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Zero  作者: 山名シン
第2章
16/60

龍神山の出逢い―其の二―

11/13(金)修正しました!

争いはいつも些細な事で起こりそして、どちらかが折れるまで続く。理由は幾つかあれど、それらの殆どは【後付け】であるのだ。

太陽はこの世の縮図を照らす光明。だが、それが意味する事がいつも、平和であるとは限らない。


*


「お"前"だ、何"じでだ? 随"分"待"っだぞ」

文字通り岩の形をした大男である、ゴーレムはガタガタと岩が揺れるような声で言った。

龍神山りゅうじんざんの麓に立ち、メドゥーサ達とマーラが来るのを待っていた。


「悪いがお前達、ここから先は俺1人で行く。メドゥーサ透蛇(とうじゃ)を用意出来るか?」

マーラは、何食わぬ顔をしたまま言った。

ヘカトンやゴーレムはここまで連れてきてあげた『お礼』を言って欲しくて、マーラの言動に目を背ける事が出来なかった。

「あぁ。いいさ。ただし約束しなよ? ()()()()って」


何故メドゥーサがこんな事をいうのか、その真意をマーラは詮索するつもりはなかったが、1つ首を縦に振ると、山を登り始めた。

何かあればすぐに悪魔がかけつけられるようにと、透蛇と呼ばれた透明な小さな蛇を、足首に巻き付けて……。


透蛇は体温を感知し、その者が今どのような状態に陥っているかを知らせてくれる伝令役のようなものだ。

そして、主であるメドゥーサに蛇にしか分からない伝達法でその詳細を伝えるのだ。


*


龍神山を見上げると所々に雲がかかっている。然程ゴツゴツとした山道もなく、特に険しい道程ではない。ただ高さが問題だった。

流石に『12の聖地(オム・バルフ)』と呼ばれているだけはあろう。龍神山は簡単に登頂出来るようにはなっていないらしい。

龍神山を登る事は、どんな登山家であっても、1世紀間に1、2人いたら多いほうだと言われている。

ほぼ1本道になっている為に、登山の専門知識が豊富でなくとも登れるはずなのだが、龍神山を登頂するのが難しい訳は他にあった。




雲間から覗く黒い影。蜥蜴とかげにしては大きく、大鳥おおとりにしては形が違いすぎる。

この世に存在する生き物でえてたとえるなら【獅子しし】に似ている。

その獅子が羽根をはばたかせながら、大きく息を吸い吐き出すと、渦巻いた炎を勢いよく噴きだした。

()特有の炎なのだろうか、通常の赤い炎ではなく、黒い。


マーラは、それを()()()()見届けると、素早く左に避けた。しかし、それだけでは地面から跳ねる炎を喰らうので、前に跳び転がるようにさらに避ける。

その間マーラは、一度も竜の炎を見逃さなかった。


マーラが避けた先に別の竜が、顔を見せていた。ギラギラと光る牙を見せつけ、よどんだ舌から唾を撒き散らすと、噛みついた。

雲が至る所から滲み出てきて、視界はかなり悪い。巨大な竜が目の前にいるのも気が付かなかった程である。いつのまに、これ程霧が深くなったのか分からない。


マーラは自分の体の2倍はあろう口の中に突っ込んでいった。そして、喰われてしまう刹那、竜の口から大爆発が起こったのだ。


ドォン! と轟音が鳴り響き牙がボロボロになり、口から煙を吐いて倒れている竜を、マーラの小さな足が踏みつけている。魚の死骸のように、ブニョッとした感触を足裏で感じながら、上に飛んでいるさっきの竜を目指し、飛んだ。


マーラの小さな体を包んでいる、灰色の布の服が風に揺れる。そこから見える黒い腕に、巻き付いているのは()()()【短剣】だった。それが腕の形に変形すると、拳を突き上げた。

竜は体勢を整え、また黒い炎をマーラに噴いた。


「過去に見たものは2度と通用しない」


紅色に染まった掌に、黒い炎が触れる寸前、それは()()()()()()()()しまった。

竜は奇妙なものでもみたように、一瞬体を震わせ目を細めた。

そして、マーラはぐんぐん上昇し、竜の首元を貫いた。


【磨閃一閃突き】


首を貫かれた竜は、体内にためていた第2撃目の炎が、出口を見失い暴発した。

マーラは爆発と爆風に揉まれながら、地面に叩きつけられるが何事もなかったように、上を目指し歩き始めたのだった。


*


(龍神山で、総督()は一体何をしたのだろうか? そしてその(あと)何食わぬ顔で戻ってきた父は、俺たちの顔を見て逝ってしまった……)

龍神山の頂上まで半分以上残っていた。その間も次々と竜は、()()()であるマーラを仕留めるべく、襲い掛かっていたが全て返り討ちにされたいた。


そして、上を目指せば目指すほど、龍神山で起こった彼の父『剣山総督』の事を想うばかりであった。

ここが父の最後の戦いであり、()との最後の別れを告げた場所らしい。


マーラは龍神に海の紋章の在処(ありか)をきくと共に、父の事もきいてみたいとも思っていた。

何せ1000年も昔の話。だが、あまりにもマーラは総督の事を知らなさすぎた。


頂上に着いたのは、登り始めて8時間経った頃だった。もうすぐ日が傾き、ぼんやりと夕焼けが見えていた。

頂上にしては平らな場所で、かなり広い。先程の竜が、300匹は余裕でおさまるほどだ。

麓からでは全く見えなかったが、『山』というには頂上は異様だったのだ。




中央から来る熱風は巨大な大穴から来ていた。その大穴には真ん中に足場がある。そして、穴の中はマグマがグツグツと煮えたぎっているのだ。

煙が立ち込め、まともに見ることは出来ないが、巨大な大穴の真ん中にある丸い足場は、マグマに突き刺さるようにして、岩が延びている。

大穴の真上の空は、ちょうど平行線を引いているように、丸い穴があった。

この大穴と同じように、空にも穴があいており、そこだけ雲がかかっていないのである。


その大穴の奥、蒼く輝く洞窟が見えた。この広い頂上の上、直感で分かる。龍神はあの洞窟にいる。


*


ここは12の聖地(オム・バルフ)の1つ、龍神山。あらゆる生物を癒す泉があるという『聖水(アムリダ)』が存在する。

龍の泉と呼ばれるこの洞窟内では、どれ程凶悪な者が立ち入っても、善の心を持って洗浄されるという伝説がある。

このように、12の聖地とは神が定めた神宝(しんぽう)を授かる大切な場所なのだ。

この場所を守る為、各聖地には番人が存在する。

今回でいうなら、『龍神』がそれに当たる。




マーラは龍の泉に入っていく。碧色の鉱石が洞窟の至る所で見える。その石が洞窟を蒼く照らしているのだ。

空気がすんでおり、深呼吸をするととても気持ちが良かった。ひんやりとしているが、それでも震える程の寒さではない。むしろこれぐらい冷えている方が心地いい。


《誰だ?》


声が聞こえた。

どこか憎悪に燃えるような声。怨念が渦巻いているような声だ。

続きが来ないのを確認すると、マーラは洞窟の奥へと歩く。

今の声は一体誰だったのか? しかし予想はついている。マーラは少し警戒を強めながら、前へと進んでいった。


しばらくすると、太陽の光が射し込んでいる大広間へと出てきた。

通路に水が溢れて線を通っている。無数の細い線に沿って綺麗な水が通った。水の先を眺めていくと、海のように広い泉が石に囲まれてわき出ていた。太陽の光が、泉の中にいる生物を照らし続けている。


マーラはその生物を知っている。

白い鱗に、白い羽根。獅子のような毛深い顔をしている。

もう老体なのだろう。瞳は白く濁っており、恐らく前はほとんど見えていない。

全身がボロボロの老龍。


名前は色々ある。

『白龍』『正義神』『怒りの象徴』『死神』等である。

だがそのどれもが、人々が勝手に名付けた呼称であり、その生物にはちゃんとした名前があるのだ。


《我が名は龍神(ヴリトラ)である。貴様ここへ何しに来た?》

暗い、とても暗い声をしていた。


マーラは、恐怖で思わず唾を飲み込み、ここへ何しに来たのかを忘れるほどだった。

薄く目を開けて、泉の水を少し口に含ませながら龍神が言った。

これ程冷たい瞳があるだろうか? 瞳を見た後で、悪事を働こうなどとは絶対に思えない。龍神の瞳はそれほどまでに、冷たく異常な殺気を滲ませていた。


「う、海の紋章を……、海の紋章の在処を教えてくれ……」

言った瞬間力が抜けた。肩で呼吸をしている。

額に汗が吹き出してくるを感じ、龍神を見つめていた。


《何故だ?》


「父の形見を集める為だ」

心臓が飛び出てきそうだった。それほど龍神と対面するのは骨がいる。早くここから立ち去りたい気持ちでいっぱいだったが、まだ答えを聞けていない。


《駄目だ……》


マーラの中で何かが音を立てて崩れていった。

駄目だ、と聞いた途端、今の緊張のせいなのか、怒りが爆発し気付いたら【短剣】を創造しており、巨大化した短剣が空を切り、龍神に襲い掛かっていたのだ。

通常の1本分の短剣ではない、その何十倍もあろう短剣が、5本はあった。


魔剣紅(まけんくれない)』この短剣の名だ。

マーラは紅に、自身の爆発の能力を加えて龍神に投げた。


「喰らえぇぇぇぇぇ!!」

怯え震える気持ちをどこかに、()()()()()()()()()気持ちをどこかにぶつけるべく、マーラは吠えた。


龍神はそれらを黒炎で軽くあしらい、炭に変えた。

そして、ボロボロな翼を泉の中で、目一杯に広げると、洞窟の外に飛んでいった。

衝撃で水飛沫が飛び交い、マーラの肌にびしびしと当たる。

それでもマーラの怒りは鎮まらない。


龍神が飛んだ先は、外だ。太陽の光を遮りながらマーラは紅を投げる。

そして、外に出た紅と洞窟にいるマーラの位置が()()()()()()




「言え! 教えろ! 言え! 教えろ! 言え!」

龍の泉の真上。紅を飛ばし、場所を入れ替わりながら龍神に近付く小さな少年。

彼は何と1000年も生きている。

しかし、1000年前に10歳という若さで時が止まってしまった彼はそれから『成長』していない。

ただ、ただ、父の帰りを、母の帰りを待っていた。

青い神に青い瞳、そして黒い肌。灰色に包まれた汚い布服を着ている。


龍神は旋回しながら、チラリと少年の顔を見るとさらに高く飛んでしまう。

紅と自分の位置を変えながら追いかける少年は、怒りに割れを忘れていた。

渦を巻くように、紅色の短剣が少年の全身を包んでいく。

そして、掌を下に向けて爆発を起こすと、衝撃で一気に龍神の足元に追い付いた。


マーラは龍神の足を掴むと、【磨閃一閃突き】を繰り出した。

が、一閃突きは『心技体』の全てが研ぎすまれて始めて技が完成する。

今の怒りに狂ったマーラでは磨閃一閃突きなど、成功しはしない。


マーラは振り落とされ、大地に叩き付けられた。

龍の泉の入り口へ。

後ろを見ると、あのマグマの見える巨大な大穴があり、熱風がマーラを襲う。


龍神が突進してきた。大きく息を吸い、噴き出したのは黒炎だ。

この黒炎は、龍神山を登る際に見た竜の黒炎とは、規模が違いすぎる。

あれを喰らえば神でさえ燃やし尽くされるだろう。


マーラは咄嗟に、魔剣紅をまばらに放ち、それぞれに入れ替わった。高速で紅と入れ替わるので、マーラが分身しているように見えるが、これは1つ1つの紅の位置とマーラを入れ替えているだけだ。

そして、黒炎を避けた。


だが、龍神の姿が見えない。

放った黒炎が、途切れる事なくマーラの隣を走り去り、上にいたはずの龍神が、マーラの真後ろにいたのだ。


つまり、龍神もまた、黒炎と入れ替わったのだ。


ドタドタと走る音がする。龍神の獅子のような短い足で、マーラに一直線に走る音だ。

マーラは瞬時に振り返ると、龍神の牙が空を切ったのが見えた。


*


マーラが目を覚ますと、そこに立っていたのはメドゥーサだった。

龍神山の樹海、獅子の森(ししのしん)の入り口に寝転がらされていた。


「……メドゥ……サ……。何が……あった……?」

マーラは朦朧とする意識の中で言った。

透蛇とうじゃ。お忘れですか? マーラ様が危険だと知らせてくれたので、私が急いで駆けつけました」

「……。すまない……。失敗した……」

「いえいえ。命があるだけ充分です。それと、もう話はつけておきましたから」


メドゥーサの言葉の意味が分からなかったが、助かった、とマーラは思い安堵した。

すっかり日も暮れて真夜中になっていたが、そんな事今はどうでもいい。

「メドゥーサ……お前は何故、ここまで俺に協力するのだ?」

自分から出てきた言葉に、驚いたのか、マーラは一瞬目を大きく開いた後に、ゆっくりと目を閉じた。

「あんたが、総督様の息子だからさ……」

メドゥーサは舌を蛇のようにしならせて答えた。


「但し、勘違いしないで下さい。私達はあんたの味方になった訳ではない。こうやって……いつでもあんたを()()()が出来るのを忘れないで下さい。()()()()……」

そう言うと、マーラの右側上半身をさすってみせた。

その時初めてマーラは気付いたのだ。


自分の右腕が龍神に喰われた事を。


今メドゥーサが触ったのは、蛇で出来た体だった。自在に身体を変身させる事が出来、そして、命を宿らせる事が出来る蛇『サマエル』をマーラの右側上半身にくっ付け、失った右腕を生き返らせたのだ。


メドゥーサ達悪魔は使える。だが、それ以上に彼らは『気まぐれ』で動いている為に、いつ裏切るか分からない。

マーラは龍神とは別の新たな恐怖を覚えながら、完全に眠りについてしまった。

「カーラ、マーラ。お前達はしっかり生きるんだ! 生きて母が愛したこの土地を守れよ? いいな? 約束だ」

父、剣山総督の最後の言葉。

そして彼は、双子(カーラとマーラ)を残して逝ってしまった……。

その時から、実に1000年もの間、彼らは生きた。

生きて生きて、生き続けた。

時は10で止まってしまったが、彼らは父の約束を守る為に、始まりの大陸タウン……『ウォールタウン』を守り続けたのだった。


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