30.角ウサギ
~ジャッカロープ~
鹿の角が生えたウサギ。その乳が万能薬になるとも言われる。
キャンプファイアーとウイスキーが好きらしい。
~アルミラージ~
角が生えたウサギ。概ね、一角獣の如き一本角である模様。体毛は金色。
あらゆる生物はアルミラージを怖がり、見たらすぐ逃げ出すとされる。
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秋だ。つまり、キャンプ日和だな。ようやくだ。待ちに待った。沢山待った!
今の日本の夏はキャンプには暑すぎるんだよ。キャンプの醍醐味といったらやっぱり焚火がその一つだが、夏場に焚火とか地獄だからな……。もうちょっと早く秋になってくれたらいいんだが。
さて。そういう訳で、今日も俺は後輩と一緒にキャンプに来ている。いつもの2人ソロキャンプだな。テントやギアはそれぞれ別で用意してて、食事と移動だけ一緒、っていう。
まあ、お互い気兼ねなくやれるし、不便は減らせることが多いし、何かと助かる。後輩もそこそこキャンプ歴が長くなってきたんで、頼りになることも多い。
「やっぱりいいですねえ!山は!」
「いいよなあ、山は」
今回は登山とキャンプの二本立てだ。……俺達がキャンプやるとなると、大体この二本立てになりがちだな。まあ、元が登山サークルだったから。
「最近、山に登る度にあのワンちゃんいないかなあ、って探しちゃうんですよね……」
「ああ、セルフエコーの……」
……ここ最近、妙な生き物……生き物?生き物かどうかもよく分からないが、まあ、とにかくよく分からない変な奴に遭遇することが多い俺達なので、自然とそっちの方の警戒というか、期待というか、そういうのも高まる。
俺は俺で、デカいライチョウの姿をなんとなく探してしまうから、毒されている気もするな……。
登山が終わったら近場のキャンプ場へ向かい、チェックイン。テントやタープの設営も慣れたもんだ。
「先輩!見てください!一人用コットテント!」
「おおー、コンパクトだな」
「でも案外広いんですよ!それに、コットの上に設営しますから土で汚れない!撤収が簡単!」
「グランドシート無しでもいけるのはいいなあ……。あれ洗って干すの、ちょっと面倒だもんな……」
後輩が購入したらしい新しいテントを見せてもらったり、俺の方でも新しく入手したギアを見せびらかしたり、色々とやりつつ焚火と調理の準備を進めていく。
「やっぱり焚火ですよ焚火!ああー!秋になると焚火の季節!最高ー!」
「芋のセット完了だ。これで美味い芋ができる……」
「美味い芋……即ち、うまいも……えへへ」
俺も後輩も、焚火で蒸し焼きにした芋が好きなんで、今回もそれを調理中だ。濡れた紙で芋を包んで、それをアルミホイルで包んで、焚火の燠になった部分の近くに置いといて時々ひっくり返してやるだけだ。簡単。
「そしてソーセージ……どうしてソーセージはこんなに美味しいんですかねえ。えへへへ」
「人類の英知の結晶だからかな……」
ついでにいつもの如く、色々な食材を適当に焼いていくスタイル。今日はお互いがスキレットを持ってきたので、俺のスキレットでソーセージとか肉とか焼いてる。後輩のスキレットでは長ネギとホタテのアヒージョが作られているところだ。
「じゃあお湯沸かして……うふふ、クノールさんいつもありがとう!」
「これも人類の英知……」
それからインスタントのカップスープを作る。お湯を注ぐだけでこれだけ美味いスープができるんだから、本当に人類の英知の結晶である。食品開発の皆さん、本当にありがとう。
「あっ、スープ、鬼火ちゃんの分も要りますよね?」
そうして、俺達の分を作ったところで後輩がもう一袋、インスタントスープの素を取り出す。同時に、俺のランタンの中で鬼火がぴょこんと跳ねた。
「ん?ああ、それは俺の分を分けるからいいんだ」
そろそろ出しておくか、とランタンのホヤを持ち上げてやると、鬼火が中からほよんと出てきて、俺のカップの縁に留まった。ちびちびとスープが減っているのを見るに、早速飲んでいるらしい。まあ、ご自由にどうぞ。
「そんなに沢山は飲まないから。それに最近のこいつは、専らこっちでね」
そんな鬼火を横目に、俺は……スキットルを取り出した。
スキットル、というと、金属製の小型水筒だな。ズボンの尻ポケットに入れておくことを想定した薄型で湾曲した形のものが多い。
で、ちょっとかっこいいから一部界隈ではちょっと憧れのアイテムなんだが……内部を洗いにくいし、入れておけるものが強い蒸留酒に限るし、まあ、実用性が無いことで有名なアイテムでもある。
まあ、キャンパー達はこれにランタンオイルとか入れることもある。完璧に雰囲気アイテムだが、オイルランタンなんて元々が雰囲気アイテムだから、もう気にしたら負けだ。
「おおおおお!スキットル!ちょっと憧れだけど使いどころも無いから買うのは躊躇われて結局買わないスキットル!」
「そう!度数の高い酒ならともかく、水とか入れとくと中で錆びちまうし、かといってそんなに強い酒をがぶがぶ飲むような人間じゃないから結局買わないスキットルだ!」
予想はできたことだが、後輩はスキットルを前に興奮している。まあそうだよな。俺も『買っちゃう?いやでもなあ……でも買っちゃう?』と葛藤しまくって買ったし。
「で、もしかしてこの中身は……!?」
「本来、ここに入るべき液体がちゃんと入ってるんだよな……ほら」
ということで、調味料用の小さなカップにスキットルから中身を出す。
「おおおおお!ウイスキーだ!スキットルの中からウイスキーが出てきたらもう浪漫ですね先輩!」
後輩が興奮している一方で、鬼火はちょっとぺこんとお辞儀するような仕草を見せた後、俺のスープのカップから移動して、注がれたばかりのウイスキーをちびちびやり始めた。
「おお……いっちょまえに晩酌してる!」
「こいつ、意外と飲むんだよなあ……」
「まあ、火ですもんねえ」
……火だからかどうかは知らないが、この鬼火、俺よりも酒に強いようである。貰い物のウイスキーを試しにちょっと与えてみたら、ちびちびと楽しくやり始めたので、それ以来、そのウイスキーはこいつのものになっている。
俺も後輩も酒はあまり飲まないので、鬼火がちびちびやっているのを横目に、焼けたソーセージや肉や芋やアヒージョや、そんなものを食べては焼き、焼いては食べて過ごす。
「ああー、幸せ……。自然に囲まれて、焚火を眺めながらちびちび食べる美味しいご飯って、最高ですねえ……」
後輩がにこにこしているが、俺もまあ似たような顔だろうな。やっぱりキャンプはこれだよなあ。
さっさと沈んだ太陽を見送って、どんどん暗くなっていく周囲と、その中で只々明るい焚火とを味わう。贅沢な時間だ……。
「あれ?」
そうしてのんびり過ごしていたところ、後輩が素っ頓狂な声を上げる。
……同時に俺も、妙な気配を感じ取っていた。なんだろうな。ここ最近、すっかり慣れちまった例のあいつらの気配だが……。
「先輩、ウサギさんがいつの間にか焚火にご一緒してますよ!」
成程な。こう来たか。後輩の足元にはいつの間にやら、ウサギが一羽。……うん。ウサギ、が……?
「……それ、本当にウサギか?」
「うーん、角が生えてるところ以外はウサギです」
……後輩の足元で焚火に当たっているそのウサギには、どうみても鹿の角と思しきものが生えていた。
ちゃんと確認してみたが、角が生えている。ウサギに、角が生えている。あー、どう見てもアレだ。クソデカいライチョウとか、うちの鬼火とか、そういうのの仲間だな。
「角が生えてたらウサギじゃないんじゃないか?」
「まあ、そうですよねえ……あっ、この角あったかい!奈良公園で触ったのと同じ感触ですよ!」
「つまり本当に鹿の角か……」
どれ、と俺も触ってみると、ウサギは大人しく角を触らせてくれた。そして角はぬくぬくしている。ああ、生き物の感触だ……。
「あっ、先輩!鬼火ちゃんのウイスキーがとられています!」
「お前も酒飲みなのか……。もう驚かないけどさ……」
鹿の角が生えたウサギは、鬼火のカップからウイスキーをちびちびやり始めたので、慌てて他のカップにウイスキーを注いでやる。喧嘩せずに仲良く飲んでくれ。
「あっ、酔っ払ってきたんですかね?」
「大丈夫なのか?こいつ……」
そうしてウイスキーをちびちびやったウサギは、焚火の周りで嬉しそうにぴょこぴょこやり始めた。後輩は『かわいい!』とご機嫌だが……うん、まあ、いいか。妙な生き物がご一緒するキャンプっていうのも……。
が、まだまだ秋にはなり切らない今日この頃。残念ながら、こいつの問題がある。
「虫多いな……」
自然にはつきもの。そう。虫である。焚火やってると、その煙である程度は近づかなくなってくれるんだけどな。完全に除去ってわけにはいかない。
「私の雷ランプ持ってきますか?」
「いや、それはお前のテントを守らせておいた方がいいと思うから……」
……後輩は、以前謎の犬にコーンを食わせてやったお礼として、謎の石を手に入れている。それを吊るしておくと虫が寄ってこないんで、滅茶苦茶便利なキャンプギアになってるんだが……まあ、俺は我慢するしかないな。
防虫効果のあるランタンオイルとかもあるんだが、イマイチ効き目を実感できたことが無くて、俺の虫よけ対策は精々、登山の時に使う虫よけスプレー程度のものだ。うーん、俺のところにも謎の犬、来ないかな。
「ああ、この子も虫は嫌なんですねえ……」
そして、鹿の角が生えたウサギもまた、虫は嫌いなようだ。飛んでいる羽虫が近づいてくると、なんとも鬱陶し気に首を振っている。
こいつが首を振ると、同時に角がぶんぶん振り回されるのでちょっと危ない。もう少し大人しく振ってくれ。
「あれ、帰っちゃうのかな?」
そうしている内に、角ウサギは虫が嫌になっちまったのか、ぴょこぴょこと茂みの奥へ消えていってしまった。
「ウイスキーまだ残ってるぞー……うーん、どうしたもんかな、これ」
後に残された俺達は、ウイスキーがまだ入ったカップを見て困ることになる。俺も後輩も飲まないし……。あ、鬼火が飲むかな……?
そうして、夕食の片付けを終えて、お茶と焚火でのんびりするだけになったところ。
「あれっ、戻ってきた!」
とととと、と軽い足音が聞こえてきて、かさかさ、と茂みが鳴って……後輩の足元に、さっきの角ウサギが戻って来た。
そして。
「……増えた!」
角ウサギがもう一羽、増えた!
「ええと……こいつは一角ウサギなんだな?」
「ユニコーンってことですかね」
「馬じゃないだろ」
増えた方のウサギは、まっすぐな黒い角が一本、額から生えているタイプの角ウサギだ。そして毛の色が金色。ヒヨコみたいな毛だ。
「友達を連れてきたってことかなあ」
まあ、大方そういうところなんだろうなあ、と思って見ていると、鹿の角のウサギが何やら一角ウサギの方になにか指示し始め、一角ウサギは毛を逆立てていよいよ、ふわふわまるっこいヒヨコみたいな具合になり始めて……。
「……あれっ!?虫が消えていく!」
「うわ、なんだこれ」
一角ウサギが気合を入れると、何故か虫が逃げていった。なにこれすごい。
「ええー……何だろう、何か謎の音波か何かが出たんですかねえ……?」
「理屈は分からんが、鹿の角ウサギが一角ウサギを連れてきたのは、虫よけ要員として、ってことらしいな……」
一角ウサギが一仕事終えて『ぷう』みたいな鳴き声を上げる横で、鹿の角ウサギは満足そうに一角ウサギにすりすりやっていた。仲がいいのは間違いないな。
「よく分からないけど、えらい!とってもえらい!」
後輩が喜んでウサギ二羽を撫でてやると、ウサギ二羽はそれぞれ、気持ちよさそうにしている。割と懐っこいのか。成程なあ。
……俺も撫でてみたところ、どちらもふわふわの毛並みで、手触りがよかった。ちょっとだけ、クソデカライチョウに埋もれた時のことを思い出す。
それから、鹿の角ウサギがウイスキーの残りを鬼火と一緒にちびちびやり始め、一角ウサギもちょっとウイスキーを飲んで、『これは口に合いませんでした』みたいな顔をし始めた。まあ、普通、ウサギは酒を飲まないからな。
じゃあこっちの方がいいか、と思って、明日の朝食用に買っておいた牛乳を少し温めてやったら、喜んでそれを飲み始めた。
感想を聞いてみたところ、『ぷう』だそうだ。ウサギ語は分からないが、満足そうな顔をしているので多分、気に入ったんだろう。
……そうして俺達は、しばらくの間、焚火とお茶と一緒に、角が生えたウサギ、というよく分からない生き物の手触りを楽しむことになった。
ウサギ達は俺達の膝の上で丸くなって、居心地良さそうにしていた。人慣れした生き物だな……。鬼火といい、後輩のところに来た謎の犬といい、変な奴らは妙に懐っこいんだなあ。
その夜、ウサギ二羽は後輩のテントで夜を明かしたらしい。後輩が『先輩には鬼火ちゃんが居るじゃないですか!ということでこの子達は私が預かります!』と抱えて行ってしまったのである。まあ、異論は無いが。
……後で後輩に聞いたところ、『抱き心地抜群でした!でもちょっと角が邪魔でした!』とのことだった。まあ、そりゃそうだろうよ……。
そうして結局、翌朝、朝食にフレンチトーストを作ったら、ウサギ二羽もちゃっかりそれを食べた。こいつら雑食なんだなあ。
それから撤収の片付けの間も、ウサギが二羽でぴょこぴょこ跳ねていて、そのおかげか、虫は一切寄ってこなかった。ありがたい。
で、俺達が撤収する頃、ウサギも茂みの奥に帰っていった。
「何の生き物だったんでしょうねえ……」
「うーん、一体何の生き物だったんだろうなあ……」
ウサギ……じゃないことだけは確かなんだろうが、アレが何なのかは、誰にも分かるまい。というか、今までに出会った生き物についても、やっぱり謎の生き物、多いもんな……。
「キャンプ場には変な出会いが沢山ありますねえ」
「いや、こんなはずではないと思うんだが……」
……必ずしも、キャンプすると変な生き物に出会う、って事じゃないと思うんだが。
だが、町中に角が生えたウサギが居たら話題になるだろうし、となると、やっぱり、山の方とか、人が少ない所の方が、謎の生き物との遭遇率は高いのかもしれない。
「それにしても、あの角ウサギ、飼えたらよかったかもしれないな……」
「あっ、先輩もウサギ、好きなんですか?」
「いや、ウサギっていうか、虫よけ要員として……」
……まあ、虫よけ効果のある謎の生き物と出会って嬉しいのは、町中よりも山の中だからな。そう考えると、山の中で出会えるっていうのは、まあ、ありがたくはある、のかもしれない。
尚、鬼火にウイスキーではなくジンを与えると、漬けこまれたハーブによるものか、虫よけ効果が発生するということが判明した。
ありがとう、鬼火。これからもよろしくな、鬼火。




