25.座敷童
~座敷童~
小さな子供の姿をした妖怪。赤い小袖を着ていると言われる。この妖怪が居つく家は栄え、去られてしまうと家が滅ぶと言われている。
小豆飯が好物らしい。
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未だに上司の家を燃やせていない。燃やしたい。あと、上司も燃やせていない。燃やしたい。
定時を過ぎたら仕事を振るな。雑談で部下を留め置くな。こっちのスケジュールを聞く前に相手先に勝手な返答をするな。クレーマーにドヘタクソな対応して油を注ぐな。そしていい加減燃え盛ってからこっちにクレーム対応を投げるな!反省しろ!地獄の業火に焼かれながら反省しろ!そして死ね!
……という今日この頃である。もうこの仕事やめようかな。でもどうせ来年には今のクソ上司、異動になるしな……。
なんというかね、まったく報われる感覚が無い。こう、厄介な仕事引き受けたり、後輩を庇ったり、そういう風に徳を積んでも特に報われる気配が無い。いや、後輩には好かれた。でもまあ後輩は助けてくれないしな……。助けてほしいとも思わんけどな……。せめてあいつは健やかであれ……。
……まあ、そんなこんなで本日も徳を積み、徳を積んだ割に何も得をしないという理不尽を味わっている。なんだ、上司の家や上司を燃やそうと考えているからか?でもこの思いは捨て去ることができないの。ごめんね!
「あーくそお腹空いたなこれ」
仕事を終えたら空腹がやってくる。いらっしゃい空腹。
そして空腹と一緒にやってきてくれるのは例の提灯……あれ?なんかガワ換えた?お洒落になってる。柄が入った和紙の提灯になってる!最近は提灯もお洒落する時代なんだな。へー。
「今日もどこか連れてってくれんの?」
提灯に話しかけてみたら、提灯はぴょこぴょん、と跳ねて、今日も元気に道案内してくれる。いいねいいね、今日もよろしく頼むよ。
……ということで今日もやってきました、『ブラウニー食堂』。なんかもうここもすっかりお馴染みになっちゃったなあ。でも1人で居る時にはあんまり見つけられないんだよな、ブラウニー食堂。いや、たまに見つけられるんだけどね。毎日はなんか無理っぽい。
「今日のメニューは何かな?おっ、定食?……え、マジで?」
今日のブラウニー食堂はなんだか品数が多いらしい。
メインは鶏大根。副菜はごぼうと人参のきんぴら。汁物は鰯のつみれ汁。ご飯は五穀米……いや、二穀米だ。米と小豆だ。えーと、お赤飯?でもそんなに赤くないなこれ。
……で、何故、メニューがはっきりわかったかと言えば、先客が居たからだ。
先客がカウンター席の隅っこで、黙々と『鶏大根定食』なのか『鰯のつみれ汁定食』なのか分からない定食を食べていたので、今日のメニューが分かったという訳だ。
ま、定食の名前はさておき、美味しそうなことは確かなので、早速頂くことにしよう。
「お隣、お邪魔しますねー」
先客の隣に座りつつ挨拶すると、先客はちょっと顔を上げて、もじもじと、ぺこん、と頭を下げた。
……先客は、着物を着た小さな女の子だった。……人間じゃないんだろうなあ、これも。まあ、今更そんなの気にしないけどな……。
そうして美味しい定食にありついて、満腹になった。お腹いっぱい幸せいっぱい。やはり美味しい食事は人を幸せにする。ついでに上司の焼死体があったらもっと幸せになれるが、そんなデザートがある訳でもないので仕方がない。帰宅することにしよう。
いつもの如く、提灯はブラウニー達にメンテしてもらって、いっそう艶々するようになった。よかったね。
そしていつもの如く、提灯のメンテ代まで支払う。まあ提灯が居ないとこの店、中々来られないし。これくらいはお礼のつもりで奢るよ。
「じゃ、ごちそうさま。……ん?」
そうして屋台を出ようとしたら……そこで、端っこに座っていた同席客の女の子が、服の袖を掴んできた。
「ん?どした?」
何かあったかな、と思いつつ声を掛けてみたら……その女の子も席を立ってしまった。
えーと、この子、喋る訳じゃないんだな。おかげで意思の疎通が難しい。何故か付いてくる女の子を不思議に思いつつ、でも追い払うのもなんか違うよなあ、と思いつつ、提灯が嬉しそうにぴょこぴょこしているのと一緒に、また歩き出す。
……駅までには離れるかな。
離れなかった。離れなかったよ。
提灯と別れても離れなかったし、こっちが駅の改札で定期をピッとやったら、女の子も着物の袖の中から取り出したSuicaでピッとやって通った。Suica使う妖怪、居るんだ!最近の妖怪はすごいな!
そうして一緒に電車に乗ってしまい、最寄り駅まで一緒に行ってしまい、そしてそのまま……帰宅した時、女の子は嬉しそうに、ぴょこん、とうちに入り込んできた!
「えーと、君、お家は?」
こりゃまずいだろ、と思いつつ聞いてみると、女の子はもじもじ、としながら、『ここ』とばかりにうちの床を指差した。そっかー。うちに住むのかあ。そっかー。
……いやいやいや!
「うちに住むのぉ!?マジで!?」
めっちゃ驚いた!急に今日会った……というか、たまたま隣の席に座っただけの奴と同居する気になるってどういうこと!?
で、何よりもだなあ……!
「うち、四畳半だよ!?」
マイハウスはベリー狭いなわけですよ!四畳半!このご時世で、四畳半!人間1人住むにも狭いこの家に、もう1人住むって!?
あああー!にこにこしながら頷かれても!頷かれても困るんだけど!ねえ!ちょっと!
「じゃあ君の寝床はこちらということで」
女の子がお帰りあそばす気配が全く無いので、しょうがないから一晩泊めてやることにした。……えーと、これ、事案?未成年の妖怪を成人した人間が家に一晩泊めたら、これ、事案?……未成年淫行とかで捕まるのは、流石に、ちょっと。
『この女の子が実は300歳とかでありますように』という祈りを捧げつつ、女の子の寝床を整えてやった。
……はい。この子の寝床は、押し入れの中です!
もうね、某ドラでエモンなあのロボよろしく、押し入れの中に寝床を作った。客用布団とかこの四畳半に存在するわけがないので、ブランケットとか座布団とか駆使してとりあえずそれっぽくした。褒めて。
……すると、女の子はにこにこしながら押し入れに入って、にこにこしながら寝床に寝っ転がって……。
……着物のまま寝ると、皺になっちゃいそうだよなあ。
「じゃあお着換えはこちらで」
仕方がないからTシャツ一枚貸すことにした。『ステゴロザウルス』っていう文字列と、ファイティングポーズをとる恐竜の絵が描いてあるやつ。
「で、お風呂はそっちね。先に入っていいよ。タオルとかはここに置いとくからね」
お風呂にも案内してやると、女の子は、ぱっ、と顔を輝かせて、ぱたぱたと上機嫌でお風呂に向かっていった。そんなに風呂好きなんだろうか。
……それから少し時間を潰していたら、女の子が風呂から出てきた。『ステゴロザウルス』のTシャツ着てても、なんとなく人間じゃない雰囲気があるからすごいよな。いや、普通、『ステゴロザウルス』着てたらそっちに雰囲気持ってかれない?やっぱこの子、すごいって。
「じゃ、風呂入ってくるね」
ということでこっちも入浴だ。尚、こっちの寝間着は『テラノサウルス』だ。袈裟着た恐竜が鐘ついてるかんじのTシャツだ。
……女の子はにこにこしながら風呂へ見送ってくれた。……できるだけ早めに出よう。
風呂をやや早めに出たら、ドライヤーで女の子の頭を乾かしてやる。
彼女、長い黒髪なもんだから、乾かすのに時間がかかるかかる。でも、乾かしてやってる間、ずっとご機嫌だったからまあ、いいのかな。
女の子の方の髪が乾いたら、こっちも頭を乾かして……それから、まあ、寝ることにした。起きててもやること無いしなあ。あと単に、疲れた。今日の労働も碌でもなかった分、本当に疲れた。
……でも、女の子が嬉しそうに押し入れに入っていく様子を見てると、まあ、一晩くらいならいいんじゃないかね、という気分になっていた。
そうして翌朝。起床。そして出社。
……の前に。
「あのー、ところで君、もしかしてここに住む気でいる?」
『ステゴロザウルス』から赤い小袖に着替えた女の子が、にこにこしながら頷いている。これを一体どうしたものか。
……正直なところ、このクソ狭い4畳半に妖怪を置いておくスペースは無いんだけれどね。でもまあ、うん、来ちゃったものはしょうがないよなあ、という気分ではある。
「……うち、見ての通り滅茶苦茶狭いけど」
どうか遠慮してくれるといいなあ、というくらいの気持ちで聞いてみたら、女の子はにこにこしながら頷いている。そっかー、狭いの気にならないタイプかー。
「じゃあ、えーと……引っ越すまでは、どうぞ……」
……結局、折れた。折れました。折れましたとも!
この、やたらとぬくぬくした笑顔に負けた。そりゃそうだ。こういうかわいいのが家に住み着くのも悪くないような気がしちゃったってしょうがない!
見知らぬ生き物との同居が厳しくなってきたら、その時はまあ、なんとか引っ越そうと思う。そうだな、えーと、まあ、2部屋あるタイプのアパートにでも……。
……ということで出社したら、ひそひそと密やかに大騒ぎが起きていた。
何だ何だ、と思いながらあちこちの噂話を聞いてみたら……なんと。
上司が経理の申請処理をミスっていたのが発覚して、十数万円返納することになったらしい。更に、家が燃えたらしい。いや、まあ、ボヤだったらしいけど。
そして……上司は、何も無いところで転んで骨を折ったので入院、と。そういうことらしい。
……こういうことって、あるんだね。いやー、びっくりだよ、本当に。にっくきアイツの家が燃やす前に燃えちゃったぜ。まあ、まだ燃やす余地はありそうだけど。まだ諦めない。アイツが完全に燃えるまでは!
ということで、上司が居ない日々を過ごすことになったのだ。おかげで仕事が大変に捗った。そのせいで毎日が定時退社!キャー!ステキー!
「ただいまー」
当然、家に帰れば小さな同居人が居る。ぱたぱたと駆けてきて、満面の笑みで脚にきゅっとしがみ付いてくる。こらこら、スーツ脱ぐからくっつくのはその後ね。
「いやー、上司が居ないと仕事が捗って早く帰れていいなあ」
零しつつウキウキるんるんで着替えていたら、同居人も『その通り!』とばかりに頷いてくれる。こういう時に同意してくれるのっていいねえ。
「さて、何食べる?提灯が案内してくれる店みたいにはいかないけど、ま、簡単なものなら作れるよ」
折角だし、料理も2人前作るとしよう。……まあ、同居人は小さいので、正確には1.5人前か1.3人前くらいなんだけどね。
にこにこしながら手伝ってくれる同居人、というのも悪くない……よね。まあ、偶にはいいか。
ところで、『この同居人、もしかして座敷童というやつでは』と気づいたのは1週間後だったし、『座敷童が来ると幸せが来る。出ていくと幸せが逃げる』と知ったのはさらに1週間後だった。
そして更に1週間後、上司が『骨折の数日前、家から赤い着物の子供が逃げていくような姿を見た気がする……』と言っていた。
……ま、深く考えないことにしよう。うん。




