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Zero  作者: 山名シン
第2章
15/60

龍神山の出逢い―其の一―

海の民(シーノビレス)であるヘラクレスの両親を探すべく、フレア達は空を飛んでいた。


ヒール大陸(タウン)からウォール大陸の旅路は過酷なようで容易であるが、普通は大陸間を渡るような真似は誰もしない。


フレアは火の力を借りてどんどん加速していく。

それよりもさらに速くヘラクレスは飛んでいた。彼は火や風の力も借りずに宙を自在に飛ぶのだが、それが何故なのかはフレアは聞かされていなかった。


ヒールタウンを出発し、5時間が経った頃にはフレアは体力がきれ、火が弱まり海へと落ちかけたが、ヘラクレスがギリギリで抱え、また飛び始めた。

ヘラクレスに抱えられて初めて分かったが、何か虫の羽音のような音が体から聴こえるのである。それが何なのかは分からなかったが、体力を使い果たしたフレアはヘラクレスの腕の中でゆっくりと眠りについた。




約2週間、ヘラクレスは休む事なく飛び続けようやくウォールタウンへと足を着けた。

と言っても、空を飛んでいる間は下は海。休める所などないのだが、ずっとフレアを抱えたまま飛び続けていたのだから、彼の体力は尋常ではない。


「ふぅ……いい湯だね。生き返るよ」

「いい湯だろう? 私が掘り起こしたんだからね。私だけの温泉さ」

ヘラクレスはウォールタウンの出身だ。

彼は14年前に育ての親が突然の病で亡くなった後、両親を探すのと平行して暮らしの全てを自分で築き上げたのだ。家も、田畑も、温泉も、全てヘラクレス1人で作り上げたのだ。


「そうだ、フレアさ、12の聖地(オム・バルフ)って知ってる?」

ヘラクレスの美しい容姿を、その女性にしか見えない容姿を見ないように、フレアは答えた。

「あ、あぁ。聞いた事あるよ……」

彼らだけの露天風呂。ウォールの空には常に満点の星空がうかんでいる。小鳥の鳴き声もコオロギの鳴き声も一切しないが、沸き出るお湯のコポコポとした音が耳に響いている。

「明日にでもさ、行ってみたいんだよね。場所は知ってるからどうかな?」

岩で囲まれた温泉、湯気が立ち込めて視界は少し狭くなっている。ヘラクレスは陽気に話していた。


「12の聖地の1つ、『龍神山』に行きたいな」

ヘラクレスは元々探検家というのもあってか、12の聖地は彼にとって永遠の憧れのような場所でもあるのだ。

そして翌日、両親探しを急いでする必要はない、と言ったヘラクレスはフレアを連れて龍神山へ向けて出発した。


*


マーラは龍神に海の紋章の在処(ありか)を聞くべく、悪魔を引き連れて、龍神山の手前、『獅子の森(ししのしん)』という樹海に来ていた。

そこで、ヘカトンという大男の能力を使って、樹海を探索し最短ルートを確保する。

岩男であるゴーレムは、地面に同化し既に龍神山の入り口まで辿り着いているが、地面を伝って道案内出来るほど器用ではないので、麓で待機という事になった。

そして、メドゥーサはマーラの護衛である。


(懐かしいわね、龍神)

そう、1000年前新たなサタンであった剣山総督に率いられて、ヒールタウンから遥々海を渡り、ウォールタウンまで行き着きそして、龍神山で戦った。

あの時は、龍神相手ではないけれど、あれよりも燃えるような戦いを経験した覚えはない。

それほど、魅力的かつ興奮させる人物もそうそういない。

メドゥーサは、舌でペロリと口を濡らすと彼の息子であるという、マーラを横目で見ていた。


*


「ヘ、ヘラクレス? 何してるの?」

獅子の森へ入り龍神山を目指す2人は、目の前の樹海に悪戦苦闘していた。

ヘラクレスは元々探検家。迷った時の対処法も心得ているが、今回の場合は違う。樹海の中で、少しだけ辺りが見張らせる広い場所があった。

そこでヘラクレスは立ち止まり、静止したのだ。

彼の後ろをべったりとついていた、フレアはその行動に驚き心配した様子を浮かべている。


「見つけた……」


フレアは背筋が凍るような寒気を突然に覚えた。ヘラクレスの声が、元々容姿に似合わない低いだったが、今の声は何というか、【悪魔】という単語が真っ先に頭をよぎり、恐怖を感じた。

前に立つ長身の女の顔を恐る恐る見てみると、そこには想像を絶する恐ろしい顔があった。


ヘラクレスの瞳が完全に消え失せ、空洞が出来ている。そして肌はガサガサになっており、口からは獣のような粘液がまとわりついていた。

肉食獣のような尖った歯をギラリと輝かせ、薄気味悪い笑顔を見せていたのだ。


フレアは手で口を押さえ、悲鳴をあげそうになるのを必死に抑えた。

全身が震えているのを感じているが、ヘラクレスはフレアに気付いていないので、悲鳴を出せば傷付けてしまうのではないか、と思った。


と、次の瞬間ヘラクレスの顔面がいつもの綺麗な女性の顔に戻った。

眼球も元の位置に戻り、肌のがさつきも、獣の歯も綺麗になった。

「フレア、ついておいで。道順、分かったからさ」

相変わらず容姿に似合わない低い声で、笑顔を浮かべてヘラクレスは言った。

が、フレアが怯えているのを見ると、あ、そうか、と何か気付いたような表情を浮かべ、付け加えた。


「ゴメンね。説明が遅れて、怖かったでしょ? でも大丈夫。意識はちゃんとあるし、フレアを襲ったりはしないから。私たち海の民(シーノビレス)は悪魔の血を引いているの」

海の民とは冥界からやってきた、いまだに身元不明の一族である。

物心ついた時から親に捨てられ、自力で生き延びねばならない運命を背負わされるのだ。


獅子の森の進みかたは色々あるけれど、一番一般的な方法は、『猫の声を聴くこと』である。

猫と言えども、猫科の動物の吠え声である。

その声を聴き逃すと永遠に、この深い樹海からは戻ってこられない程過酷な迷路であるのだ。

それに加えて、ヘラクレスが今行ったのは、直接自分の目を()()()隅々まで道を探し尽くしたあと、それに沿って歩いているので間違えようがないはずだった。


フレアはさっきの説明では納得がいかなかったが、それ以上突っ込む事はなく、黙ってヘラクレスの後ろをついていった。




四足歩行。1つ目。猿人類のような格好をした1m程の小さな生き物がヘラクレス達の前に現れた。

「お前、だれ、俺、ここ、通る、邪魔」

その生き物は片言の言葉で喋っているが声が低くこもっているので、いまいち聞き取りずらかった。


「誰? 別に通りたきゃどうぞ。こっちは入り口に繋がってるわよ」

ヘラクレスが手で道を示すが、その生き物は突然飛び掛かってきた。

顔の半分以上が目玉の猿のような化け物が、突っ込んでくるのをヘラクレスは軽くかわす。

そして、()()()になった。


猿のうなじへ()()()が現れ、喰らう。

ブチッと肉がちぎれる音と共にその口は消えた。

すると、ヘラクレスの口元に猿の肉片と共に口が残像を残しながら現れたのだ。


ヘラクレスは、自分の口とあごを一瞬だけ飛ばし、肉をちぎると同時に、元に戻したのだ。


ウゥゥ、と獣が唸っている声を出しているのはヘラクレスだ。

肉片をその辺に捨てると、動かなくなった猿のような化け物を見下げた。

「こいつは一体何だったんだろうね……」


側にいたフレアはただ、ただ、見ているしか出来なかった。

フレアは爆炎一族の最高位である『紅蓮の戦士』の称号を授かっている。

だが、それでもまだ彼は13歳。戦闘経験は無いに等しい。一族間だけで、才能がある、というだけである。

こういう突然の戦闘は全く慣れていない。

それに、ヘラクレスの狂暴さを真に受けてフレアは腰が引けてさっきからずっと動けないでいるのだった。


だが、1度の口付けによってフレアの恐怖は一瞬で和らいだのだった。

ヘラクレスの狂暴状態が解かれ、元の綺麗な女性に戻った後、彼はフレアに抱きつき口付けしたのだ。


「大丈夫よ、フレア。心配しないで、あなたは()()私が守ってあげる」


しばらくの沈黙の後、その静寂を破ったのはフレアでもヘラクレスでも無かった。


「ヒュー! お2人さん熱いねぇ。良いねぇ若い子はそうでなくちゃ。私もね、わざわざ人間に成り済まして、男を引っ掻けたもんさ」


色黒の女。髪は蛇がうようよとしている。スタイルはかなりいいだろう。

歩く度に後ろから無数の蛇がついてきているのを見て、蛇使いなのは間違いない。

蛇のように舌を出し入れし、こちらをニヤニヤしながら見ている。


ヘラクレスは既に狂暴状態に入っている。いや、何か、さっきとは違う異様なオーラが出ていて、より狂暴に見えるのだ。

(そうか。ヘラクレスは悪魔の血を引いているって……じゃあまさかこの人は?)


悪魔同士なら何のわだかまりもなく接する事が出来るのだが、1度悪魔の道をそれてしまった者にとっては敵としてみなされるのだ。


「ウフフ。やっぱり。そこの女、あんた『悪神(アンラ・マンユ)』の一族だね。確か、下界に()()()()とは聞いてたけど、生き残りもいたんだね」

メドゥーサが目玉をグルリと一周させて2人を見ると、側に寄せていた蛇を解放した。

無数の蛇がフレアとヘラクレスに跳んでくる。


フレアは出来る限りの力になろうと、手に足に火を纏わせ蛇を捕まえ燃やした。

だが、メドゥーサの放つ蛇には火は効かない。そして、燃えたまま移動を繰り返すので辺りの樹々に飛び火し燃え盛ってしまった。


ヘラクレスは迫る蛇を無視し、メドゥーサに向けて腕を投げた。

拳を振りかざす動作と共に、肘より下がゆらゆらと陽炎のように消えた。そしてメドゥーサの顔面に腕が突如現れ、頬を捉えた瞬間にまた、陽炎ように消えて元に戻ったのだ。


しかし、メドゥーサは咄嗟に皮膚を蛇のような硬い鱗に変化させていたので然程のダメージはなく攻撃を防いだ。

そして今度は、メドゥーサが側にいる蛇を操り槍の形に整え、牙を穂先にしてそのままヘラクレスの喉元についた。

だが、ヘラクレスは首だけを飛ばしそれを避けた。


頭だけが宙に浮いている形になったヘラクレスが、蛇槍を掴んでメドゥーサを思いきり引き寄せ、喉に噛みつこうとした瞬間、『森を荒らすな!』という声と共に、3匹のジャガーが2人の間を遮ったのだ。


3匹のジャガーは黄銅色の毛並みに白い斑点模様があり、漆黒の瞳は落ちそうな程前に突き出ている。

耳をピンと立たせ尻尾も立ち、毛も逆立っている。

明らかに怒っているジャガー達が、ヘラクレス、フレア、メドゥーサの3人を交互に睨み付けていた。


どんどん威力を増していく炎をの中で、メドゥーサが動きジャガーを蛇槍で突き刺そうとした。

しかし、それをフレアが防ぎ睨んだ。

「止めろ! これ以上何もすんじゃねぇ! 出ないとその腕燃やしちまうぞ!」

フレアは、掴んでいた手に力を込めるとさらに火力を増した。

その下でジャガーが、ウウウと唸りながら睨んでいる。


「やりたければどうぞ? 出来れば、だけど」

メドゥーサにも当然のように火は効かない。彼女は『蛇』だからだ。

「ウフフ。分かってるくせに、意味ないって。可愛い坊や」

メドゥーサの眼力と不敵な笑みに心を折られたフレアは、火を解いた。

ヘラクレスが怒りの顔で飛びかかろうとした瞬間、ジャガーがそれを阻止してしまった。

「あなた達、少しの間離れてくれない? フレアを助けないと」

『駄目だ! ここを動くな』

全身を怒りに滲ませ震えているジャガーに気圧されヘラクレスは動けないでいる。

この場にいる全員、いや、メドゥーサだけはジャガーに立ち向かえたが、獅子の森を住みかとする動物達には手をかけてはならない、という古くからの言い伝えがあり、迂闊に動けないでいるのだ。


そして、完全に意気消沈したフレアは目の前にいる奇妙な蛇女をみて愕然していた。

メドゥーサの瞳孔が開ききっており、一歩でも動こうものなら即殺されてしまうかもしれない、威圧を放っていた。

「せっかく『火』という万物の力を手にしているのにこの程度。残念ね。根性の無い男には興味ないのよ……」


メドゥーサの掌が蛇の鱗をまとっていき、鱗の隙間から猛毒が溢れでてきた。

そのしずくが地面に落ちその部分が溶けると同時に、フレアの鳩尾みぞおちを深くえぐり、投げ飛ばした。


ちょうど後ろに立っていたヘラクレスが彼を体で受け止め、地面にそっと置いた。

ジャガーがその行動を見ていたが、危害を加えようという素振りは見せずにただ唸ったまま、睨み続けていた。


「あなた……このまま生きて帰れると思わないでね……」

「あら? そっくりそのままお返しするわ。私のヘカトンちゃんもあんたに殺られたからね」


メドゥーサとヘラクレスが互いの事を睨みあっていた時に、紅色の【短剣】が3本飛んできて、ジャガーを打ち殺した。

突然の出来事にヘラクレスは目を丸くしたが、メドゥーサがニヤリと笑った所を見ると、どうやら仲間が駆けつけたようである。


「ウフフ。もう少し遊ばせてよ。この子、思った以上に強いから楽しかったのに」

「黙れ、先を急いでいるんだ油を売りに来た訳じゃない」

青い髪に青い瞳、そして黒い肌に小柄な少年。

紅色の短剣を投げたのはこの少年だ。まだ10歳やそこらにも見える

背後には、さっき倒したはずの1つ目の猿のような化け物の10倍はある大男がいた。恐らくこの大男がヘカトンと呼ばれた化け物の親玉のようなものだろうと、ヘラクレスは瞬時に理解した。


(何か分からないけど、あの少年とは関わらない方がよさそうね……)

ヘラクレスの長年の経験が直感で、戦うな、とうるさく命令している。

唾を1度飲み込み、フレアを抱えて一言言った。

「そこの蛇女、あなただけは許さないから覚えておきなさいよ……海の民の名にかけて、必ず仕留めてやる」

最後の台詞は、低い声にかすれ声が加わり、悪魔のような声で言い放った。

メドゥーサがまた、ニヤリと笑うと、少年の方へと駆けていき樹海の奥深くへと消えていった。

11/9(月)修正しました。

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