絶体絶命
うんうんと記憶を捻りだそうとしていると、足音が次第に大きくなっていた。
私は慌てて顔を上げスマホを掲げると、光の先には……血まみれの真っ赤な瞳が映し出される。
あまりの恐怖感に、私は声にならない悲鳴を上げると、体が強張っていく。
ガクガクと体が震える中、私はすぐにスマホの光を落とすと、手探りに壁に手をつきながら、必死に後退った。
なにこれ……もうこんな肝試しは勘弁してほしいわ……。
半泣き状態で私はゴクリと唾を飲み込むと、足音に意識を集中させ、耳をとぎ澄ませる。
暗闇の中、頼れるものは音だけ……。
そっと瞼を閉じ、私は音を頼りに彼から離れる様に壁伝いをつたいながら、必死に逃げ道を探していった。
先ほどの空間の先にまだ道があったはずだが、焦っている為か……中々見つからない。
徐々に徐々に追い詰めれていく中、私は手にしていた青い玉を、意を決して口の中へと放り込んだ。
硬い玉は歯にあたりカラカラと音がする。
かみ砕こうと歯をたてた瞬間、先ほどまであったはずの玉が口の中から消えていた。
なにこれ……。
摩訶不思議な現象に狼狽する中、突然私の腕が捕らえられた。
「いやぁ!!!」
思わず悲鳴を上げる中、私は持たれた腕をいなす様にはずすと、無我夢中で思いきり蹴りを入れる。
脇腹に命中した感触が脚から伝わるが……やはり痛みを感じていないのか……奏太はバランスを崩す事なく、私へと覆いかぶさってくる。
そのまま私は強い力で地面に押し倒され、強く背中を打ち付けられると、鈍い痛みに顔を歪める。
奏太はそのまま私へと馬乗りになると、逃がさないと言わんばかりに、強く地面へと縫い付けた。
冷たい土の感触を背中で感じる中、私は腕を持ち上げようと試みてみるが……どうやっても男の力には敵わない。
これは……まずいなぁ……。
てかあの得体のしれない物を食べたのに……何も変わらないじゃないか!!
そう一人自問自答を繰り返していると、奏太は動きを止め、私を覗き込むように視線を向ける。
彼の頬から流れる血が、私へポタポタと落ちてくる中、静寂が二人を包み込んだ。
《早く彼を解放してあげて》
突然響いた声に私は苛立つと、大きく口を開け、怒りに任せて叫んだ。
「もうっ、どうすればいいのよ!!!」
大きな声に奏太はピクリと反応を見せると、私へと顔を近づけてくる。
《君がそう願えばいいんだ》
はぁ、願うってなんなのよ!!!
訳の分からない声に混乱する中、奏太は私の服を剥ぎ取ると、ビリビリと服が引きちぎられる音が反響する。
襲われる恐怖に必死で身をよじらせてみるが……奏太の体は全く動かない。
服が剥ぎ取られ下着が露わになると、彼は私の肌へ舌をそわせた。
冷たい舌の感触に、大きく体が跳ねる中、私は必死に身じろぎ抵抗するも、彼に止まる気配はない。
恐怖に苛まれる中、奏太の吐息を耳元で感じると、私は震える声で呟いた。
「いやっ……奏太君もうやめて……お願い、正気に戻ってぇ……」
そう言葉にした瞬間、奏太の動きがとまった。
すると彼は私の上から勢いよく飛び退くと、頭を抱えながら激しく地面を転げまわる。
突然の事に呆然とする中、私は体を持ち上げてみると、目の前には彼がもがき苦しむように荒い息を繰り返していた。
私は彼の異様な様子に動くことも出来ないまま座り込んでいると、ピタッと彼の動きがとまった。
その様子に私はゆっくりと地面を這っていくと、恐る恐る彼へと近づいていく。
小さな唸り声が耳に届く中、彼を覗き込むように視線を向けると、彼の顔はひどく青ざめていた。
恐々彼の体へ手を伸ばしてみると、ガタガタと小刻みに震えているのがわかる。
「俺は……俺は……どうして……嘘だ……。彩華さんごめんなさい、ごめんなさい……」
奏太はそのまま項垂れると、額を地面にこすりつけながら、何度も何度もごめんなさいと謝罪を繰り返す。
その様子に私はギュッと彼を抱きしめると、彼を落ち着かせるように背を優しく撫でた。
「よかった……戻ってくれたんだね。私は大丈夫……。奏太君は何も悪くないでしょ?悪いのはあの立花さくらなんだから……」
そう笑みを浮かべる中、彼の頬に雫が流れ落ちていく。
ポロポロと瞳から零れ落ちる水滴が私の下着を濡らしていくと、私はギュッと抱きしめる腕に力を込めた。
「俺……取り返しのつかない事を……本当にすみません……どうして俺は……わからないんです。何もかも……あの立花さくらに出会ってから……俺はおかしくなって……もう嫌だ……」
自分自身を責める声に私はそっと彼の頭へ手を伸ばすと、落ち着かせるように優しく撫でる。
「良いのよ、気にしないで。さっきも言ったでしょ、奏太君は何も悪くないわ。みんなが心配しているだろうし、早くここから出ましょうか」
そう語り掛けてみるも……彼から返答は返ってこない。
私はそっと彼の腕を握りしめると、引き上げるように立ち上がらせる。
ヨタヨタと覚束ない足取りの彼を支えるようにして、洞窟の出口へと進んでいく中、彼は一言も言葉を話すことはなかった。




