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Zero  作者: 山名シン
第2章
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人生という名の衣服、運命という名の人間

《人生とは不思議なモノだ。決して揺らぐ事はないからな。そしてそれは【糸】で表す事が出来る。

生まれは1本の糸から始まり、やがて2本に別れていく。『生』と『死』の2本にな……。

『生』の糸は真っ直ぐに突き進む不動の糸。

『死』の糸は入れ混じり乱れ合う可動の糸。

この2本の糸が絡み合い、人生という名の【衣服】に変わる。そしてそれを着飾るのが、運命という名の【人間】だ。我々が生きる意味は『生』と『死』の2つの糸を、どう紡いでいくかにある。

私はまだまだ裸の状態と言って良い。学術、芸術、武術等と私はこれまであらゆるモノを極めてきた。しかし、それらは全て、私の『生』と『死』の糸を紡ぐ為の()()に過ぎない。

まだ人生という【衣服】は(つくろ)えていない。

私には目指すモノがある。

私の繕えた【衣服】を着飾るのに相応しい【人間】になる事だ》


《【私はドゥーコ・ブラーク。[天へ導かれし馬]に乗り、天界へ往く者】》


闇の中、薄れいく意識の中で、龍鬼はブラークの声を聞いた。

「鬼狩り完了」の合図で完全に意識は遠退いていったのだ。


*


クール大陸タウンの西の果て『水の村』に水神の継承者である、シーラという男がいた。シーラは17歳の若さで《王の紋章》が保管されている【陸の塔(テッラ・トゥッリス)】の門番を任された実力者である。

「陸」と書かれた門の前に立ち、侵入者を排除すべく立ち尽くしていた、曇り空の昼間に現れた2人の少年。年は10歳前後だろう。随分、背が低くシーラの胸辺りしかない。髪の色は赤く、肌の色は黒い。

「やぁ……裏切り者のシーラ君。久し振りだね」

「どうも。わざわざ2人がかりで来るとは。人手増やした方がいいんじゃないか?」

「フフフ。確かに。君の言う通りだよ」

「大和、余計な事は良い。それに……人手は足りてる……」


シーラは戦闘体勢に入ると腕をグッと前に突きだした。

すると赤髪の少年の回りに水のベールのように、水が全身を包む。

「今までこれを破った者はいない。捕獲完了だ」

そして、シーラが手をギュッと握りしめ[深海!]と囁くと、赤髪の少年についている水のベールが徐々にドス黒く染まっていく。

本当に深海にいるようだ。ベールの中だけが、深海と同じ水圧である。


だが、すぐにそれは消えてしまった。

赤髪の少年も、大和という青年も何もしていないように見えたが、突然水のベールが解かれたのだ。

そして、赤髪の少年がドアをノックするような仕草をとると、不思議な事に、シーラの腹に思い鉄球でも飛んできたかのような衝撃が走り吐血した。

「馬鹿な! 流動する体にどうやって?」

水神の継承者になった者は、【想像】と【創造】によって自身の体を捉える事の出来ない、流動的な体に変える能力を持つ。

不意を突かれたシーラは、膝まずき、倒れ込んでしまう。

10歳ぐらいのまだ、幼く高い声で「大人しくしていれば、これ以上の危害は加えない事を約束しよう」と言った。

シーラは少年の瞳を見て、敗北を認めた。

彼の緋色の瞳が、とても10歳とは思えない程の冷酷な瞳をしていたからだ。


*


盛大な花火と共に始まった、闘星終大会クライム・エンド・ファイト


1億人の猛者達が互いの死力を尽くして戦い、世界最強フォルティッシムスの称号を得るべく集結した、ここクライム会場には、歴戦の勇者の石像が作られる事が伝統であった。

4年に1度のこの大会に、1人だけ伝説的存在として崇められる英雄がいた。

クライム・エンド・ファイト、100回連続優勝を成し遂げた英雄『インドラ』。

第1回大会から優勝を続け、本来人間では有り得ない、400年間も優勝し続けた天才がいた。

彼の名を、ヒール大陸タウンで知らない者はモグリ扱いされてしまう。彼の為に一ヶ月の祝日を設けるなど、インドラは特別の存在なのだ。




1対1で行われ持ち時間は5分。それまでに決着がつかなければ退場という厳しい条件に従い戦う。選手が座る椅子は、己の墓石。試合で敗けてしまった場合に係員の者に死体が運ばれ、その選手がいた墓石に埋める事で処理される。さらに、選手が戦っている最中は、会場で見ている他の選手は一切の応援をせず、ただ黙って見届けなければならない。


「ついに来たな! 兄貴! 絶対に負けないからな」

フレアは意気揚々と、話すと対戦カードを係員に手渡しリングへと上がっていく。抽選で決まった対戦相手と、時間が来れば待合室に降りていき、係員の指示に従ってリングに上がる。

[フレア・君には・負け・ない]

長男のバーストが巧みな手話で会話をした後、フレアに続いてリングに上がった。


『さぁ! お互いの信ずる神に誓い、己の力を最大に活かし戦え! ここに英雄が現れる事を願え! 始めろ!』

審判の太鼓のような馬鹿でかい声がクライム会場全体にこだました。


フレアとバーストは向き合って軽く礼をした後、互いに距離を取った。

フレアが両手両足に火をつけ走り、バーストに渾身の力で殴りかかた。

バーストの方は一歩も動かずに、片手を突きだしフレアの拳がギリギリ届かない所を見極めて、火を打った。

ボンッと火の玉が放たれるのを見て、急いで足を止めてしまい、前のめりになってしまうフレア。それを見逃さないバーストは、後頭部目掛け火の玉を打つ。


「うわっ! やべえ!」

火の玉が当たる寸前、フレアの姿がふいに消えたのだ。

一瞬、バーストが驚いて目をむいたが、しかし、すぐに気付く。


「へっ! 俺は飛べるんだぜ! さぁ! 次は俺からだ」

見下ろすフレアと見上げるバースト。

互いの視線が合わさった瞬間、第2撃目の攻撃がぶつかる。

バーストが両手を前に突きだし、全ての指と、掌に火の玉を作ると空中に浮くフレア目掛け、打っていく。

小さな火の玉が10、大きな火の玉が2つ、無造作に放たれていく。

フレアは、それらを巧みに避けながら、右に左に旋回し、徐々に間合いを詰めていく。


そろそろ時間が来る……。


フレアの拳が、バーストの顔面をとらえた……。

「よっしゃ! 俺のか……」

バーストの顔面が何故か、フレアの真下にある事に気付くと、フレアの顔前に掌が見えた。

ボンッ……。

火の玉が放たれるそのほんの一瞬前に、審判の太鼓のような馬鹿でかい声で、「止めい!」という声が聞こえたが、遅かった。

「うぅ……」と呻き声をあげながら、バーストの足元に倒れたフレア。

しかし、時間切れだった。バーストは勝負には勝ったが試合では引き分けという事になる。


係員の指示の下、2人はクライム会場を後にした。




[まだ・兄貴に・勝てない]と手話でバーストに問うと、[フレアは・強く・なった]と返ってきた。

試合の事であれこれ言っていると、外には2人の父親バーンが見知らぬ女性と喋っていた。

2人が近付いてくるのに気付いたバーンは、女性と話を中断し、「おぉ! お前達やっと戻ったか」と軽い口調で言った。

(おいおい。親父。紅蓮の戦士は負けたら駄目なんじゃなかったのかよ?)

とフレアが呆れて父親を見て、そしてすぐにもう一つの疑問が浮かんだ。

[あれ・浮気・じゃない?]とバーストに手話で囁いた。バーストもそれにうなずいて、父親を黙って見ていた。


「フレア。馬鹿な事を言うな。わしが浮気などするはずないだろう? お母さん一筋だからな。そしてこの方はヘラクレスさんだ。わしの対戦相手だった人だよ」

さらっとのろけると、バーンはヘラクレスと呼んだ女性の肩を掴み、息子達を紹介した。

「よろしく。フレア君。バースト君。君たちの戦いは()()()見てたよ。凄い強いんだね」


ヘラクレスの声を聞いた瞬間、フレアは衝撃を受けた。

女性だと思っていたが、声はどうきいても男性だからだ。高身長で黒髪が綺麗で、体格も女性にしか見えない。そして、いつぞやに見た、世界三大美女の1人に似ている美しい顔に似合わない、低すぎる声に、フレアは驚愕を隠せなかった。


「よ……よろ…しく」

苦笑を浮かべ、フレアはバーストの手を握った。

「こいつ。あからさまに引いとるの。失礼な奴じゃな、初対面に向かって」

「いいじゃありませんか。可愛らしくて。ま、まぎらわしいですしね私」


海の民(シーノビレス)のヘラクレスは、両性具有という性別の持ち主だ。海の民とは、未だに詳細が語られていない、全タウンの謎が多い一族の中でも最も謎が多い一族だと言われている。

分かっているのは、彼らは両性具有という事と、名前は神話に出てくる半神半人の者から名前をとっているという事だけだ。


そして、ヘラクレスは今両親を探す為にウォール大陸タウンに旅立とうと言うのである。


「そこで、君たちのどちらかでも良いんだけど、私と一緒についてきて欲しいんだ?」

ヘラクレスがそう言うと、父バーンがフレアの背中を押した。

「いい機会だ。ウォールは始まりのタウン。紅蓮の戦士に相応しい強さを手に入れるには充分なばしょだろう。それにヘラクレスさんはわしと引き分ける程強い。ついていけばいい修行になるだろう」

と言うと、ヘラクレスの顔を見て目礼した。

「君がよければで良いんだ。どうする?」

ヘラクレスは膝に手を置いて、かがみこみフレアの目線と同じなる。

フレアは一瞬、顔を赤く染めて目をそらしたが、はっきりと言った。


「俺行くよ! それと両親見つかるといいな!」

※10/22修正しました!

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