彼女の目的は(歩視点)
立花さくらの背を追いかけながらに石畳を進んでいくと、月が雲間から顔を出した。
すると境内に光が差し込み、立花さくらの姿が照らされていく。
浮かび上がった彼女の姿は何が楽しいのか……軽く石畳の上でステップを踏みながらに、石灯篭が並ぶ道を奥へと進んでいった。
この一本道にはお化け役の一条妹と北条が居るはずだが……どれだけ歩いても彼女たちが出てくる気配はない。
すでに日華から話を聞いて、彩華を探し始めているのだろうか。
彩華が見つかれば、僕の携帯へすぐに連絡が入るだろう。
僕は神妙な面持ちでスマホを取り出すと、静かに電源を入れた。
しかし明かりがついた画面には、何の通知もない。
僕は画面を見ながらに小さく息を吐きだすと、彩華の笑みが頭を掠め、胸が締め付けら激しい痛みが襲った。
くそっ……北条の弟と彩華ペアになった時点で、無理矢理でも止めるべきだった。
どうして僕は……。
後悔先立たず、僕は小さく唇を噛むと、スマホを強く握りしめていた。
「ねぇ……一条先輩、先輩は彩華ちゃんの事が好きなんですか?」
静かに放たれたその声に顔を上げると、立花さくらは徐に立ち止まり、こちらへゆっくりと振り返った。
月明かりに照らされた彼女の表情は……先ほど見せた人懐っこい笑みは消え、どこか影がある表情を浮かべると、感情が見えない瞳と視線が絡む。
その姿になぜか背筋にゾクゾクとした悪寒が走ると、僕は緊張した面持ちで、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「……あぁ、当然だろ。彩華は僕の大切な妹だからね」
「違う……そんな答えはいらない。先輩は彩華を一人の女として好きなのかどうかを聞いているの?」
核心をつくその問いかけに僕は口を閉ざすと、沈黙が二人を包み込む。
生暖かく強い風が僕たちの間に吹き抜けると、彼女の長い髪が風で大きく靡いた。
どうして今ここで、そんな事を聞くんだ……?
一体この女は何を考えている?
何が狙いなんだ?
この女の言う通り……僕は他の誰よりも一番彩華を想っているが……。
だが……これを口にすることは出来ない。
僕は彩華の兄で……僕たちは家族なのだから。
「どうして黙っているの?……答えないって事は肯定って事?ねぇ……どうしてなの?あなたはずっと彩華を嫌っていたでしょう?死んでほしいと願うほどに……。離れに閉じ込められて、妾の子だと蔑まれる生活を強いられ……でもそんな事を何も知らない、いえ気が付かないままに、本家で悠々と暮らしていた彩華の事を憎くないの?」
強い口調でそう話す彼女の様子に、僕は大きく目を見張ると、全身に鳥肌がたっていく。
なぜこの女がそんな事を知っているんだ?
僕が妾の子だと言うのは有名な話だが……。
僕の幼初期の生活など屋敷の者以外、誰も知らないはずだ。
ずっと一緒に居る日華ですら、この事は知らない。
もちろん二条や華僑も知らない事実だろう。
この女……なぜだ……?
立花さくらについて調べてみたが、……この女は条華族と全く関係ない。
周辺にも条華族に関係する知人や、友人もいなかった。
本当にこいつは只の一般人のはず……。
なら一体どこでそんな情報を手に入れたんだ……?
そういえばあの花堂家のパーティー時も、この女は不思議な事を言っていた。
彩華が二条と婚約していると……。
口を閉ざしたままにじっと考え込んでいると、彼女の瞳が小さく揺れた。
「なぜ……お前がそんな事を知っているんだ?」
そう問いかけてみると、彩華は興味なさげに僕から視線を反らせ、そのまま無言で歩き始める。
不気味な雰囲気が漂う中、慌てて去っていく彼女の背を追いかけると、月がまた雲に隠れていった。
暗闇が辺りを包み込んでいくと、石畳を踏みしめる音だけが木霊する。
そのまま無言のまま歩き続けていると、ふと小さな祠が見えてきた。
祠の向こう側は山になっており、一条妹が言っていたコインはここにあるのだろう。
そんな事を考えていると、立花さくらは祠へと駆け寄っていく。
彼女は地蔵の前でしゃがみ込むと、そこに置かれていた小さな皿へと手を伸ばした。
チャリン、チャリンと小気味よい音が辺りに響くと、彼女は徐に立ち上がる。
その様子をじっと覗っていると、彼女は拳を握りしめながらに、ゆっくりとコチラヘ振り返った。
「やっと着きまたね。はい、これ一条先輩の分です~」
立花さくらは人懐っこい笑みを浮かべて見せると、僕の傍へと走り寄る。
先ほどの暗い雰囲気はどこへいったのか……彼女はニコニコと可愛らしい笑みを浮かべると、僕の前にコインを差し出した。
僕はそんな彼女の笑みを鋭く睨みつけると、逃げないようにと腕を捕える。
「これで目的は達成しただろう……彩華はどこにいる?何を知っているんだ?……お前は一体何者なんだ?さっさと言え!」
「もう~、そんなにいっぱい質問しないで下さいよ~!……その前に、コインを受け取って下さい」
彼女はニコニコと楽しそうに笑みを浮かべると、コインを親指で軽く弾く。
コインは勢いよく僕の目の前に飛んでくると、僕は慌ててそれを受け取った。
「よ~し、これでイベントは完遂!」
立花さくらは大きく手を挙げると、嬉しそうにジャンプしてみせた。
イベント……、何の事だ……?
そんな彼女の様子に目を細めると、僕は捕まえた腕に力を込めていった。
「騒ぐな、……彩華をどこへ隠した?」
「ふふふっ、先輩は彩華ちゃんの事ばかりですねぇ~。そんなに……大事なんですか?……まぁ、いいです。彩華ちゃんは、この林の向こうにある祠にいますよ。まぁ……もう手遅れかもしれないけどね……ふふふっ、あははははっっ」
彼女は楽しそうに笑いながら林の奥を指さすと、木々の隙間に注連縄がチラッと映る。
僕はスマホを片手に林の中へ入って行くと、必死に駆け抜けて行った。
彩華……どうか無事でいてくれ……。




