準備
11/3(火)修正しました!
悪魔というのは、怠惰な愚か者達、という別名があり、彼らが動くのはいつも、『気まぐれ』である。
*
ゲリラはヒール大陸に着くと、雅王拳を解き薬膳の使いの者を降ろした。
使いの者に薬膳の戦える者を率いて、悪魔を征伐するように伝えた後、ゲリラは樹力を上げた。
ゲリラは元々自然神の継承者でもあったため、彼の能力は少し変わっている。
『剣山の透英雄』と謳われたゲリラの用いる技の名は、
【ゲリラ戦法】
樹力を極限以上に上げる事で、自然と一体化し無色透明に身体を変化させる事が出来る。
見えない所からの攻撃に、誰も対処することが出来ず、無惨に散っていった戦士がどれほどいたことか分からない。
さらにゲリラが用いるのは、自身の透明化に加え、風、雷、水、火という基本四大自然の力を、そこに存在しなくとも操れる事だ。
彼のゲリラ戦法は、3日はかかる戦いも3時間あれば終わってしまう。
ゲリラは目を閉じ、赤く灯った瞼の裏から、クライム会場周辺に悪魔達が蠢いているのを感知した。
「大体……30万……はいるかのぉ。こりゃあ大変じゃなぁ。爆炎一族が既に動いていればいいんじゃが」
黒に近い濃い緑色に瞳を染めたゲリラは風の力を操り、クライム会場へと急ぐ。
目の前に現れるのは、トロル軍団、不気味な雄叫びをあげながら棍棒を振り回している。汚いヨダレを撒き散らし、太っちょなお腹を波打たしている。黒色の巨体に茶色く染まった腰布一枚というみすぼらしい姿だ。
辺りの家々は、見るも無惨な光景に成り変わっておりこれは一刻も早くに、阻止せねばならんだろう。
ゲリラは1つ溜め息を吐いたあと、グッと拳を握り締めた。
「ゲリラ戦法、<第1戦>星雷」
透明化したゲリラは、トロルの後ろに回り込み、頭上へ飛んだ。
それから下へ飛び、次に股を抜けて足を砕くように突き進む。
さらに横へ飛び脇腹を貫通し、そして前へと戻ってくる。
雷鳴が轟き、頭と足、腹を打たれ大の字で固まってしまったトロルに、次の一撃が繰り出された。
「ゲリラ戦法<第2戦>火拳」
トロルのへそ部分に突然に火が現れ燃えだすとトロルは後ろに倒れそうになりよろけた。
第3撃目はまた、後ろからだ。
「ゲリラ戦法<第3戦>止水」
トロルの燃える火が突如消えだした。槍でも刺さったように風穴があき、後ろへ倒れかかっていたトロルがうつ伏せに、ドシンと音を立てて倒れた。
「ゲリラ戦法<第4戦>飛風」
ゲリラは透明のまま、穴のあいた背中の端を捉え風を穴に送り込むと同時に持ち上げて飛んだ。螺旋状に飛んでいき、ある程度高く飛ぶとトロルを投げ飛ばした。
ゲリラは着地すると樹力を解き、ようやく、姿を見せた。
ドスンと地響きがして、さらに上から棍棒が降ってきた。その棍棒が風穴のあいたトロルの腹に突き刺さり、紫の血飛沫が飛び散った。
(メディスが来るまであと1週間はかかるか。さっさと退いてくれれば助かるんじゃがのぉ……)
軽く疲れが出ている。ゲリラも年なのだ。透英雄と呼ばれた時代はとっくの昔に過ぎて、今はさしずめ『老英雄』かな、とゲリラは思い苦笑した。
*
メディスがデンとリンの兄妹と寒熱橋を渡り、ヒールタウンに入り、薬膳一族のいる町、
『禁断の林檎町』へと行き着いた。
かつて万病に効くと言われた禁断の林檎を独り占めしてしまった医者がいた。
その医者の名は「マルム」。約1億年前に存在した『創世記』の人間だ。マルムの血を受け継いで来たのが、薬膳一族だった。
薬膳一族とは代々続く医者の家系である。その中でもメディスは飛び抜けて医学に秀でており、さらに戦える医者としてもここいらでは有名だった。
そして、メディスは元探検家であるという事も忘れてはならない。
まだこの辺りは悪魔の被害は無かったとはいえ、薬膳の使いの者を中心に戦士達は既に悪魔退治に出向いていた。
メディスはまず自分の家に兄妹を寝かせると、帯を締めなおし戦闘準備を整えた。
がたいの良い体つきに似合う武装を施し、樹力を上げて角切りの頭を少し撫でたあと、悪魔のいる戦場へと駆けていった。
メディスは1人の少女が「あの?」と声をかけられた事に気づいた。
驚いて振り向くと、そこには15、6歳の中々美しい容姿の少女だった。
「あなた誰? 薬膳の者じゃないね。客人でもなさそうだし、患者でも……」
言いかけたメディスを遮るように、少女が言った。
「私、ナデシコと言います。剣山撫子。ゲリラお祖父ちゃん……知っていますか?」
「え……?」
メディスは目を見開き、目の前にいる少女をまじまじと見つめた。
*
『ウォールの尾』と呼ばれる辺境の地に、零たち神の継承者は寝かされていた。たった3人であるため小屋の中は非常に狭かった。薄汚い小屋の中に眠らされていた零が目を覚ますと、隣に雷鬼とシーラがまだ眠っていた。
「プルクラ……待ってろ! 必ず戻るからな!」
雷鬼の寝言である。彼には許嫁がいるという事を零は知らないが、その声に必死さとどこか微笑ましい響きを感じたので、そっとしておいた。
(こいつらは確か、水と、雷の神の継承者だったな……。そう言えば剣がいない……)
零は驚いて立ち上がり、小屋の外へ出た。
2人を起こさないよう、腐った木戸を開けると、目の前にいたのは巨大な大男。
そいつを見た途端に寒気が零を襲い、体が動かなくなってしまった。
人の姿をしているが、その容姿は人ではなく鱗のはえた海の生き物。鮫のような顔に瞳は瞳孔が拓ききっている。鋭い牙があり、硬い鱗はどんな攻撃をも防ぐだろう。長い爪に、ガッチリとした体は相手を一瞬で怯ませて、萎縮させてしまう。
そんな奴等がパッと見ただけでも50はいるのだ。
零はサァッと血が引いていくのを感じていた。そして、自らの命を悟った。
(終わった……)
思った瞬間に大男達が水を吐き出し、拳を高らかに上げると一気に弾き爆発を起こしたのだ。
しかし、爆発が起きる刹那、灰のような霧が零を包み込み後ろの2人と同時にフワッと体を持ち上げられた。
フワフワの柔らかい毛並みに包まれて、零はその気持ちよさに一瞬で気を失ってしまった。
「我が名は『ライアン』雅王の戦士<獅子>のライアンだ。お前たちをビーストへ連れていく」
ドォンと爆発が起き、水蒸気が辺りを覆っているのを零は薄れいく意識の中で微かに捉え、眠りについた。
*
ここは始まりの大陸として名高く、創世記の時代から唯一形を変えていないタウンだ。神々が生まれたのも、動植物が生まれたのも、空も大地も海も、ここから生まれたと言われている。
謎多き原初の大陸『ウォールタウン』
全タウンの人々が一度は訪れてみたい場所としても有名だ。
全ての生みの親である<大地母神>『ガイア』は、とある人間、3人の人間に、ある力を授けた。
その力こそが【王の紋章】であった。
それらは空、陸、海と呼ばれており其々の力は紋章の【称号】のようなものだ。
王と呼ばれるこの称号は、清い人間にのみ与えられ、其々の支配する空、陸、海を自由に統べる事の出来る強大な称号である。
この称号を授かった者達の事をまとめて王者と呼ぶが、普通は支配する場所で名前は決まっている。
陸の紋章を授かった者ならユピテル、海の紋章ならネプチューン、空の紋章ならサタン、と名前はそのまま受け継がれるのだ。
但し、王者になるには条件が2つある。
1つは、王者から次の王者へと継承する事。
もう1つは、現王者を討ち滅ぼす事。
このどちらかが満たされていれば、みな王者になれる。
だがまたも条件があり、それは現王者が既に亡くなっている場合は上の2つの条件は全て無効になり、今後一切王の紋章を引き継ぐ事は出来ない、という事だ。
*
零達が雅王の戦士に連れ去られるほんの少し前に、カーラとマーラの兄弟は、悪魔と対面していた。
岩男と大男、それに蛇女である。3人の悪魔はある人物を探しているといい、なんとヒールタウンから海を渡ってウォールタウンまで来たのだという。
そして、空の紋章と交換でその人物の事を聞き出そうとしていたのだがその人物はとうの昔に亡くなっており仕方無く退散しようとしていた矢先に、マーラが取引をしようと切り出した。
何故なら、悪魔達が訪ねていた人物とは、マーラとカーラの実の父親だからだ。
「剣山総督の事を知りたければ俺たちの僕になる事だな。幸い紋章はお前の空と、こちら側に陸の紋章がある」
マーラはそう言うと、カーラが懐から陸の紋章を取り出した。シーラから奪った陸の紋章は既に使える代物ではないが、双子の彼らにはある想いがあり紋章を集めているのだ。
銀色に輝き、真ん丸の大理石のような形をした陸の紋章は彼らにとって父親の形見なのだ。
同様に空と海の紋章も父の形見であり、バラバラに散ってしまった紋章を取り戻すべく、彼らは悪魔と交渉している。
蛇女が舌舐めずりしながら言った。
「総督様は私たちのサタン様でもあるんだよ。まぁ死んだ人間に興味は無いしいないんだから、空の紋章をあげるわけにはいかないね。それと、あんたなんかの僕だなんて、呆れる……」
「俺たちは、総督の実の息子だ」
マーラが言うと、一瞬悪魔達が驚いたような表情をみせていた。
そして大男と岩男が、嘘をつくな、と言いマーラに飛び込もうとしたのを、蛇女が手を上げ制止させると、こう言い放った。
「……まぁあんた達が総督様の息子だって事は味をみれば分かる事だけど、面白そうだからのってやろうかなぁ?」
「おい、メドゥーサ、殺さ、ない、のか? こいつ、嘘、つく」
片言で話す大男の低音過ぎる声は、正直何を言っているのかいまいち分からないが、 メドゥーサは大男を一瞬振り返り指を一本たて口の前に持ってきてしぃ、と小さく息をかけた。
「ヘカトン。少し黙りな。まぁいいさね、嘘ついてようがつかまいが、あたしが面白そうだって思うからあんたにのってやる。あたし達はそういう生き物だからね」
メドゥーサのドス黒い瞳がギラリと光ると、マーラ達と軽い握手を交わした。
辺りが突如暗くなった。まだ真昼の時間なのだが、不思議に思い、みな一斉に上空を見上げた。
マーラ達と悪魔達が握手を交わした、その上空を1頭の龍が通ったのだ。
「白龍か……」
カーラがボソッと呟いた。
太陽に照らされてキラキラと光っては消えていく。
白い翼に白い鱗。獅子のような顔に手足もはえている。その一切全てが真っ白に染まっていた。
だが、白というには少々黄ばんでおりボロボロな感じだが、それでも龍としての威厳があり、何より神々しい光を放っている。
その白龍は、龍神山と呼ばれる伝説の山の方へと飛んでいった。
「龍神だ……。龍神に会いに行くぞ」
「龍神? 何故だマーラ」
「海の紋章の在処を訊きにいく」
白龍が飛び去ったあと再び真昼の明るさが戻り、マーラは悪魔達を引き連れて龍神山へと、向かっていった。
カーラはそれについていかず、龍鬼の所へ行くと告げてマーラ達と別れた。
《いいか、ヴリトラよ。この世は闇から始まったんだ。だが、永遠とも思える闇の中に突如として光が現れた。その光はどこから来たかは定かではないが、確かにその一筋の光のおかげでこの世は生まれ変わった。私はその光の中で生まれ善神と呼ばれるようになった。だが闇は強い。日に当たれば必ず影が出来るように常に闇は光と共にいる。悪神との絶え間ない戦いに、私はは勝った。しかし、私の一時の迷いから悪神は復活してしまったんだ。だから私は戦わねばならぬ。闇の支配は尋常で無いほどに強い。だが、どこからともなく現れた一筋の光を決して絶やさぬように闇で包まれた世の中を光で満たさねばならん。いいか、ヴリトラよ。我を忘れれば闇に囚われる。だが必ず光は現れる。その光を決して絶やしてはならん。お前の怒りは闇に働きやすいが、光にも働きやすい。私と共に戦え。下界は任せたからな》
まだ龍神が獅子であった頃、善神の僕として世界を見てきた。
彼はずっと善神の下を離れず、戦い続けてきた。
そして、天界から下界を任された1億年も昔に獅子から龍神へと進化した。
だが、龍神はこの世の残酷さを身に沁みて体感した時、怒り狂ったのだ。
「果たしてこの世を光で満たすほどの価値があるのだろうか? 何故そうまでして、戦わねばならぬか?」
龍神はいつしかこう呼ばれるようになった。
【怒れる死神】と。




