雅王の戦士《ビースト》
ある夢を見ていた。天使が、空を悠々と飛んでいる夢だ。満月を背景に、満点の星空を眺めながら飛んでいた。その天使はどこまでも、いつまでも空を飛び、ついに、天界へと辿り着いたのだ。
零はほんの一瞬だが、天界を見た。翼の生えた馬に跨がり、空が見えなくなるまで飛ぶ。そして、真っ暗な闇と無限に続く星を横切り、さらに上昇していく。
「光が見えてきた……」
* * *
1本1本が大木で、樹齢は何百年何千年を優に越えるだろう。空は雲1つない快晴だが、辺りは霧だろうか? 白い靄がかかっており、視界が遮られている。
ここは幻の島。あらゆる生き物が死後に行き着く場所。埋葬されて骨になった生き物が、いつの間にかこの島に流れ着くのである。死者の魂もここにはやって来る。この世とあの世の境目の島であり、普段はその姿は見せないでいる。
『ビーストタウン』この島の名前だ。
零、雷鬼、シーラの3人は『ウォールの尾』と呼ばれる場所から、鮫のような大男に襲われたが、そこに現れた『雅王の戦士"獅子"のライアン』によって間一髪で救われ、九死に一生を得ていた。
目が覚めた零は、巨大な大木を見ながら服についた灰を叩き落とした。そして、辺りを見回してみる。
犀、大鷲、麒麟等の到底共存出来ないような組み合わせの動物達。さらに神話やあらゆる逸話に出てくるような、ピクシー、ユニコーン、グリフォン等の精霊。もはや絶滅した生き物までいた。
これらに共通するものがある。それは、生き物達がみな、真っ白だということ。
全てが白で統一されている、ここの生き物達は、本来では有り得ないような、生き方をしており、そこには『天敵』は存在しない。
幻の島『ビーストタウン』
またの名を『自然の楽園』
この島で暮らす生物は皆、雅王の戦士と呼ばれている。
* * *
[目覚めたか? 最後の雅王戦士]
零は声のする方に--正確には頭の中に--目を向けた。まだ側で寝そべっている雷鬼とシーラをそっとしたまま、零は立ち上がった。目の前には白い大樹が4本、祭壇場のような石畳の角に立てられており、さらにその奥から--霧の中から--のそのそと現れたのは、白い毛並みの巨大な獅子。
零の頭の中に語りかけたその巨大な獅子は、先程鮫の大男から救ってくれた。
(名前は……ライアン。だったか……)
[その通りだ]
また頭に語りかけてきた。しかも今度は、零の心を読んで答えたのだ。彼の前では、偽りは効かないと悟った零は、目の前の獅子を黙って見つめた。
10mはあろう巨体を、白大樹に囲まれた石畳の上に乗せて、ゆっくりと伏せた。すると零の後ろで寝ている2人をチラリと見ると、側にピクシーが数匹やってきて、何やら白い光を当てると、数秒後に2人は目覚めたのだった。
「俺らは一体……ここはどこだ? へっ……てか、俺たちいつもどこか分かってねぇな」
雷鬼は、額の丸い骨をかいた。黄色い服がすっかり灰にまみれて汚れていた。シーラを見て、それから零を見て、そしてライアンを見た。
思わず立ち上がった雷鬼につられるように、シーラもまた立ち上がり、零の隣に立つ。
「雷鬼、だったな。俺たちは救われたんだ。この獅子様に」
零は雷鬼とシーラを交互に見ながら言った。
そして、これから3人にライアンから話があるというので、黙って聞いていて欲しいと言うと、もう少しライアンの側に近寄り座った。
[まず、お前達が何故奴等に連れ去られたのか、分かっておるかな?]
声を聞いた瞬間、雷鬼は飛び上がりそうなほど震えた。頭の中に突然声が届くのだ。当然である。シーラは驚くような素振りを見せずにただ黙っていた。
零が軽く横に首を降ると、ライアンは頷き続けた。
[神の継承者は龍神を含めて、6人いなければならない。そして、真の姿になるとき、つまり【大正義神アストライア】になる時、悪の権化と化した奴等は完全に、闇に消え失せる。脅威なのじゃ。奴等にとってお前達神の継承者は、闇を消せる力を持った光明なんじゃ]
その時、シーラが口を挟んだ。
「脅威? 俺が知ってるのは少し違うな。ライアン……でしたか? あなたの言う、奴等、とはカーラとマーラの事を指しているんだろうが、あの2人はさらなる創造神になる為に、継承者を集めていたと言っていた。
それに継承者は5人でいいはずだ。嘘を言っていないか?」
3人の中で1番年上のシーラは、少し声を荒げていった。
[そうか、お主はゲーラ一族だな……。もう奴等以外に生き残りはいないと思っておったのだが。だが、いいだろう。それも正しいからな。
いいか、良く聞け。光と闇は表裏一体。切っても切り離せぬものなんじゃ。
しかし、<創世記>の時代、善神と悪神の絶え間ない戦いによって、闇は完全に葬られたのだ。それ自体はどうやったのかは定かではないが、とにかく善神が勝利し、世界を光で満たす事に成功したんじゃよ。
じゃがな、ある時--全知全能の神によるあらゆる生物の【選別】--をきっかけに善神に迷いが生じた。それからだ、今の<新世紀>になった途端、善神の心の内に潜んでおった悪の心が爆発し、世界中に取り返しのつかないほどの闇が蔓延ってしまったのは……]
「その話と、俺の知ってる話とどう関係があるっていうんだ!」
しかし、シーラは薄々気付いていた。冷や汗をかきながら確認の為に訊いたのだ。--光と闇は表裏一体。つまり、光が闇を取り込むのか、闇が光を取り込むのか、そのどちらかの力が上回っていれば押さえ込む事が出来る。単純すぎる話だ。
[善神は、取り込んだのじゃよ……悪神を。己の心の内にな。
いつ、己の闇が爆発するか分からんかったのじゃが、それを誰にも悟られまいと振る舞っておった。
<創世記>の時代は1億年続いたからな、善神の苦しみは果てしないものだったに違いない。苦しみから解放されたととるならば、ゼウスの判断は、ある意味では正しかったと言える。
そして約2千年前に<新世紀>が始まり、善神は己1人で闇と戦う事を辞め、信頼の置けるものに託したのじゃよ。善神の"想い"を。
ゼウスの【選別】により選ばれた『下界』の民に桃の一族が、動物達に雅王の戦士が、それぞれに託された使命に従い、世界中に蔓延る闇と戦ったのじゃ。
善神が想いを託した相手に、当時雅王の戦士であった現在の龍神は、だから『正義神』とも言われておるのじゃよ]
* * *
静寂が彼らを包む。3人は驚いていたが、この話は似たような形で語り継がれてきた事だ。全タウンではこれらを『神話』という形で分かりやすく訳されたものを、物心ついた時から親や親族に聞かされるのだ。
【全ては、世界に光を捧げる為に。善神の"想い"を途絶えさせないように】
零たち神の継承者が必要な訳は、善神の想いを継いだ龍神へ、自然の神々の力を与えて、大正義神アストライアになる為だ。そして、奴等、つまりカーラとマーラが、零たちを欲していた訳は、悪神の想いを継いだ、さらなる創造神になる為だ。
彼らが戦う理由は、遥か昔から続く、光と闇の神の絶え間ない戦いに決着をつけなければならないからだ。
[それから、もう1つお前達に知って貰いたい事がある。これは特に、最後の雅王の戦士である剣山零、そして桃の一族の末裔である……今は雷伝と名乗っておったか、お前達2人にだ]
頭の中に流れるライアンの声のイメージは、零と雷鬼を緊張させる。
(最後の雅王の戦士……)
零は、夢で見た自分が天使になった事を思い出していた。それが何故かは分からぬが、それよりも、ライアンの言葉を最後まで聞く決意をした。
雷鬼は、自分の血筋の事をライアンに悟られていた事に、深く愕然としいて義兄の事を思う。
シーラは、今回の戦いの発端であるゲーラ一族の生き残りとして、最後まで話を聞く義務がある。
* * *
[まだ下界に人間がいなかった--創世記とも新世紀とも呼ばれなかった--時代、世界は混沌と化していた。天災という天災が荒れ狂いまさに最悪の時代だった。
そんな時、慈悲深き神によって神の姿に似た粘土を作り命を与えられた。
これが『神官』と呼ばれた、原始の人間。プロメテウスは神官に知恵と力を与えた。
そして、神官に下界の混沌を鎮めてくるように頼んだ。神官は、プロメテウスの想像以上の力を発揮し、荒れ狂っていた下界を、見事に鎮めてみせたのだ。
その事に目をつけたゼウスは、人間を作った。量産された人間は、始めは天界で過ごしていた。天界に住む生物は人間を祝福し、歓迎したのだ。
だがある日、事件が起こる。人間が1匹の猫を殺し、1頭の牛を食べたのだ。猫は当時の天界の生物の中で最も雅な生物であり、そして牛は神々がよく食事にする高尚な肉であったのだ。
これに神々は怒り《今すぐ人間を下界へ落とせ》とゼウスに意見する。しかしこれにプロメテウスと猫たちが反抗したのだ。《確かにこれの根本の原因は、ここにいるプロメテウスが神官を作ったからであるが、人間を増やしたのはゼウスである。それに人間はまだ作られたばかりで、天界の掟を知らないから、今回の件は見送りにするべきだ》と。
だが、ゼウスはそんな声を無視し、プロメテウスには刑罰を、ゼウスに反抗した猫たち--これが雅王の戦士の始まりだ--は天界から追放され、下界に落とされたのだった。
ゼウスはこれで反抗するものがいなくなった、と思い込んでいたのだが、1つだけ見落としていた事があった。
それこそが、後の桃の一族となる、『神官』の存在だったのだ]
ライアンはまたピクシーに目をやると、樹水という清涼水を持ってくるように指示を出した。ライアンはまだしも、零たちは頭の中に語りかけられるのに慣れていない為に、かなりの体力を消耗しているはずだ。それに何万、何億年分の情報を一気に聞かされているので、頭を整理する時間がいるだろう。
石のお椀に注がれた樹水を口にした3人は、大きく深呼吸した。
雷鬼は樹水を飲み干すと、立ち上がり、ライアンに向かい言った。
「……彦五十狭芹彦命……これが俺の--桃の一族の--祖先の始まり。つまり、天界から追放された神官が、後に彦五十狭芹一族を起こした、原始の人間だ。彼がいたからこそ<創世記>が始まり、俺たち人間がいる。そして彼は--俺はよく知らねえが、史上初の雅王の戦士だった……」
零は彦五十狭芹ときいて思い出した人物がいた。その人物はかつて零や剣の世話役だった、爺やこと『彦闘将』
彼は天賦の才の持ち主であり、剣龍合戦で他界したとはいえ、その実力はクールタウン全土に知れ渡る程だと、零は思い出したのだ。
「彦五十狭芹一族が、桃の一族と呼ばれるようになった訳は、彼らが羽織っていた上衣に桃の印があったからだ。桃の一族は、鬼と戦っていた。<創世記>には『鬼ヶ島』といわれたイナズマタウンを、大陸ごと破壊し現在の形にしたのは俺たちの祖先だ……。
それから度重なる戦いの果てに、桃の一族は雷伝一族と呼ばれ、鬼は人間と交じり合うようになってから、鬼伝一族と呼ばれるようになる。
雷を伝える者から雷伝に、鬼を伝える者から鬼伝になったのさ。
俺の義兄である龍鬼は鬼だ。角も生えている。あいつは……きっと、俺を恨んでいるはずだ……。なのにあいつは……俺を義弟だと呼んでくれたんだ……。
故郷と一族を崩壊させた、俺たち一族を……あいつは許してくれたんだ」
雷鬼は涙をすすりながら言った。ライアンの話を一番親身に聞いていた。そして、一族の因縁を一挙に背負ったような気持ちになっていたのだ。
複雑な出来事の連鎖に矛盾していく歴史の流れ。
どれ程真実を聞かされようと、そんなモノは所詮、『神話』の出来事を、詳しく述べただけだ。
「俺は龍鬼を救いたい……あいつのおかげで、俺は生きていられる。あいつはまだ、向こうに残ったままだ。ライアンさん……あんた雅王の戦士なんだろ? どうにかしてあいつを助けてくれねぇか?」
雷鬼の悲しい声が、いつの間にか暗くなっていたビーストタウンに響き渡る。
今宵は、満月だ……。
11/19(木)修正しました!




