴があいているようになった。


 「フフフ……やっと成功した。さて、聞きたい事があるんだけど、君の角は本物かい?」

 やっと剣をおさめた大和は、唐突に質問をする。

 「聞けば()()()、鬼の血を引いてるっていうじゃないか。まぁなんで僕がここまで知ってるかって事は置いておいて。鬼の一族について聞きたいんだ。まぁ嫌だったら話さなくてもいいよ? それはさっき、()と話し合って決めた事だからね」


 しばらくの沈黙のあと、石牢の側にあった蝋燭ろうそくの火が揺れた。隙間風が入り込んだからだ。今宵は満月、よく風が吹く。


 「俺たちイナズマタウンの民は、約8分の1が鬼の血を引いている。物心つく前に普通は角を切り取るんだが、鬼伝一族だけは特別だ。

 俺の一族は、鬼の血を絶やさないように、後世に伝える必要がある。俺たちを追い込んだ、桃の一族との戦いに備えてな。

 そして、鬼の力は悪魔の力とも言われている。<創世記>の時代より前、混沌とした世界の中で生きていた生物がいた。

 その生物こそが、冥界の民『悪魔』だ。俺たち鬼は、当時鬼ヶ島と呼ばれたイナズマタウンに住み、自由に暮らしていたんだ。悪魔の生活に嫌気がさして逃げたのさ、悪魔の群がる大陸(ヒールタウン)からな……。それからヒールタウンが神官(サケルドース)に制圧されて、冥界に掟が出来た。1000年に1度だけ、下界に上がってきても良い、という掟だ。

 まぁ俺たち鬼には関係のない話だったんだが、やがて<創世記>が始まる約1億年前に、もう1人の神官--桃の一族--が鬼ヶ島にやって来た。そいつらが平和に暮らしていた鬼を殲滅せんめつしたんだ。男も女も関係なくな。鬼ヶ島では、普通の人間も暮らしていたし、誰にも何にも危害は加えておらず、むしろ友好的に人間と接していたんだ。だがその神官は、生き残りの悪魔を--俺たち鬼を--滅ぼした。()()()()な」


         * * *


 《大和、お前は何故彼らにつく?》

 《つく? あぁ、仲間にって事か。違うさ、僕は誰の下にもならない。僕はただ、歴史を知りたいだけさ。全ての》


 「神考(ゴッズ)を使ってプロセウスさんを呼んでくれるかい? 合わせたい人物がいるんだ」

 黒長髪で、白装束を身に纏った男は頷いた。そして彼は、懐に潜めた円形の物を取り出すと、真ん中を指で強く押した。

 『神官』と書かれた金バッジに、男は心の中で呟いた。


 (神官の考え(サケルドーサー)の偉大なる槍使い『プロセウス』よ、我が同士のもとへと参られよ)

 ある鍛治屋(かじや)に作って貰った金バッジ。これを持っている者なら誰でも、念じるだけでこちらへ呼ぶ事が出来るという優れもの。

 『神官』と書かれた金バッジは、神考と呼ばれこれは、世に名高い『神官の考え(サケルドーサー)』のあかしなのだ。



 

 「君をこのまま逃がすけど、僕もしばらく姿を消す。ブラークさん、後の事は君に任せるさ。それと龍鬼君、君は2度とこの地へ訪れない方がいいかもしれない。少なくとも、()()が来るまではね」


         * * *


 (フフフ……光を失っても面白いものは見れる。見えないものがあっても、見えてくるものがある。アミカス、君はいつも僕を見ていてくれたんだろう?)


 「また、あの丘の上で、君と語らいたかった。今はもう叶わない夢だとしても、もう一度。君と2人で何も話さずに1日中……」


 男達の怒号が聞こえる。

 今、彼らは戦争中である。南に剣山家がいるならば、今度の相手は北にある。

 竜虎相搏(りゅこあいう)つの如く戦う彼らを止める術は、どちらかが折れる以外にないだろう。だが、宿敵同士の戦いである為、どちらも引くという事を知らない。


 龍牙家と剣山家、この両家の争いが目立つが、実は、最も激しい戦いをしているのは剣山家との戦いではなかった。

 龍牙家の北に位置する彼らの名は『彪爪(とらづめ)家』 龍の牙が勝つか、彪の爪が勝つか、両者の争いはクール大陸タウン中が注目する一大決戦であった。


 『龍の牙が襲えば剣が鳴る』という剣龍合戦が歴史の表舞台に立つ公的な争いならば、彪爪家との戦いは歴史の裏舞台である。人知れず行われるこの戦いの名がある。

 『龍彪大戦争(りゅうこだいせんそう)』 どれ程争っても決着が着かない最高最大の戦い。それだけに、彼らが小競り合いとはいえ、小さな争いをするだけで周辺に住む諸一族は、どちらの下につくか、そしてどちらを攻めるべきかが決まる。


         * * *


 「おい! 大将! ここは俺に任せてお前はゆっくりしとけ馬鹿。連戦で疲れてんだろ?」

 赤い馬(カンケツ)またがり、軽い甲冑でかためた男は馬を止めた。


 彼の口癖である「馬鹿」というのは、相手を気遣い信頼している証拠。そして大将に馴れ馴れしく話す男は親友であり幼馴染みでもある。だからこの様な口調が許される。

 さらに彼の存在は、龍牙家には絶大なるものだ。龍牙家の騎馬隊長でもあり戦略家でもある。仲間からの信頼度も高く、誰にも気兼ねなく接せられるので悩み相談なども、彼がやっている。


 「分かった。じゃあ任せるけど、アミカス、死ぬなよ? お前が死んだら僕は……」

 「何言ってんだ馬鹿! 俺を誰だと思ってんだ。劉の蹄(りゅうのひずめ)の称号を授かった英雄だぜ? まぁ心配すんな、お前は明後日に大事なもんがあんだろが。仕方ないから俺がお前に、ダサい冠かぶせて馬鹿にしてやるよ」

 アミカスは大和の頭をポンポンと叩いて大袈裟に笑ってみせた。そして、突然に険しい表情になりつけ加えた。

 「お前こそ死ぬなよ……?」

 そう言うとアミカスは、満面の笑みを見せ、馬を蹴ると戦地へ駆けていった。大和は目が見えなかったが、親友の背中を見送って安堵した。


 明後日、大和は龍牙家第12代目の就任式があるのだ。それに出席するのは、龍牙家の15人の隊長達。大和の祖父以来、当主のいなかった龍牙家にとって大和、は絶対になくしてはならない人物なのだ。だから、いくら宿敵の対決であろうと、大和だけは死なせる訳にはいかなった。

 ちなみに劉の蹄というのは、1000年前に生きていた「りゅう」という男の名をとったものであり、龍牙家にとってはとても価値のある称号なのだ。これを手にした者は英雄扱いされる。


         * * *


 彪爪家との小競り合いの勝者は、龍牙家に軍配があがった。これにより、数多くの戦利品と名だたる一族を手下にする事が出来た。

 勝利の余韻に浸っている間、大和はアミカスを探していた。しかし、いくら探しても彼の姿はない。

 そして誰かが戦死者の報告をした。その中に、彼はいた。

 



 「アミカスが……死んだ……?」




 いくら戦いに勝利したとはいえ、争いである以上戦死者が出るのは仕方のないこと。

 だが、そうとは分かっていても、大和はそれが真実であるとは信じられなかった。15歳の誕生日に彼と共に歳を取り、共に祝った。あの日がもう遠い過去の事だとは信じられなかった。


         * * *


 1ヶ月前、龍谷林にある小高い丘。特に名前はないが、ここから見える景色が好きで、大和は何かあればいつもこの丘に来ていた。そこで静かに15歳の誕生日を迎えていたのだ。

 この丘に大きな木が1本だけ立っている。樹齢は分からないが、少なくとも1000年以上はある、巨大な木。その木にもたれ掛かり、空を見ていた。神官の考え(サケルドーサー)時代に両目と左腕を失って以来、恐ろしい程の鍛練の末に、視覚以外の感覚器官が研ぎ澄まされ、匂いや音などで物事が分かるようになっていた。


 「よぉ。またこんな所にいたのかお前は」

 彼だけは気づかない。アミカスは足音を消せる術も持っている。それに今、仮に気づいたとしても、そっとしておいて欲しかった大和は、親友の言葉を無視した。


 すると溜め息と共に、脇腹へ蹴りがきた。爪先で少し触れただけだが、大和は大袈裟に顔をしかめて言った。


 「痛いなぁ、どうして君は僕を蹴るんだい?」

 「お、やっと振り向いたな。よしよし。じゃあこれ食え、ほら。いいから食えよ」


 渋々受け取ったパンを一口かじる。モチモチの食感が口の中に広がり、ほんのり温かかった。アミカスは大和の隣に座ると、木にもたれ掛かった。そして同じ景色を眺めると、深呼吸する。

 「まぁ、何があったかなんて聞かねえけどな、そう1人で抱え込むんじゃねえよ。何の為に俺がついてると思ってんだ」

 声を潜めていう親友の顔を横目で見ると、目頭が熱くなる。しかし、このまま熱いものが流れてしまえば、どれ程楽になるのだろう? という考えが頭をよぎり、大和はパンをもう一口食べた。


 「そうだ! 大和! 本読むか? 頭畑(とうはた)英三郎(えいざぶろう)って作者知ってるか? 俺の最高に尊敬する人でさ。50年もかけて作った『一つの欠片』って本が不朽の名作でよ……」

 そうやってアミカスは延々と話し続けた。時折笑いを含ませて必死に彼の尊敬する人の事を語り尽くした。つられて笑う事もあったし、武勇伝などを聞かされて、鳥肌が立つ事もあった。

 アミカスの話をずっと聞いていた。全てがくだらない話だったが、それでも楽しかった。


 「フフフ……もう英三郎さんの話はいいよ」

 「え? 何でだよ! まだまだあるぜ? そうだな、あれは英三郎さんが42歳の時に……」


 軽く拳を握り、アミカスの肩を殴った。そして、2人で夕日を見ながら大袈裟に笑った。

 いつまでも、いつまでも、2人で笑っていた。

 今年は最高の誕生日だ。大和はこの時の思い出を一生涯大切にする事を誓った……。


         * * *


 第12代目当主就任後、大和はあの丘へ行き、木にもたれ掛かると、空を見上げた。


 「俺はずっとお前を見てるからな……。フフフ。アミカス、君はいつも僕の事を見ていたんだな。どうしてそんな事までってことも全部君は知ってた。面白い奴だよまったく……」

 瞑っていた目を開けると、太陽の光を感じた気がした。そして彼と共に語り合った光景が、目の前に見えた気がしたのだ。


 「フフフ、不思議だね。僕はもう、目を閉じたと言うのに、()()()()、僕に光を見せようとするんだね? なぁ、アミカス。

 君は本当にいい奴だった。ありがとう。そして、さようなら。大好きだよ……僕の唯一の親友」

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