夏の醍醐味
翌朝、完全に回復した私は兄が用意してくれた水色ワンピースの水着へと着替えると、海へと向かった。
今日も気持ちがいいほどのサンサンとした天候に、小さくガッツポーズをとる。
二日も部屋に居たんだ……!今日こそは心置きなく体を動かすんですからー!!
軽くストレッチを行い、颯爽と砂浜の上を駆け抜けると、海の中へとダイブした。
きっもちいい!!!
やっぱり、夏と言えば海!!
私は頭につけていた水中メガネを装着すると、ゆっくりと海の上を泳いでいく。
メガネから見える光景は、今まで見た事のないほど美しい世界が広がっていた。
色とりどりの小魚たちが珊瑚の周りに集まり、キョロキョロとせわしなく動き回っている姿や、水の色に同化するようにふわふわと浮かぶクラゲ、緩やかな波でピンクのイソギンチャクがゆらゆらと揺れていた。
そのまま海でシュノーケリングを楽しんでいると、ふと目の前に大きな手が現れる。
私は驚いて体を持ち上げ水面に上がると、そこには兄が優しい笑みを浮かべながら、私を見つめていた。
「彩華、そろそろ休みなさい」
ふと空を見上げると、太陽は真上に差し掛かっていた。
すると私のお腹がひとりでにグーと小さく音を立てる。
「ランチの準備は出来ているよ、さぁ行こうか」
兄はクスクスと小さく笑みを浮かべる姿に、私は恥ずかしさを隠す様に、また海の中に顔を沈める。
そんな私の様子に、彼はそっと私の手を握りしめると、ゆっくりと岸まで導いていった。
砂浜の上を進む中、兄は徐に私へ視線を向けると、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「彩華、その水着似合っているよ。やはり彩華にはそういった明るい色が似合う」
突然の兄の言葉に、私は顔を真っ赤に染めると、ありがとうと小さく呟き、兄の手をギュッと強く握りしめた。
そうして昼食を食べ、また海へ入ると、あっという間に日が暮れ、夜が訪れる。
夕食を食べ皆が個々に過ごす中、香澄は突然皆を集めたかと思うと、楽しそうに笑みを浮かべた。
「夏と言えば、そう肝試しですわ!!!!」
香澄はいつ用意したのであろう箱を持ち上げると、私の前に箱を差し出した。
徐に箱の中に手を入れると、いくつもの紙が入っている。
その中から一枚選び取り出すと、折りたたまれた紙を徐に広げた。
紙には大きく(5)と書かれている。
香澄はパタパタと私の前を立ち去ると、続けて不承不承の様子の二条と兄へ箱を差し出していた。
ふと顔を上げると、奏太君が嬉しそうにこちらへ走り寄ってくる。
「彩華さん!何番でしたか?」
「えっ、あぁ5番よ」
私の言葉に奏太は嬉しそうに笑みを浮かべると、自分の紙を掲げた。
「俺とペアですね!ほら!」
紙に目を向けると、大きな字で5番と書かれていた。
すると兄が私の傍にやっていたかと思うと、奏太の首根っこを掴みズルズルと私から引きはがしていく。
そんな様子を苦笑いで見つめていると、奏太は兄と何かを話し急ぎ足で私の元へと駆けてきた。
奏太君とペアか……。
花蓮から奏太君に注意するように言われているけど、今のところ彼に変わった様子はない。
出来れば……この機会に立花さくらの事について聞いてみよう。
彼がきっと、立花さくらについて一番良く知っているはず。
忘れているとは言っても、実際彼女の傍にいた彼なら、何か有力な情報が聞き出せるかもしれない。
何かあっても私には戦う力がある、一対一ならきっと何とかなる。
相手に捕まらない限り、私が負けることはないでしょう。
そうしてクジを引き終えると、香澄に連れられるまま皆別荘を後にする。
真っ暗な闇の中、空には三日月が浮かんでいた。
今日は満月じゃないのね……。
そんな事を考えふと日華先輩へ視線を向けると、彼は笑みを浮かべ、私に手を振っていた。
それから数十分、海辺から離れ、皆で道沿いを歩いていくと、高台に小さな神社が見えた。
足を進めていくと、高々と立つ木々の中に、ひっそりと神社へと続く階段が現れる。
階段を上り砂利を踏みしめると、目の前に林に囲まれた鳥居が姿を現した。
「ではではこの鳥居を真っすぐ抜けて、この神社の最奥に用意したコインを持ってきてくださる?ふふふ」
香澄の企むような笑みに顔が強張る中、鳥居の前には、それぞれペアの相手と並んでいく。
二条と華僑君ペアに、お兄様と日華先輩のペア……最後に私と奏太君。
花蓮と香澄は驚かし役のようで、二人はバチバチと火花を散らしながら見つめあっていた。
うーん……いつも険悪に見えるけど、実は結構二人は良いコンビなのかもね……。
そんな事を考えながら彼女たちに視線を向けていると、二条と華僑君ペアは鳥居の前で一礼し、ゆっくりと鳥居をくぐっていく。
彼らの後ろ姿を眺める中、兄は花蓮を呼び出し何か話しかけていた。
遠くでコソコソとした様子にチラリと視線を向けると、木々のざわめく音に耳を澄ませる。
そっと目を閉じると、心地よい夏風が私の頬を掠めていった。
肝試しか……私、幽霊とかあんまり信じていないから、怖くないんだよねぇ……。
「あの俺、彩華さんを守りますから!」
私の様子に怯えていると思ったのか、奏太は真剣な眼差しを私へ向ける。
「ふふ、頼りにしてるわ」
私は奏太へ視線をあわすと、ニッコリ微笑みかけた。
日華・歩・花蓮の会話。
「花蓮……どうしてあの二人が、ペアになったんだ」
「わからないわ……私はちゃんとくじ引きに、細工したはずなんだけど……」
歩は深いため息を吐くと、頭を抱える。
その隣では日華が困った様子でほほ笑んでいた。
「できれば……引きはがしたいところだけど、それはきっと彩華ちゃんが素直に頷いてくれないよね?何か企んでいそうだ……」
日華がそう呟くと、楽しそうに笑いあう二人に視線を向ける。
「そうだな……はぁ……、花蓮、僕たちは後ろから二人に注意を払う。君も二人の姿から目を離すな。驚かせ役は香澄一人でも十分だろう」
その言葉に花蓮は大きく頷くと、二人に視線を向けた。




